解放軍
ラルドに連れられ、ジーノ達がやってきたのは、テザーロの地下に広がる洞窟都市だった。
魔石の明りで照らされたそこは、地上の町並に比べれば手狭だが、人々が生きるには十分だった。
「すご~い! 町の下に、町があるんだ!」
「元々は地上の激しい寒暖差から食物を守る貯蔵庫の集まりだったんだけど、それを徐々に拡張し、もうひとつの町ができあがったんだ」
目を大きく開いて感嘆の声を漏らすタリに、ラルドはくすくすと笑いながら説明をした。
「どうりで人がいないわけだね。みんな地下にいたんだから」
レイルがそう言いながら、周囲を見回す。視線の先には、ラルドと同じような服装の男性や、丈の長いドレスに身を包んだ女性、ぱたぱたと駆けまわる子ども達など、地上では見かけなかったこの町の住人たちの姿があった。
「……さて、着いたよ」
地下街を歩き続け、ラルドはひとつの建物の中にジーノ達を招き入れた。
そこはどうやら会議室のようで、中央に地図が置かれた大きな机の周囲を、ぐるりと椅子が取り囲んでいた。
そして、そこには既に一組の男女が待ち構えていた。
男性は褐色の体躯にスケイルメイルと長衣を身に着け、頭部はターバンで覆い隠していた。壁際で腕を組みながら目を閉じているが、一切隙を感じない。腰に差した一対の曲刀をすぐに抜けるよう周囲を警戒していることがありありとわかった。
一方女性は浅黒い肌に、デコルテを大きく露出し、左足に大きくスリットの入った妖艶な紺のドレスを纏っていた。白銀のロングヘアが揺れ、ルージュを引いた口元はグレーのフェイスベールで隠され、ミステリアスな雰囲気を引き立てている。椅子に腰かけ、水晶玉を覗き込みながら、うっすらと微笑を浮かべていた。
「あら、おかえりなさい、ラルド」
女性が来訪者に気付き、水色の瞳を細めてラルドに笑いかけた。その声に、男性も目を開き、眼球だけ動かしてジーノ達を見据えた。
女性はしなやかな動きで立ち上がり、ハイヒールを鳴らしながらジーノ達に歩み寄ってくる。そして、左手に掲げた水晶玉越しにジーノ達四人を見つめ、満足げに微笑んだ。
「……間違いないわ。彼らこそ、『大精霊の加護を受けし者』……わたし達の未来に必要な人達よ」
「やっぱりそうか。君の占いは本当に正確だな、ナジュム」
ラルドは女性……ナジュムの言葉に頷くと、ジーノ達に向き直った。
「紹介しよう。この二人が、俺達解放軍の中核を担う者達だ。あっちにいるのが兵士長を務めるゼレン=フドゥ」
ラルドの紹介に、ゼレンと呼ばれた男性は、無言のままぺこりと頭を小さく下げた。
「そして、こちらが魔術師で占い師の……」
「ナジュム=ハラファよ。よろしくね」
ナジュムがにこりと笑って名前を告げる。それにならって、ジーノ達も簡易的な自己紹介をする。それが終わるとラルドに勧められ、椅子に腰かけた。
「あの……さっき、占い師と言ってましたが、もしかして、オレ達のことがわかったのって……」
向かい側に座ったラルドとナジュムに、ジーノが問いかけた。
「ああ。そうだよ。ナジュムの占い……いや、予言は、今まで一度も外れたことが無いんだ。そして数日前に、精霊の加護を……古の戦争に用いられた聖具エレメントを持った四人組が、この町の港に訪れる未来を、彼女が見たんだ」
「そう……わたしの水晶玉は、未来の断片が映し出されるの」
そう言うとナジュムは手にした水晶玉を、ジーノ達に見せた。
彼女の魔力に反応し、ふわりと宙に浮かぶそれは、透き通った結晶の中に、ゆらゆらと色を変え続ける魔力の光が閉じ込められていた。
「普段なら、本当にぼんやりとしたイメージばかりなのだけど、たまに、鮮明なビジョンが見えることがあるの。そして、それらは近い未来に、現実とものとなるわ。今のように、ね」
「なるほどな。しかし、よくわしらがエレメントを持っているなんて信じられたな」
「当然よ。だって、それが『未来』なのだもの」
サーヴァのからかい交じりの発言に、ナジュムはきっぱりと言い切った。異論を許さない、自信に満ち溢れたその言葉に、サーヴァも「お、おう……」と困惑しながら相槌を打つことしかできなかった。
「で。アタシ達を待ってたってこと……『解放軍』ってことと、関係あんだよね?」
レイルがそう言うと、ラルドは浮かべていた微笑を消して、ジーノ達に向き直った。
「……サウスドレアを『解放』するってことは、サウスドレアは、もう……」
「……そうだ。ドゥルケンハイト軍によって、占領されてしまった。南東にある我らが祖国グローリアも、サウスドレアの首都サフィーラも、完全に奴らの支配下に置かれてしまった。この一年間、テザーロから北の進軍は何とか食い止めてはいたが……それも、時間の問題だ」
「なんで!? あいつら、セダル王国にも来たんだよ? 北と南の大陸は霧のせいで行き来できないのは、あいつらも同じじゃないの!?」
ラルドの言葉に、レイルは思わず声を荒げた。
自分達でさえ、ルシオの航海の腕と、タリのエレメントが無ければ辿りつけないのだ。しかし、ハウトやテオドア達ドゥルケンハイト軍が侵略せんとしてきたことから、てっきり南には手が伸ばされていないのだと思っていたというのに。
「……ここ最近、霧を抜ける術を編み出したようだ。そこまで大人数を移動はさせられないようだけど」
「なるほどな。うちの山を嗅ぎまわっていた奴らの人数を考えると、できて一個小隊、三十人前後ってところか」
「そう言われれば、基本的に師団長が一人でってこと多かったし、ルディが連れてたのも、ガルーダ以外はみんな、サタマリン周辺に生息してる魔物だったよ」
「……霧が発生したのは、ドゥルケンハイトによる侵略と同時期だった。おそらく、他の大陸への侵攻を防ぐためだったのかもしれない。そうでなければ、セダル王国も、とっくに攻め入られていただろうね」
苦々しく口にするラルドの言葉からは、これまでの戦いの苦しさがにじみ出ていた。
霧に閉ざされた隣国で、そんな凄惨な悲劇が繰り広げられていたのか……ジーノは歯を食いしばり、両手をきつく握りしめた。
「……ナジュムの占いのおかげで、いくつもの敗戦の危機を回避できた。でも、もう限界が近いんだ。物資も兵も足りなくなりつつある。この地下に避難している皆も、気丈に振る舞ってはくれているが、本当は不安で押し潰されそうになっている」
ラルドはそこまで口にすると、一度大きく深呼吸をした。
「そんななかで、ナジュムが教えてくれた君達の存在は、俺達解放軍にとっては、大きな希望の光なんだ。かつてドゥルケンハイトを封印したエレメント……それがあれば、今回も同じように、奴らを倒せるかもしれない。どうか、どうか力を貸してもらいたい」
そう言うと、ラルドは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「……それは、オレ達も同じ考えです。ここほど直接的な被害ではないけれど、オレ達の町も、あいつらに襲われました。……オレ達がエレメントに選ばれた以上、オレは、ドゥルケンハイトを止めたい」
ラルドの言葉に、ジーノは静かに、しかし力強くそう答えた。
「そーだね。一年間隔絶されちゃってる分、こっちの大陸の情報少なすぎるし、協力できるんだったらした方がいいよね」
「お? 今回は素直に信じるんだな、レイ嬢ちゃん」
サーヴァの言葉に、レイルはムッと頬を膨らませた。
「あの時は、変な感じがしたからだって! 今思えば、人間じゃなかったからだろうけど。別になんでもかんでもうたぐってるわけじゃないって」
「そうかいそうかい。まあわしも、協力者は多いに越したことはないと思うぜ?」
噛みつくレイルを笑っていなしたサーヴァの言葉に、タリもぶんぶんと首を縦に振った。
「ほ、本当かい!? ああ、ありが……」
「お待ちください、ラルド様」
ラルドが礼を述べようとした瞬間、それまで沈黙を保っていたゼレンが口を開き、彼を制した。
「自分は反対です。エレメントの継承者だか知りませんが、こんな女子どもを迎え入れるなど」
布の影が落ちた瞳は、しかし鋭い眼光と共にジーノ達を睨みつけた。
「おいおい、そっちの兄さんも疑り深いな」
「当然です。異分子は極力排除すべきですので」
サーヴァの皮肉にも、ゼレンは真っすぐにそう言い放った。
「そもそも、その《エレメント》がドゥルケンハイトを打ち破ったのは、遥か昔の話です。今もそれだけの力があるかわわからないし、そもそもそんな話が現実だとも、どうして信じられるんですか?」
「そんなことない!!」
エレメントの力に疑念の視線を投げかけるゼレンに食ってかかったのは、彼の雰囲気に威圧されて縮こまっていたタリだった。
「タリ、聞いたもん! ジーノお兄ちゃんを助ける時、水の精霊さまの声聞いたもん! エレメントニセモノなんかじゃない!!」
椅子から立ち上がり、背伸びをして、涙目になりながらもキッとゼレンを見上げるタリに、ゼレンは一瞬眉を動かした。しかし、信用できない「女子ども」の筆頭である少女に何ができるのだと、ゼレンも彼女を見下ろし、睨みつけた。
「……信じられないのなら、いっそテストしてみたら?」
その時、ナジュムの軽やかな声が、張り詰めた空気を震わせた。
「テスト? このターバンの人と手合せでもさせるの?」
レイルが首を傾げながら問いかけると、ナジュムはそうじゃないと告げた。
「わたし達が抱えている『問題』……彼らに対処させてみたらどうかしら? ゼレンも、同行して彼らのことを見れば、納得いくんじゃない?」
「……まさか、ネフルの森の件をか?」
目を見開いたゼレンの問いに、ナジュムはこくりと頷いた。
「……大丈夫よ。彼らは必ず成功するわ。……安心して。わたしが、そう言うんだもの」
銀の髪と黒いヴェールに挟まれた薄水色の瞳が、艶めかしく細められた。




