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襲撃



 ……て……



 ……ねがい……


 ……あ……とを……


 ……ど……か……




 ……たすけて……






「……う……ん……?」


 窓から差し込む日の光。瞼越しに感じた眩しさに、ジーノは眠りの淵から呼び起こされた。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返せば、見慣れた木の天井が目に入る。むくりと身体を起こし、ジーノは欠伸をしながら身体を伸ばした。


「……朝、か……。昨日はけっこう遅くまで流れ星を見てたからな……」


 眠気が飛ばない頭をガシガシと掻きむしり、ジーノは立ち上がった。

 窓を大きく開け放てば、すがすがしい風が頬を撫でた。ちゅんちゅんと小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる、穏やかな朝だ。


「……あの声は、夢か……。でも……『たすけて』って、何なんだろう……?」


 眠りの中で聞こえた、助けを求める声。知らない、けれど、どこか懐かしさを感じた少女の声だったが、その内容はほとんどわからなかった。

 不思議な夢だと首を傾げつつ、ジーノは二階の窓から町並みを見下ろした。

 まだ昨夜の流星群の興奮が冷めきっていないのか、行き交う人々はどこか浮足立っているようにも見える。賑やかで平和な町の様子に、ジーノはくすりと笑みを浮かべた。



 ドガァァンッッ!!



「な……ッッ!?」


 突如響いた爆発音。その後に、町の異常を知らせる警鐘が響き渡った。


「な、何が……!?」

『逃げろ! 魔物の襲撃だ!!』


 門を見張っていた男の声が、拡声魔法によって町中に響いた。

 魔物。強い力を持ったが故に人間に危害を加えるようになった動植物達。

しかし、周囲の森に魔物達が生息してはいるが、町にまで襲撃してくることはほとんど無かった。いくら狂暴になっているといっても生物だ。食料が豊富な森に棲んでいる以上、わざわざ人里を襲う必要は無い。


『森は危険だ! 南側に逃げろ! 戦える者は加勢してくれ!』

「そんな……魔物なんて、どうして……」


 戸惑いながらも、ジーノはすぐさまベストと外套を纏い、剣を携えて家を飛び出した。

中央の広場へと逃げる町の人々。その流れに逆らい、辿り着いた北門の前では、既に町の男達が武器を取り、魔物の群れと対峙していた。

 黒々とした毛並みと、鋭い牙を持った、四足の獣。ウルフと酷似していたが、森で時折見かけるそれより二回りも大きく、真紅の瞳がぎらぎらと不穏な光を纏っていた。何より、その口から真っ赤に燃え盛る火球を吐き出して、近くの家屋を破壊していたのだ。

 見たことの無い魔物に息を呑みながらも、ジーノは気丈に剣を構えた。


「みんな! 加勢します!」

「ジーノか! こっちはいい!」


 ジーノの姿に気づいた男が、そう叫んだ。


「お前はこのまま、北の祠に行ってくれ!」

「えっ!? どうして……」

「レイルが一人で森へ入ったんだ! 祠がどうとか言っていたから、多分そこに向かったんだ!」


 その言葉に、ジーノは目を見開いた。


「レイルが祠に!? そんな……あそこは普段でさえ危険なのに……!」

「理由はわからん。だが、この魔物達も北から現れているようなんだ。祠に何かあったに違いない!」


 剣と盾で何とか魔物をいなしながらそう告げられ、ジーノはこくりと頷いた。


「わかりました。すぐにレイルと一緒に戻りますから!」


 それだけ告げ、ジーノは森へと走った。

 気のせいだろうが、木々が何かに怯えるようにざわざわと揺れていた。鳥の声も、小動物の姿も無い。異様な気配に、ジーノの頬を全力疾走によるものとは別の、嫌な汗が伝った。


「……レイル……!」


 胸騒ぎが大きくなる。無意識に、大事な幼馴染の名を口にしていた。

 底抜けに明るく、男勝りで少々無鉄砲な彼女だが、時折どこか遠くを見ているような目をすることがあった。そんな彼女は、今にも透き通って消えてしまいそうで……そういった時に感じる不安が、今のジーノに襲い掛かっていた。


「……すぐに行くから……無茶だけはしないでくれよ……!」


 剣を握る手に、ぎゅっと力を込めた。牙を向けてくる魔物達をかわしながら、必死に北へ北へと駆けた。


 ほどなくして、岩肌をむき出しにした崖にぽっかりと空いた洞穴が見えてきた。天然の迷路であるその洞窟の奥に、精霊を祀る祠があるのだ。


「っ……! これは……!」


 その入口で、ジーノは思わず立ち止まった。

 昨日の雨でまだ地面がぬかるんでいたのだろう。そこにはブーツの足跡と共に、複数の獣の足跡が洞窟へと向かって残されていた。

 更に、キラキラと光る小さな破片が散らばっている。レイルの使う、魔石で作られた魔法弾が炸裂した痕だ。


「レイル……やっぱりこの先に……!」


 ジーノは暗闇に包まれた洞窟の奥を睨んだ。

 ただでさえ、祭礼を行う神聖な日以外は魔物達の巣窟となっている場所だ。その上、あの黒い魔物達も入り込んだとなれば、レイルの身が危ない。

 ジーノは懐から、乳白色の魔石を取り出した。


「魔石よ、我が道を照らせ……《フロートライト》!」


 魔石を掲げ、ジーノが叫ぶ。すると、それはふわりと宙に浮かび、柔らかながらも暗がりを照らすには十分な光を放った。ジーノはその光を頼りに、剣を握り直して洞窟の中へと歩を進めた。

 うねうねと複雑に入り組んだ内部。しかし、何度か祭りで祠に行ったことのあるジーノは迷うことなく進んでいく。


「ごめん、邪魔をしないでくれ!」


 侵入者に驚き、テリトリーを守ろうと襲ってくる魔物達を、剣を振るって退けていく。

 完全に倒しはしない。自分が彼らの住処に土足で踏み込んでいる自覚はあるし、何より一分一秒が惜しい。あの黒い魔物達の姿が無いのは幸いだが、それが逆に不気味だった。

 応戦していた町人達は、魔物が森の北側、祠のある方角から来たと言っていた。だが、実際に足を踏み入れて、ジーノはそうではないと気がついた。

 魔物はおそらく、森の更に北にある山脈からやってきたのだ。そして、この森で二手に分かれた。祠へ向かう一団と、町を襲う一団に。……まるで、祠から人々を遠ざけるかのように。


「……考えるのは後だ。早くレイルを連れて、みんなの加勢に行かないと……!」


 ジーノは首を横に振って疑念を払い、祠へと走ることだけに集中した。


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