グローリア皇族
「……処刑、するのね……」
エルドから告げられた言葉を、ナジュムは噛み締めるように繰り返した。対するエルドは、座る者を失った王座にふんぞり返り、ニヤニヤと笑っていた。
彼の手には、薄い水色をした宝玉が握られていた。冷ややかな色と魔力を湛えた……氷のエレメント。北西の雪に包まれた町セレスで解放軍が入手し、ナジュムによって奪われたものだった。
「まっ、それがお似合いじゃない? 僕だって変にいたぶってムダに疲れるのはヤだし。さすがに殺せば、エレメントとの繋がりもほどけるでしょ」
「……そうしなくても、あなたには方法がわかっているんじゃない?」
ナジュムの指摘に、エレメントを弄っていたエルドの腕が止まった。
「……エレメントは、戦争の後方々に散って、それぞれ祠に封印された。だけど、失われた光のエレメントとは別にもうひとつ、祠に安置されなかったエレメントがあった」
ナジュムはエルドの沈黙を気にすることなく、そう続けた。
「そのエレメントは、光闇戦争で継承者となった者の末裔へと受け継がれた。代々の当主がエレメントの継承者となることで、いつか再びこの世界に危機が訪れた時、その継承者を中心として、他のエレメントを集められるために。そしてその一族は、やがて国を興し、皇となった」
そこまで話して言葉を切り、ナジュムはエルドを見つめた。
「……そうでしょ? エルド=ヴァルタス=グローリア……グローリア皇国第二皇子にして、炎のエレメントの継承者さん」
「……まさか、たかだか占い師に、そこまで看破されちゃうなんてね」
「それは、肯定と取っていい返事かしら?」
ナジュムの言葉にエルドはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「それも全部、予言めいた『占い』とやらで見たの? それとも、占い師は仮の姿で、実は凄腕の情報屋?」
「……情報源については、あなたの方がわかっているんじゃなくて?」
冗談交じりの問いにナジュムが返すと、エルドはムッとした顔で閉口した。
「……ラルド……彼もまた、かつてグローリア皇家に名を連ねていた皇子。ラルド=ヴァルタス=グローリア。あなたの……」
「……僕に、兄上なんていないよ」
ナジュムの言葉は、エルドの冷たい声音で遮られた。
「アイツは、僕らが小さい頃に国を出ていった。皇の座を投げ捨てて。義務から逃げて。その時、僕の兄上は死んだ。僕にいるのは……いたのは、父上と、母上と、エルナだけだ」
視線を逸らし、そっけなく告げるエルドに、ナジュムはただ黙ってその場に立っていた。
「それと、僕はエレメントを別の継承者に受け渡す術は知らないよ。僕がエレメントを手に入れたのは、前の継承者である父上の死に立ち会ったから。もしかしたらそういう術があったのかもしれないけど、それを教えてもらう前に、父上死んじゃったしね」
「そう……」
「どっちみち、ここまでドゥルケンハイトをコケにして、生きて帰れると思ってるの? 全員まとめて八つ裂きの刑に……」
「え、エルド大尉!!」
ニヤリと残酷な笑みを浮かべたエルドの声を遮り、赤いラインの入った黒い軍服を着た男……第七師団の団員の一人が、転がり込むようにして王座の間に駆け込んできた。
「ちっ……今楽しいところだったんだけど?」
「も、申し訳ありません!! ですが、早急にお耳に入れなければならないことが……!!」
「くっだらないことだったら、お前のこと燃やして、人間松明の刑にしてやるからね?」
槍を抜いたエルドの脅しに兵は「ひっ!?」と情けない声を上げるが、すぐさま取り繕い、彼の前で跪いた。
「そ、それが……先ほど、捕らえていた解放軍とエレメントの継承者達が、脱獄しました……!!」
「はぁ!? 見張りは何してんのさ!?」
「それが……雷の継承者が牢を抜け出し、見張りは一蹴され……!! 解放された他継承者達の加勢もあって、我々では止めきれず……!!」
その報告に、エルドはいらだちを隠そうともせずに、王座を蹴った。
あのムカつく騎士気取りは直々に痛めつけてやろう……そんな私怨で一人別棟の牢をあてがってやったのが裏目に出たか……エルドは怒りと焦りに、幼さがまだ残る顔を歪めた。
「ありえない……ホントありえないよあいつら……!!」
「エルドッ!!」
その時、王座の間の扉がバンッという音と共に開け放たれ、そこからジーノとレイル、サーヴァ、タリ、ファウシル、そしてラルドが乗り込んできた。
「ふわぁ、ホントにいた。ファウシルさん、ホントに耳いいんだね」
「嘘を吐く理由などありませんが。それに、今は敵を排除するのが先です」
「なるほどね……完全に声を殺して、音を消し去らない限り、あなたは見つけられるのね」
タリとファウシルの会話から、風のエレメントを用いて音を探知されたのだとナジュムは悟った。思ったよりも厄介なエレメントだと警戒しつつ、ナジュムは水晶玉に魔力を注いだ。
「……あ~あ。大人しく捕まっててくれたら、楽に死なせてあげたのにさ~。ま、龍の子に関しては本国に連れてくし、そこの騎士気取りさんは、ちょっと『遊んで』もらうけどね」
槍の柄を肩にかけ、呆れたと言わんばかりに溜息を吐くエルドの前に、ジーノが一歩踏み出した。
「エルド……どうして、ドゥルケンハイトに協力するんだ!?」
「ッ!!」
その問いに、エルドの眉がピクリと動いた。
「ラルドさんから聞いた。君が、ドゥルケンハイトに占領された、グローリア皇国の皇家の出身だってことも。でも、だったらどうして? どうして、国を奪われる痛みを知っている君が、同じことをするんだよ……!?」
そう訴えるジーノは、剣の柄こそ握っていたが、その切っ先をエルドに向けてはいなかった。
あくまでも、話し合いで解決できるならばそうしたい……そんな平和主義が透けて見えるのが、エルドを苛立たせることにも気づかぬままに。
「エルド……お前達を置いて国を出てしまったこと、その結果グローリアの滅びの危機に何もできなかったことは、本当に申し訳ないと思っている。俺を憎むなら憎めばいい。だが、彼らのことは信じてくれないだろうか。もう一度、グローリアを取り戻すために」
ラルドが……敵対勢力同士となった実兄が、エルドに頭を下げた。
しかし、長らく自分達から離れていた兄は知らないのだ。エルドが、素直に頷く「いい子」ではなくなっていることなど。
「なあ、エルド。君もエレメントの継承者なんだろ? だったら、今からでも協力して、ドゥルケンハイトを倒そう。な?」
「……い……」
「諦めちゃダメだ。オレ達がグローリアを取り戻す手助けをする。だから、エルドも……!」
「うるさい!! うるさいうるさいうるさいぃぃィッッ!!」
ジーノが右手を差し伸べながら送る言葉を、エルドは大声で遮った。
爆発した感情を具現化するように、王座の間が、紅蓮の炎に包まれた。
「お前に何がわかるっての!? 僕の、何が!? 僕達の国が滅んでいく間、霧の向こう側でのほほんと暮らしてたくせに!! 今更手を貸す? 一緒に戦え? 笑わせないでよね!!」
「エルド……!」
「僕はもう、グローリア皇国第二皇子なんかじゃない! ドゥルケンハイト軍大尉にして、第七師団長、《赫炎》のエルドだ!!」
エルドはジーノ達からの言葉の一切を拒絶し、長槍を構えた。
「……ナジュム。後ろのジャマくさいハエを始末してくれる? 僕、このムカつく正義の味方気取りのこと、ぼこぼこにするからさ」
「……一対一で戦うつもり?」
エルドの指示に、ナジュムがそう問いかけた。
「うん。もう小手先の幻惑魔法も使わない。僕自身の力で、完膚なきまでに叩き潰さなきゃ、もう気が済まないからね」
「そんなこと言って、また分身を隠したりするんでしょ!? ジーノ、あんな決闘受ける理由ないって! やっぱりこいつ、好きでリヒトを攻撃してるんだよ!!」
エルドが冷え切った声音でそう言うが、以前の戦いでの手段を知っているレイルは真っ向から否定した。
しかし、ジーノは瞼を閉じてしばらく考えた後、ゆっくりとエルドに歩み寄った。
「……わかった。その代わり、オレが勝ったら氷のエレメントを渡して、オレ達に協力してくれ」
「いいよ。そんなこと、できっこないから」
ジーノが目の前にやってきて剣を構え直すと、エルドは不敵に笑った。そして焔を操り、自分達をぐるりと囲んだ。
「ジーノ!!」
「レイ嬢ちゃん、ジノ坊なら大丈夫だ。それより、わしらも……」
「……そうね。お相手願えるかしら?」
ジーノを追いかけようとするレイルをサーヴァが制するのと同時に、ナジュムがゆっくりとした足取りで、彼女達の前に立ちふさがった。




