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雷盾のジルベルト

 ジーノ達が連行されたのは、サウスドレアの王都であり、現在はドゥルケンハイト軍の駐屯地に成り果ててしまった砂漠の町・サフィーラだった。


 エレメントだけは、継承者との間に何らかの力が働いているのか奪われることは無かったが、武器を没収され、手枷で魔力の行使を封じられた状態で、それぞれ別の牢に閉じ込められてしまった。ジーノは手錠が壊れないかとガチャガチャと力を込めてみるものの徒労に終わり、何度目かわからない溜息を吐いた。


「……皆、大丈夫かな……」


 離れた場所に囚われているのか、はたまた防音の魔術がかけられているのか、誰の声も聴くことができない。特に子どものタリと、名指しで狙われていたレイルの身を案じながら、ジーノは個々から脱出する術を考えた。

 しかし、前向きに逆転の方程式を導こうとする意志とは裏腹に、ジーノの心には疑念ばかりが膨れ上がっていく。


 ナジュムは何故、解放軍のリーダーであるラルドを捕らえ、自分達の捕縛に手を貸したのか。

 エルドの告げた、『ラルドは裏切り者』という言葉は本当なのか。だとしたら、どの国を言っているのだろうか。

 そして……シルフが言いかけた、炎のエレメントの継承者は……


「ッ! ダメだダメだ、暗いことばっかり考えちゃ……!」


 また堂々巡りの思考に入りかけた頭を左右にぶんぶんと振り、ジーノは大きく息を吸った。


「……やつらは、オレ達がエレメントを持っているのは不都合なはずだ。だったら、奪い取るために接触してくるはず……その隙をうまくついて、手枷を外せれば……」


 この場所の構造や、中にいる兵士の数がわからないといった不安要素はあるが、今はそれにかけるしかないと、ジーノは決意を固めた。

 その時、こつり、こつりと、こちらに近づいてくる足跡が聞こえてきた。早速チャンスが来たと、ジーノは緊張から溢れる唾をごくりと飲み下し、その一瞬の隙を狙って身構えた。

 徐々に足跡が大きくなってくると、それにあわせてがしゃりという音も聞こえてくるようになった。おそらく鎧の音だろう。しかし、そこまで大きくないとなると、相手は一人だろうか。少人数なら、逃げ出しやすくなると、なおさらこの機を逃さないよう、ジーノはさらに意識を集中させた。


「……ジーノ=ラルディクス君、だね?」


 牢のドア越しに問いかけてきたのは、白銀に光る甲冑を身に纏った、真鍮の髪と金の目の男だった。


「……師団長の中では、私が最後にお目にかかることになったのかな? 私はジルベルト=リヨンバルド。第二師団を預かり、《雷盾らいじゅん》の二つ名をいただいている。……と言っても、主な任務は王都の守護で、こちらへの侵略にほとんど携われていないのが現状だけどね」

「ジルベルト……最後の、師団長?」

「ああ。ハウト=アマルティア大佐とテオドア=ヴィンツェンツィオ少佐とも会ったのだろう? 彼らは第一師団と第三師団を預かる身であり、私の士官学校時代の教え子達でね。気が付いたら、同列の地位にまで登ってきていて、立派になってくれて嬉しいやら、私の手助けを必要としなくなって寂しいやら、複雑な気分だよ」


 ジルベルトと名乗った男の穏やかな物腰に、思わずジーノの肩の力が抜ける。そのことに気付いてハッとして、慌ててジーノは彼の言動を警戒した。


「……そう構えないでくれ。私は少し、君達と話をしたいと思ってね」

「話……?」


 ジーノの敵意を察したのか、ジルベルトは困ったように微笑んだ。そして、見張りの為に置かれていたのだろう椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろした。ジーノが聞き返すと、ジルベルトはこくりと頷いた。


「正直、他の師団長から聞いて、驚いたよ。私達の世界にも伝わっていた『エレメントの継承者』が、君のような若者だったとはね」

「……?」

「あの子達も決して弱くない。けれど、それを返り討ちにした君達の実力、そして、共に戦う結束力は、素晴らしいものだね」


 ジルベルトの口から零れるのは、本当にたわいのない会話ばかり。そのことに、ジーノは今度こそ脱力した。


「な、何がしたいんですか……?」

「ん? さっき話がしたいと言ったばかりだと思うんだが?」

「いや、そうだけど!! 普通エレメントを渡せとか、もっと……!!」


 てっきり会話と言う建前の尋問だと思っていたというのに。敵軍の将というにはあまりに害意の無い態度に、ジーノは思わず声を荒げた。


「おやおや……随分と警戒されてしまっているようだね……」


 しかしその言葉に、ジルベルトは悲し気に目を細めた。


「確かに、我々が侵略者であることは、重々承知だ。しかし、かといって、この世界の先住人である君達に、非礼を働きたいわけではないんだ」

「でも……ドゥルケンハイト軍のせいで、たくさんの人が苦しんだんだ! オレ達の住んでた町の皆も、サーヴァのいた山賊団の皆も、タリの故郷の皆も……この国の人々だって! 皆、皆傷ついているんだ!!」


 怒りよりも悲しみの色を湛えたジーノの叫びに、ジルベルトが口を閉ざした。


「オレ達が住んでた北大陸はまだ平和だった。でも、異世界の魔物の脅威に怯え、呪いに苦しんで……オレは、もうそんなことにしたくないから、戦うって決めたんだ!!」

「……」

「だから、オレは諦めない! エレメントは渡さないし、この世界だって、これ以上侵略させない!!」


 囚われの身という絶望的な状況下でも屈しない黄水晶の眼差し。それを数秒見つめた後、ジルベルトはくるりとジーノに背を向けた。


「……全ては、我らがドゥルケンハイトを救うためだ」

「……え?」


 ぽつりと呟かれた言葉に、ジーノが思わず声を漏らした。


「……我らドゥルケンハイトに生きる民が平穏を取り戻すには、リヒトを併合し、その英知を得るしかない。……何も、リヒトの全てを滅ぼしたいわけではないんだ」

「で、でも……」

「……私の役割はドゥルケンハイト側の守護。そのために、こちらでの決定権は、ほとんど持ち合わせていない。他の師団がどんなに恐ろしい方法でリヒトを制圧しても、私には、苦言を呈すことも許されていないんだ」


 そう言って自嘲気味な笑みを浮かべたジルベルトに、ジーノは何も答えられなかった。


「君は……」


 しばらくの沈黙の後、ジルベルトがジーノに問いかけた。


「君は、どうしてエレメントを手にしたんだい?」

「えっ?」

「教えて、くれないか?」


 懇願するように言われ、ジーノは一度目を閉ざした。


「……オレは、守りたいと、願いました。レイルのことを、町の人々のことを、そして、この世界を。皆をオレが守ると決めました。きっと、それに応えてくれたんだと思います」

「……そうか……」


 完全に後ろを向いたジルベルトの表情を窺うことはできなかったが、その声音はどこか満足そうな響きを帯びていた。

 その時、チャリッという軽やかな金属音と共に、牢の中に何かが放り投げこまれた。


「これは……!?」


 それを見つけたジーノは目を見開いた。

 それは、鈍色に光る、鍵の束だった。


「あ、あの……どうして……!?」

「さて、そろそろ私は持ち場に帰るとするよ。いくら優秀な部下達が穴を埋めてくれるとはいえ、大将がいつまでも不在というわけにはいかないからね」


 ジーノの問いには答えずに、ジルベルトはさっさとその場を後にした。


「……不思議な人だな……」


 思わずそう呟き、ジーノは鍵を拾い上げた。


「……でも、なんでだろう……? あの人は、信用できる気がする……」


 あの柔らかな光を帯びた瞳を思い返しながら、ジーノは鍵を握りしめた。


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