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緑衣の番人

 サウスドレアは、地形と気候の差が著しい国だ。

 グローリアとの国境沿いに当たる東側は、昼は灼熱、夜は極寒の不毛の砂漠が広がっている。サウスドレアの王とサフィーラと、交易の中核を担うテザーロは、その砂漠のオアシスに作られた町だ。

 かたや北西に目を向ければ、切り立った山々に囲まれた内側は、常に吹雪が吹き荒れる雪国だ。氷点下が当たり前の白銀の世界は、安置されている氷のエレメントの力だとも言われている。


 そして、熱砂と白雪の間には、青々とした豊かな森が広がっていた。その森を、ジーノ達はゼレンに連れられ歩いていた。


「《緑衣の番人》……?」

「ああ、そうだ」


 ゼレンに伝えられた単語を、ジーノは反芻した。


「……このネフルの森には、風のエレメントが祀られているらしい。ふもとの村では、毎年そのエレメントに祈りを捧げる祭りも行われている。……そして、『ある存在』によって、この地にエレメントがあることは、確実だ」

「ある、存在?」

「ていうか、エレメントが必要だっていうんなら、さっさと借りちゃえばいいじゃん。なんでわざわざ、信用もできないアタシらを連れてくるのさ」


 タリは首をこてんっと傾け、レイルも疑問を投げかけた。一瞬だけムッとした表情を浮かべたゼレンだが、しかしすぐさま取り繕い、続きを口にした。


「……番人がいるんだ。長い白髪と、緑の服に身を包んだ、恐ろしく強い守り人がいる」

「ほう……なるほどな。番人がいる以上、必要となる何か……エレメントがあるってことかい。そして、その番人がいるから、解放軍でも手出しできん。だから、エレメントに選ばれているわしらを連れてきた、と」


 サーヴァの呟きに、ゼレンは苦々しく頷いた。


「……たった一人だ。番人は、あの男だけだ。だというのに……勝てなかった。あの男は、強すぎる」


 悔し気なゼレンの言葉に、ジーノはごくりと唾を飲みこんだ。

 鍛えられた肉体と、隙の無い身のこなしから察するに、ゼレンは決して弱くはないだろう。そして、彼に鍛えられているという解放軍の戦士達も。それを、地の利があるとはいえ、たった一人で撃退する番人とは、一体どんな人物なのだろう……

 避けられないであろう『番人』との戦いに身構えていると、突然サーヴァが足を止めた。


「ど、どうしたの、おぢちゃん?」

「静かにしてくれタリ嬢ちゃん。……妙な視線を感じんだ」


 不安げに問いかけたタリを制し、サーヴァがそう言った。その言葉にジーノは抜刀し、レイルもまた銃を構えた。

 ざあ……とひときわ大きな風が吹き、木々を揺らして葉擦れの音を立てた。


 ガァンッッ!!


 その刹那、サーヴァの義腕が何者かの襲撃を受け止め、轟音を立てた。


「おっさん!!」

「ッ……、……なあに、このぐれぇ、どうってことねぇよ!」


 攻撃を防がれた襲撃者は、己の蹴りを防いだ鋼の義手を足場に跳び退き、小さな投てき用ナイフを放った。


「危ない! 《電泡扇でんほうせん》!」


 すかさずジーノが刃を振るう。放たれた電撃に威力を相殺され、ナイフは地に落ちた。


「……なるほど。ただの賊としては、腕が立つようですね」


 軽やかに着地した人影が、ぽつりとそう呟いた。


 そこにいたのは、全身に包帯を巻いた、長身の男だった。

 年は二十代半ば。真っ白な髪は低い位置でひとつに結わえており、それは膝にまで届きそうなほどに長い。見たことの無い、独特なデザインの緑の衣をまとい、両腕と胴、そして右目を覆うように包帯が巻かれている、異様な出で立ちだ。

 緑玉の隻眼は、光を灯さずどこか虚ろだ。しかしそれでも、その男はジーノ達に拳を構えた。


「緑の、服……!」

「ああ、そいつが《緑衣の番人》だ……!」


 その姿を見て、ゼレンが唇を噛み締めた。


「……私のことは、村の方々は口外しません。つまり、私を知っているということは、以前ここで私と戦った方、ということですか」

「な……! 貴様、解放軍の要求を断ったことを、覚えていないというのか!?」

「……たとえ盗賊だろうと軍だろうと、私の使命は唯ひとつ。この地を守る、それだけですから」


 淡々とした物言いにゼレンが激昂する。しかしそれを意にも介さず、男は再び、ジーノ達に襲い掛かった。


「レイルとタリは後ろに!!」

「オッケー、援護は任せて!」


 ジーノとサーヴァは、レイルとタリを庇うように立ちふさがり、各々武器を構えた。


「はぁっ!」


 振り上げた番人の足が、ジーノに振り下ろされた。

 ガキィンッ! という音を立て、ジーノの剣と番人の左足がぶつかり合った。


「く……ッ!」


 刃を構えているにもかかわらず、決して臆さず振り抜かれた脚。それは重く鋭い一撃となり、ジーノを襲った。


「どうして……あのお兄ちゃんの足、切れちゃうかもしれないのに……!」

「おそらく魔力で足を覆って、攻撃力を上げながら、剣での攻撃を防御してるんだろうよ。……たしかにあの兄ちゃん、なかなかの手練れだな……」


 剣に対して徒手空拳で挑んだことにタリが驚きの声を上げ、それにサーヴァが応える。その間にも、番人は次々に拳を撃ちこみ、ジーノを追い詰めていく。


「く……速い……!」

「ジーノ! 《旋風魔弾ツイスト・バレット》!!」


 レイルが放った魔弾が旋風となり、番人を吹き飛ばした。


「おらぁ!」

「っ……!」


 すかさずサーヴァが追撃する。義腕を大きく振るった一撃は、しかし番人にすばやく回避されてしまった。


「きさまぁっ!!」


 その時、ゼレンが双剣を携えて飛び出し、番人に切りかかった。


「我らの戦いを……下らぬ使命だなどという理由で邪魔をするのか……!?」


 激高し、両手のシャムシールを振り回すゼレンの攻撃を、番人は無駄のない動きで躱していく。


「私は、私の使命を全うするだけです。たとえ賊だろうと、解放軍だろうと、この地を穢す者は許しません」

「自分も、エレメントなどという古びた話は信じてなどいない!! だが、だが……ラルド様はその希望を信じておられる! ならば、その希望を持ち帰るのが、解放軍兵士長の自分の使命だ!!」


 感情を見せない声で告げる番人に、何度も何度もゼレンが切りかかった。曲刀の斬撃はしかし番人にいなされ、一太刀もかすめることができずにいた。


「……そのような、でっちあげの大義名分を翳せば、全てが許されると? ……思い上がりも甚だしいですね」

「何だと……!?」

「そのような妄執を振り翳す方々にはたくさんお会いしてきました。ですが……たとえ世界の為であっても、資格無き者に、この先には進ませません」

「く……言わせておけばぁ!!」


 頑なな番人の言葉に、ゼレンの怒りが募っていく。より荒々しくなっていく斬撃に、ジーノは顔に焦りの色を浮かべた。


「ゼレンさんダメだ! オレ達も援護するから、我を忘れちゃ……!」

「手を出すなッ!!」


 加勢しようとするジーノだが、ゼレン自身に拒絶された。むき出しの敵意に、思わず動きを止めてしまう。


「これは、我らがサウスドレアの問題……貴様ら部外者の手を借りて国を取り戻すなど……王国軍総司令官の名折れだッ!!」

「……なるほどな。それが、お前さんが頑なだった理由か……」


 思わず吐き出された叫びに、サーヴァは何故ゼレンがあそこまで自分達を拒絶したのかを理解した。

 彼には、失われた王国軍の長であるというプライドがあった。しかし、国を守れず、おめおめと敗走という苦汁を舐めることとなった。だからこそ、エレメントの継承者などという特別な存在に縋ることなく、己の手でドゥルケンハイトを討ち倒したかったのだろう。


「……愚かな」


 しかし、そんなゼレンの感情を、番人は一蹴した。


「複数人で戦えば勝機もあったやもしれないというのに……やはり、妄執に駆られた人間ほど、愚かで厄介な者はおりませんね」


 そう呟くと、番人は右の拳を強く握り直した。


「……《掌破しょうは》」


 魔力の込められた番人の掌底が、感情の昂ぶりが災いして隙が生じたゼレンのみぞおちにめり込んだ。


「が、は……ッッ!!」


 たった一撃。しかしそれは強烈な衝撃を伴って、ゼレンを吹き飛ばした。木々をなぎ倒し、ようやく止まった時には、ゼレンは意識を失い、ぐったりとその場に倒れていた。


「……私は、たとえ世界の全てに敵対されたとしても……己が使命を果たします。それが、私の存在理由なのですから」

「ゼレンさんっ!」


 慌ててタリがゼレンに駆け寄った。傍らに膝をつくと、両腕を祈るように組み、意識を集中させた。


「しっかりして……《ヒール》!!」


 タリの想いに呼応して、薄桃色の光が彼女の両手に灯る。それをゼレンにかざすと、彼に刻まれた傷が、少しずつ癒えて消えていく。


「治癒魔法使いですか……厄介ですね」

「行かせない!!」


 回復源を断とうと動き出す番人に立ちふさがるように、ジーノが眼前に躍り出た。


「オレ達は、別に争いたいわけじゃないんだ! ただ、ドゥルケンハイト軍からこの世界を守るために……!」

「問答無用です。侵入者の排除……私の使命に、例外はありません」


 ジーノの訴えにも耳を貸さず、番人はその拳を振り抜いた。


「だ~もう、話を聞かない人だなぁ!!」


 レイルが痺れを切らせ、魔弾を放つ。しかし、番人には全てがわかっていると言わんばかりに躱され、思わず舌打ちを零した。


「とりあえず動きだけでも止めて、じっくり話しあわせてもらわねぇとな……。《ムリアン》! アイツを足止めしてくれ!」


 サーヴァが契約の言霊と共に地面を叩く。そこに開かれた魔法陣のゲートから、小さな蟻に跨った小人達が、次から次へと飛び出した。


「なっ!?」


 さすがに番人も目を見開き、すぐさま飛び退きナイフを投げた。しかし、数の多さには対処ができず、番人の両足にムリアン達が纏わりついた。


「く……!」


 何とか振り払おうとするものの、さすがは地の精霊と言うべきか。小柄な体躯に似合わぬ怪力に数の力も加わり、身動きが取れなくなる。


「《アントヒル》!!」


 サーヴァの掛け声に合わせ、ムリアン達が魔力を放出する。地面が隆起し、番人の足を飲みこむようにせりあがった。


「ジノ坊、今だぜ!」

「ありがとう、サーヴァ!」

「ッ……そう易々とは……!」

「《障壁魔弾ガード・バレット》!!」


 隙をつかんとするジーノに、番人がナイフを投げつける。しかし、すかさずレイルが放った弾丸により、それらは弾き返された。


「《雷閃裂破らいせんれっぱ》!!」

「ぐあっ……!!」


 雷を纏わせた剣を手に距離を詰め、ゼレンの借りだと言わんばかりに、番人の腹部に柄の部分を打ち付けた。さすがの番人も衝撃に顔を歪め、土壁が壊れると同時にガクリと膝をついた。


「みんな! ゼレンさんのキズ、治ったよ!!」

「く……たった一撃で倒されるとは、不覚……」

「タリやるじゃん!!」


 それと同時に、タリがゼレンを連れて小走りに駆け寄ってそう告げた。レイルが笑って彼女の髪をくしゃくしゃと撫でかき混ぜると、タリは照れくさそうに破顔した。


「さて……まだやるかい、番人の兄さんよ」

「……」


 サーヴァの問いに番人は答えず、少しだけふらつきながらも立ち上がった。

 ジーノが警戒して剣を握り直した。しかし、番人は攻撃に転じることはせず、一歩、二歩と、ゆっくりと後ろに下がった。


 そして、その場に跪き、恭しく首を垂れた。


「……手荒な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、これも私に課せられた任である故、どうかお許し願います」

「な……!?」


 困惑するジーノ達の前でそう告げ、番人は顔を上げた。


「我が名は、ファウシル=セグフィードと申します。……お待ちいたしておりました、エレメントの継承者様」

「お、お待ちしてましたって……今さっきバリバリに撃退しようとしてたじゃん!!」

「申し訳ありません。皆様がエレメントを所有していることは存じておりましたが、正当な継承者に相応しい実力をお持ちか、僭越ながら私が試させていただきました」


 レイルの言葉に番人……ファウシルがそう答え、再び頭を下げた。


「それを話してくれるってことは、認めてくれたってことでいいんですか?」

「はい。雷のエレメント、地のエレメント、水のエレメントの継承者の皆様と、そのお連れのお二人を、祠にご案内いたします」


 そう言って立ち上がると、ファウシルは真白の髪を翻し、森の奥へと足を向けた。ジーノ達もそれに続き、歩を進めていった。


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