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風の大精霊

「……貴公らの実力を見誤っていたようだな。先刻までの非礼を詫びさせてくれ。すまなかった」

「いや、いいですよ。確かにそうそう信じられない話じゃないし」


 歩きながらも謝罪するゼレンに、ジーノが気にしないでほしいと笑いかけた。


「しかし、自分は軍人であるという意地から、貴公の共闘の申し出を無下にした上で敗北し、その傷さえ癒してもらうとは……」


 そこまで言うと、ゼレンはその目をタリへと移した。


「貴女にも詫びと、礼を。治癒魔法の使い手とは恐れ入った。無力な女子供と罵倒したこと、許してもらいたい」

「ふえっ!? そ、その……タリは、きにしてないよ!!」


 ゼレンからかけられた謝罪の言葉に狼狽し、タリはぶんぶんと首を横に振った。


「た、たしかにちょっとこわかったけど……でも、タリが治したいって思ってやったことだから……!」


 必死に怒っていないと訴える少女に、ゼレンは初めてフッと控えめな笑みを浮かべ、「ありがとう」と呟いた。


「……着きました。ここが、風の祠です」


 その時、ファウシルがそう告げた。

 木々に囲まれ、ぽっかりと開けた草原。そこには、石造りの祠がひっそりと佇んでいた。


「へぇ……ここが。洞窟に埋まってたダイトのと違って、いかにもって感じ」


 きょろきょろとあたりを見回して、レイルがそう呟いた。ファウシルはその間にも足を進め、祠の中へと入っていった。

 ジーノ達が後を追って中に入ると、殺風景な白亜の祠の最奥に、翼を生やした女神の像が安置されていた。

 ファウシルは、その女神像の手に掲げられていた緑色の宝玉を手に取った。美しい光を湛えたそれからは、確かな魔力を感じ、それがエレメントであることを、誰もが伝えられずとも理解していた。


「これが……四つめのエレメント……」

「はい。ですが、これをお渡しすることはできません」

「はっ!? ここまで来て、まだ協力できない言うわけ!?」


 ファウシルの口から零れた言葉に、思わずレイルが声を荒げた。しかしファウシルは「そうではありません」と首を横に振った。


「これをお渡しする前に、皆様にお会いしてほしい方々がおられるのです」

「お会いしてほしい方々?」


 ジーノが疑問符を浮かべると、ファウシルは無言で踵を返し、女神像に向けてエレメントを掲げた。

 すると、女神像がエレメントの光に呼応して淡く明滅し、次の瞬間、ゴゴゴ……という音を立てて横にずれた。

 その足元には、地下へと通じる隠し階段があった。ファウシルは「この先におられます」とだけ言って、その階段を下りていった。


「会わせたい方々って、一体誰のことなんだろうね」

「さぁな……。少なくとも、嘘はついてねぇように思えるし、どっちにしろ、エレメントを渡してもらうには、言う通りにした方がいいだろ」


 サーヴァの言葉に頷き、ジーノ達も隠し通路に踏み入れた。


 先ほどまでの精錬された石造りとは打って変わった、岩盤をくりぬいたままのような武骨な洞穴を抜ける。ほどなくして光が見え、その先に広がっていた光景を見たジーノは、思わず息を呑んだ。

 岩肌をむき出しにした空洞。しかし地面には草花が咲き誇り、ひび割れた天井からは木漏れ日が差し込んでいた。どこからか噴き出してくる風は、しかし不快感を感じさせず、むしろ優しく包まれているような安心感を覚えた。


「うわぁ……!」

「まさか、この森にこのような場所が……」


 タリは大きな目を輝かせ、ゼレンも思わず感嘆の声を漏らした。

 空洞の奥、まるで竜巻のような螺旋を描いた岩の前でファウシルが立ち止まり、その場で跪いた。


「……大精霊シルフ様。エレメントの継承者をお連れしました」

「何!? 大精霊シルフだと!?」


 サーヴァが驚愕の声を上げるが早いか、空洞の中を突風が駆け抜けた。

 それは岩の上に集まって渦を巻き、淡い緑色の光を帯びた。


『……ごくろうさま、ファウシル』

『ありがとう、ファウシル』


 竜巻の中から、二人の声が聞こえた。その瞬間風が霧散し、そこには一組の男女が宙に浮かんでいた。

 互いに緑の髪と緑の瞳、長い耳を持つそっくりな顔立ちの二人は、腕も足も見えないほど長いワンピースのような装束を身に纏っていた。それらは絶えず風になびき、ひらひらと舞い踊っていた。

 見た目こそ人間そのものだったが、その荘厳で圧倒的な魔力は、彼らがこの地を支配する精霊の長だと信じるには十分だった。


『ようこそ、エレメントの継承者達よ』

『我らはシルフ。風を司りし、大精霊が一柱』

「まさか……本当に大精霊がいたとは……」

「信じられねぇのも無理はねぇ。大精霊は、滅多に人前に現れるような存在じゃねぇからな」


 目を見開いたゼレンに、サーヴァがそう告げる。精霊と近しい召喚術師のサーヴァですら、大精霊の姿を見たのは初めてなのだ。


『ファウシル……永きに渡る守護の任、ご苦労さま』

「……勿体なきお言葉」


 シルフからかけられた激励の言葉を眉ひとつ動かす、ファウシルはそう答えた。


「あ、あの!」


 その時、大精霊の持つ人ならざる雰囲気に飲み込まれかけていたジーノが、声を上げた。


「あなた達は、今この世界に何が起こっているのか、知っているんですか?」

「ちょ、ちょっとジーノ!?」


 いきなりの質問は無礼ではないかとレイルが焦るが、ジーノは臆さず、真っすぐにシルフを見つめていた。


『……我らは世界の均衡を守る者。無論、ドゥルケンハイトの侵攻については知っている』

「だったら……」

『しかし、我らにドゥルケンハイトを討ち滅ぼすことはできない』


 その言葉に、ジーノ達は絶句した。

 エレメントは、かつて戦争を止めるために使われた、大精霊の加護を閉じ込めた聖具。ならば、大精霊そのものに力を貸してもらえれば、ドゥルケンハイトなど敵ではないと思っていたのに。


『……我らはあくまで、マナの流れを、自然界の流れを守る者』

『我らに、外敵を倒すことはできない。できることは、侵略を防ぐことぐらいだ』

「じゃあ、あの霧の壁には、やっぱり精霊が絡んでたっつうわけか」


 サーヴァの呟きに、シルフはこくりと頷いた。


『奴らを止めるのは、人の子しかできぬ。だから我らは三千年前、エレメントを作り出すことによって、人の子に力を貸したのだ』

『此度も同じこと。エレメントの継承者によって、ドゥルケンハイトを討たねばならない』


 そう言うと、シルフはファウシルに視線をやった。


『ファウシル、風のエレメントを』

「はっ。ここに」


 シルフに促され、ファウシルは手に持っていたエレメントを掲げた。シルフはそれを受け取ると、ふわりと宙に浮かべた。


『『……我ら、風を統括せし大精霊シルフの名の許に、汝ファウシル=セグフィードを、風のエレメントの継承者として認めん!』』


 その言葉が響いた瞬間、エレメントが光り輝いた。その光はファウシルの首元に纏わりついて弾け、黄緑色のチョーカーへと変わった。羽を模した銀の飾りがふたつぶら下がったそれには、緑の宝玉がはめ込まれていた。


『ファウシル=セグフィード。汝に新たな任を授ける。風のエレメントの継承者として、彼の者達と共に敵を討て』

「はっ……謹んで拝命いたします」


 呆気にとられるジーノ達を置き去りに、ファウシルは淡々と答えた。そしてすくりと立ち上がると、ジーノ達に向き直った。


「シルフ様のおっしゃった通りです。これより、私が風のエレメント継承者として、皆様のため尽力させていただきます」

「嘘……まさか、アンタが継承者だったなんて……!」

「……私はそのために、三千年間番人を務めたのですから」

「三千年!?」


 信じられないと言わんばかりに呟いたレイルだが、ファウシルの口から飛び出た言葉に、更なる驚愕の声を上げる羽目になった。


「私は右目に刻まれた魔法陣により、肉体の時が止まっています。光闇戦争終結以来、私は老いることのない身体を以って、この地を守護してまいりました。いつか、再びエレメントが必要とされた際、私自身が継承者となるために」

「時を止める……しかし、時間操作の魔術は禁呪として、使用が固く禁じられていたはずだ」

「その通りです。私自身、時を止める代償として、自分に関する記憶を犠牲にしました。ですが、問題ありません。私は使命を果たすだけですから」

「あはは……ちょっともうついてけないわ……」


 淡々と告げられる言葉に、さすがのレイルも頭を抱えて乾いた笑いを上げた。


「ま、まあよかったじゃねぇか! わざわざ継承者を探さずに済んだんだし、な!」

「そうだな……。よろしく、ファウシル」

「ふぁ、ファウシルさん、よろしくお願いします!」


 ファウシルはジーノが差し伸べた手を握り返し、ぺこりとお辞儀をするタリに、無言のまま小さく会釈を返した。


『エレメントの継承者達よ……まずは残るエレメントを集めるといい』

『六つのエレメントが集まった時、霧の壁は晴れ、失われし光のエレメントへの道も開けるであろう』

「ほ、本当ですか!?」


 ジーノが思わず聞き返すと、シルフはこくりと頷いた。


『光のエレメントは、我らが長にして光を司りし精霊であり神龍……精霊龍ウィプスの加護を宿したもの。我ら六柱の大精霊の力が集まれば、必然的にその姿を現すだろう』

『しかし、気を付けるがよい。……炎を司るエレメントは……』 


「……ッ!?」


 シルフがそう言いかけた時、ファウシルが突然顔をこわばらせ、周囲を見回した。


「ふぁ、ファウシル? どうしたの?」

「……火の、爆ぜる音……?」


 レイルが問いかけると、ファウシルがそう呟いた。


「何だと? わしらには何も聞こえんが……」

「おそらく、風のエレメントの加護のおかげかと……。風に乗って、何かが燃える音が聞こえます」

「そ、それがホントならたいへんだよ!!」

「くっ……まさか、こんな時に侵入者が……!!」


 ファウシルが歯を食いしばり、隠し通路へ向かって駆け出した。


「ま、待って! 火なら、タリの水のエレメントで消せるから!!」

「わしらも、一度戻った方がいいな」

「ああ! シルフ様、協力してくれてありがとうございました!」


 シルフに礼を述べて、ジーノ達もファウシルを追ってその場を立ち去った。その後ろ姿を見送り、シルフは切なげな表情を浮かべて身を寄せ合った。


『許せ、人の子よ。我らには、見守ることしか許されぬ』

『全てはあの時、力及ばなかった我らの咎。……許せ……ファウシルよ……』


 その呟きは、誰にも聞こえないまま、宙に溶けて消えていった。



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