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占い師の嘆き

「取引相手に頼まれちゃ、無下にはできないもの。……それに、あの雷の彼……死ぬことが決まっちゃったもの」

「ッ!? そんなこと、あるわけないじゃない!!」


 ナジュムの口から告げられた言葉に、レイルは息を呑みながらもすかさず反論した。


「ジーノはあんな奴に負けない!! 絶対に負けないんだから!!」

「それは、あり得ない『未来』よ」


 レイルの必死な訴えに、しかしナジュムは静かに首を振った。


「まさか……見えたのか? 彼が負ける、未来が……」


 ラルドが、声の震えを抑えきれないまま、そう呟いた。


「……それだけじゃないわ。彼……ジーノは《赫炎》のエルドの手で殺され、解放軍も壊滅する……この戦争は、わたし達リヒト側の敗北で終わる……それが、わたしの見た未来なのよ……」


 ナジュムがぎゅっと、水晶玉を抱き締めた。彼女にだけ未来を垣間見せるという水晶玉。しかし、今回それが見せたものは、あまりにも凄惨な未来だった。


「なるほど……結末が変わらないというのならば、穏便な投降を促すことで、処刑方法を楽なものにするよう進言する……それが、貴女の狙いだったのですね」

「……そうよ。わたしだって、共に戦ってきた解放軍のみんなに情が無いわけじゃないもの。どうせ死ぬのなら、できるかぎり苦しまないで逝ってほしいじゃない」

「ナジュムさん……本気で言ってんの……!?」


 うっすらと笑みを浮かべながら告げられる裏切りの動機に、レイルは歯を食いしばって睨みつけた。


「……もう、運命は動き出してしまったわ……もう止められない。なら……せめてわたしの手で、終わらせてあげるわ」


 これ以上の問答は不要だと、ナジュムが水晶玉を宙に浮かべた。


「……冷たき息吹よ、刃となれ……《アイスランス》!!」


 ベールの奥の唇が言霊を紡ぎ、空気中の水蒸気を結晶化させた。生成された氷柱が射出され、レイル達に襲い掛かった。


「ラルド! お前さんの傷は深い、下がってろ!!」

「だ、だが……!!」

「いいからアタシ達に任せてよ! 《炸裂魔弾ブラスト・バレット》!!」


 渋るラルドの前にレイルが躍り出て、引き金を引く。発射された弾丸が氷柱を射抜き、爆発と共に消滅させた。

 そして、その爆風の隙を突き、ファウシルが一気にナジュムへと距離を詰めた。そして、その左足を振りかぶり、彼女に襲撃を放った。


「……無駄よ」

「ぐっ!?」


 しかしその直前、水晶玉が空中で軌道を変え、ファウシルの脇腹に直撃した。瞬間、放たれた魔力が衝撃波となり、ファウシルを弾き飛ばす。


「ファウシルさん!!」

「……術者ならば懐に潜りこめばと思いましたが……あのような対処法を持っていたとは……」


 衝撃を殺して着地したファウシルに、すかさずタリが回復の魔術をかけた。


「無駄だと言ってるでしょう? ……天空より落ちし流転星よ、《メテオストライク》!! 気まぐれなる風の凍てつく吐息よ、《フリーズトルネード》!!」


 しかしその隙を許さず、ナジュムが矢継ぎ早に魔術の詠唱を完了させる。頭上からは魔力の隕石が降り注ぎ、地上には氷のつぶてを含んだ風が吹き荒れた。 


「危ない! 《マジックバリア》ー!!」


 タリが回復を中断し、防御魔法を展開した。薄桃色の光がレイル達を包み込み、ダメージを最小限に抑える。しかし、荒れ狂う吹雪と、降り注ぐ隕石に阻まれ、反撃することができない。


「あの短時間で、上位の魔術をふたつもぶっぱなすとは……解放軍を代表する魔術知ってのは伊達じゃねぇわけだな」

「だ、ダメ……タリの魔力じゃ、ふせぎきれないよぉ……!」


 頬に冷や汗をかきながらそういうサーヴァに、タリが泣きそうな声をあげた。

 詠唱を妨害する敵を水晶玉で撃退し、広範囲を多種多様な属性の攻撃魔法で薙ぎ払う……反撃を許さない一斉攻撃こそ、ナジュムの真骨頂だった。


「……選ばせてあげるわ。燃え盛る炎に押し潰されるか、冷たい氷の中に閉じ込められるか。……どっちにしても、一瞬で終わらせてあげる」


 最終警告を突きつけ、ナジュムは自分の魔力をさらに高めた。一時でも志を同じくした者達に、別れを告げるために。


「答えないならそれでもいいわ。わたしは……」

「ねえ、ナジュムさん」


 彼女の魔力が形を為す瞬間、レイルがナジュムにに呼びかけた。


「ナジュムさん、未来が見えるんだよね。特に、明確なビジョンが見えたら、その未来はほぼ百パーセント現実になるんだって」

「そうよ……それがどうしたの?」


 質問の意味が分からずに問いかけるナジュムの瞳を、レイルがまっすぐ見据えた。


「だったら……どうして、その未来を変えようとしなかったの?」

「……ッ……!!」


 その問いに、ナジュムの動きが止まった。


「見えたのは、必ずしもいい未来ばかりじゃなかったはず。だったら、どうしてそれを変えようとしなかったの? 不幸な未来なら、なんでそれを幸福な未来にしようとしなかったの?」


 レイルの青い青い双眸に射抜かれ、ナジュムは項垂れた。


「……変えようとしたわ。今まで、不幸な未来を見る度に、それを回避しようと動いたわ。わたしだって……信じたくなかったもの……」


 ぽつり、ぽつりと、ナジュムは語った。


 病に犯された者の死の未来を垣間見ては、その病を治す方法を探した。事故で犠牲が出ると知れば、その事故を防ぐために奔走した。


「でも……できなかった……! 何度やっても、わたしに未来を変えることなんて……できなかったのよ……!」

「ナジュム……」

「何が百発百中の占い師よ! そんな称号欲しくなんて無かった!! わたしの見た不幸が現実になるなんて……こんな悪夢、他にないじゃない!!」


 ついに耐え切れなくなり、ナジュムは大粒の涙を零しながらそう喚いた。


「だから、せめて楽に死ねるようにしてあげたのに!! あなた達が辛い敗北を味わないようにしてあげたのに!! どうして諦めてくれないのよ!! どうして!!」

「諦めるわけ……ないでしょ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、レイルは走り出していた。ナジュムに向かって、真っすぐに。


「えっ!?」


 突然の行動に、ナジュムの思考回路が停止した。

 近づけば水晶玉に迎撃されるのがわかっているはずだ。そうじゃなくても、真正面から突撃されれば、詠唱の短い魔術でも十分対処できるのに。その危険性は、十分わかっているだろうに。

 しかし、それが結果として功を奏した。魔術を使うには精神を集中させる必要がある。呆気にとられたナジュムには、水晶玉を動かすことすらできなかったのだ。

 そのままナジュムの懐に飛び込んだレイルは、彼女の肩をがっしりと掴み、地面に押し倒した。


「ッ!!」

「あなたは明日死にます、だから大人しく死にましょう……!? そんなの、諦められるわけないじゃない!!」 


 ナジュムの肩を揺さぶりながら、レイルは大声でそう言った。


「アタシ達は今生きてる! まだ戦ってる! それを、勝手に諦めろなんて言わないでよ!!」

「で、でも……わたしの見た未来は……!」

「でも、次は変えられるかもしれないでしょ!? 今回がダメだったとしても、次がある! なのに、勝手に『今』がんばってることを、ムダなんて言わないでよ!!」


 まっすぐな視線に射抜かれ、ナジュムの瞳が揺れた。


 その時、ジーノとエルドを覆っていた炎が揺らめき、次の瞬間、一陣の風と共にかき消された。


「……あ……」


 彼らの方を向いた瞬間、ナジュムは目を見開き、涙を流した。


 そこにいたのは、膝をつき、剣に凭れ掛かるように座っているジーノと。


 床に横たわる、エルドの姿だった。



 未来が、その形を、変えた瞬間だった。





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