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裏切り

「こ、これは……!!」


 祠の前へと戻ってきたジーノ達を待っていたのは、燃え盛る森だった。


「あの短時間でここまで燃え広がるなんて……絶対自然発火じゃありえないよ!!」

「ともかく、このままじゃわしらまで焼かれちまうぜ。タリ嬢ちゃん、ひとまずふもとに降りる道だけでも確保すっぞ!」

「う、うん!!」


 サーヴァが水霊スプライトを呼び寄せ、タリと共に消火にあたろうとする。しかし、その時。


「平気だよ。別にここ焼け野原にする理由、無くなったし」

「この声……!!」


 その場に少年の……ジーノ達には聞き覚えのある声が響き渡った。

 紅蓮の炎に包まれ、悠然とこちらに歩み寄ったのは、セダル王国で刃を交えた《赫炎》の二つ名を持つ者、ドゥルケンハイト軍第七師団長エルドだった。


「なるほど……貴方が侵入者ですか」

「ファウシル、気を付けてくれ! アイツは分身と幻影の魔術を得意としてる!」

「ちょっとちょっと! いきなり物騒な目しないでくれる!?」


 すぐさま臨戦態勢を取るジーノとファウシルに、エルドはとってつけたように慌てた素振りを見せた。


「も~、僕は別に戦いにきたんじゃないのに。……交渉にきたんだよ?」

「貴様らドゥルケンハイトとの取引など、断固断る!!」


 エルドの言葉に、曲刀を抜いたゼレンが噛みついた。無論、それはジーノ達も同じだった。


「まだ何も言ってないって! それに……そんなこと言っていいのかな? これを見ても、さ」


 不敵な笑みを浮かべ、エルドがパチンと指を鳴らした。それに応じて、炎が揺らめき、奥に隠していた人影をさらけ出した。


「なっ!?」

「うそ……でしょ……?」

「てめぇ……何を……!」


 そこにいたのは、無表情で佇むナジュムと。


 ボロボロに痛めつけられ、手枷を嵌められて地面に横たわる、ラルドの姿だった。


「ラルド様ッ!!」

「おっと、動かないでよね!」


 ゼレンが思わず駆け寄ろうとすると、それをエルドが制した。

 そして、あろうことか、ナジュムが水晶玉に魔力を送り、そこから鋭くとがった氷柱を生成した。


「ちょっとでも動いたら、この人の心臓に向けて撃ちこんであげるわ? それでも、いいの?」

「ちょ!? ナジュムさん何やってんの!? そいつは敵! ドゥルケンハイトの将軍だよ!?」

「ええ、そんなことわかってるわ」


 気が狂ったのかとレイルが叫ぶが、ナジュムはそれを歯牙にもかけなかった。


「ナジュム=ハラファ……裏切るというのか!?」

「……誤解しないでちょうだい? これが、あなた達に与えられた未来の中で、最善の策なのよ?」


 怒りとも悲しみともとれる苦悶の表情を浮かべるゼレンに、ナジュムは悲し気に目を細めた。その足元に這いつくばるラルドは、もう立つこともできない満身創痍で、小さく呻くことしかできなかった。


「さ、このリーダーさんを、ついでに僕達が捕まえた解放軍のみんなを殺されたくないなら、今すぐ武器を捨てて投降してもらえるかな?」

「くっ……!」


 エルドから示された、予想通りの『交渉』に、ジーノは歯を食いしばった。

 人数ならこちらに分がある。しかしどんなに素早く奇襲をしかけても、ナジュムがラルドを殺害する方がはるかに早いだろう。それに四方八方を炎に囲まれたこの状況では、どこに伏兵や分身が紛れ込んでいるかもわからない。ジーノ達に、ラルドを守りながら反撃に転じる術は、残されていなかった。


「……人質とは、無意味なことを」

「ッ!? ファウシル、何を!?」


 呆れたような声で呟いたファウシルが、右手でナイフを握っていた。それを、ナジュムに向けて投てきしようと振りかぶり、ジーノは慌ててその腕を取り押さえた。


「……離していただけますか」

「ダメだ! ラルドさんが殺されてしまう! まだ、何か方法が……ラルドさんを殺さないで済む方法があるかもしれないだろ!?」

「その確率は極めて低いです。それに、失敗の危険性も高い。ならばわざわざ助けようとせず、犠牲になっていただくのが、一番の手段かと」

「な……ッ!?」


 その言葉に、ジーノは言葉を失った。

 

「本気で言ってるのか……人の命を、何だと思っているんだ!?」

「私とて、命を軽んじているわけではありません。ですが、ここでむざむざ私達ごとエレメントを奪われるわけにはいきません。ドゥルケンハイトを討ち果たし、このリヒトに生きる大勢の命を守るには、一人や二人の犠牲など、致し方ないものです」

「人の命は足し算引き算じゃないだろ!? どうして、目の前にいる人をそう簡単に見殺しにできるんだ!?」


 怒りを湛えた叫びを上げるジーノに、ファウシルは哀れなものを見るような、色の無い視線を向けた。


「……そんな綺麗事だけで、全て解決できると、本当にお思いですか? ……貴方は、甘すぎる」

「ッ!!」

「やめてくれッ!!」


 ジーノとファウシルの言い争いを遮ったのは、ゼレンの悲痛な叫びだった。

 ゼレンは曲刀をエルド達の前へ投げ捨てると、その場に座り込み、ファウシルの前で両手を地面につき、それにこすりつけるように頭を下げた。


「頼む……あの方は……あの方だけは、死なせてはいけないんだ……!!」

「ラルド、さん……?」

「……へぇ、こんなやつのこと庇うんだ……」


 ゼレンの悲痛な懇願に、エルドが冷たい視線を向けた。

 そして、おもむろにラルドに歩み寄ると、その腹部を蹴りあげた。


「うぐっ!!」

「よかったね~。お前みたいな裏切り者を慕ってくれるやつがいるなんてさ~」

「裏切り者……?」


 ジーノの疑問の声に、エルドは「知らなかったの?」と首を傾げ、にやりと笑った。


「こいつはね、自分の国を捨てて逃げたんだよ? その国がドゥルケンハイトに滅ぼされたってのにさ。そのくせ、今更妙な正義感に燃えて、やれ解放だ戦争だって叫んじゃってさ~」

「それは違う! ラルド様は、決して国を捨てたわけでは……!!」

「あ~もう、そんなこといいじゃん! で? どうするの? 降伏するの? それとも……」


 そう言うと、エルドは槍を取り出し、その穂先をラルドの首元に当てた。


「ちょっと……アンタらってどんだけ卑怯なのよ!!」

「卑怯なのは承知よ。でも、こうでもしないと、大人しく捕まってくれないでしょう?」

「皆……すまない。だが、だがラルド様はお守りしなければ……」


 ジーノは静かに瞼を閉じた。そして、そっと剣を地面に突き刺し、両手を上げた。


「……わかった。投降するよ」

「ッ!? 正気ですか……?」

「頼むよファウシル、皆。できることなら、誰も傷つけたくないんだ」


 ジーノの悲し気な声に、レイル達も渋々頷いた。


「うんうん。賢明な判断ありがとう」


 満足げにエルドが笑い、炎を消した。

 そこには案の定、黒い軍服に身を包んだ兵士達が潜んでいた。彼らはエルドの目くばせに頷き、ジーノ達に魔術を封じる手枷を嵌め、連行していった。


「……ごめんなさい……」


 すれ違う瞬間、ジーノはそんなナジュムの声を聞いた。


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