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サウスドレア

 太陽の光を乱反射させて煌めく、見渡す限りの大海原。その波の上を、帆船が大きな帆で目一杯風を受けて、滑るように進んでいく。


「うわぁ……海風気持ちいーね!」

「うん! タリも、パパのお船は大好き!」


 手すりから身を乗り出すようにして、レイルとタリがそう笑った。キラキラと光る海面に負けないほどにまばゆい笑顔を向ける二人を、甲板に座ったサーヴァがくつくつと笑って眺めていた。


「おうおう、まさしく航海日和のいい天気だな」

「悪ぃなルシオ。船を出してもらっちまってよ」

「何てことねぇさ。サーヴァ達はサタマリン全員の恩人だ! 航海のひとつやふたつ、安いもんだ」


 舵輪を握るルシオはニッと笑い、「欲を言えば、かみさんに土産のひとつでも持って帰れればいいんだけどな」と、冗談めかして答えた。


「しかし……いいのか? タリ嬢ちゃんを、わしらと一緒に行かせても」


 そのサーヴァの問いに、ルシオは静かに首を縦に振った。


「……本音を言っちまえば、そんな危ないことさせたくねぇ。そんなこと言い出せないように、部屋ん中に閉じ込めちまいたいぐらいさ。でもな……あの引っ込み思案なうちの姫さんが、初めて自分から何かをしたいって言い出したんだ。しかも、あんな怖い想いをしたその日からな」


 そう言うと、ルシオはレイルと談笑する己の一人娘を見つめた。


「……あんなに楽しそうに喋ってるところは初めて見たぜ。だから、親としては、娘の旅立ちを応援したいってもんよ」

「……そうかい。まあ、嬢ちゃんのことは、わしらがしっかり守るって約束するぜ」

「ああ、信じるぜ」


 ルシオとサーヴァはそう笑い合う。そして、船室の入り口付近の壁へと視線を向けた。


「……ところで、あいつは大丈夫なのか?」

「いや……まあ、大丈夫だとは思うが……」


 そこにはジーノが座っていた。


 しかし、その姿は普段の彼からはかけ離れていた。

 鞘に納められた剣を両手で抱き締め、片膝を立てて項垂れるジーノからは覇気がまったく感じられない。顔は真っ青になり、頭がフラフラと力なく揺れていた。


「あ~、ジーノってホントに乗り物関係弱いんだよね」


 大人二人の会話を聞き、レイルとタリが近づいてきた。


「ジーノお兄ちゃん、大丈夫?」

「だ……だいじょうぶ……だよ……」

「……ある意味、下手な呪いよりも弱るんじゃないかな、乗り物酔い」


 心配して寄り添うタリの頭をそっと撫で、ジーノは微笑んだ。しかし、その笑みはひどく弱々しい。……リリアーナの熱毒の呪術以上に疲弊していた。


「ほら、とりあえず頭冷やして安静にしときなって」

「うん……」


 レイルは船室から濡れタオルを持ちだし、ジーノの顔に押し付けた。てきぱきと動くレイルをじっと見つめ、タリが「ねえ」と声をかけた。


「ん? どしたのタリ?」


 仲間になったことで「タリ」と呼び捨てるようになったレイルが、その呼びかけに首を傾げた。


「レイルお姉ちゃんは、なんのエレメントなの?」

「えっ? アタシはエレメント持ってないよ」


 レイルが首を横に振ると、「でも……」と言ってタリは彼女の胸元を指差した。


 彼女の胸元には、大きめなペンダントが煌めいていた。


 金色の台座は魔法陣に似た六芒星。その中央には乳白色の宝玉がはめ込まれている。大振りの宝玉がひとつあしらわれているデザインは、確かにジーノのイヤリングやサーヴァのブレスレット、タリの指輪に酷似している。


「ああ、これ? 多分違うよ。アタシがちっちゃい頃から持ってたペンダントだし」

「ちっちゃいころから?」


 タリが繰り返すと、レイルはこくりと頷いた。


「……アタシね、地図にも載らないちっちゃな辺境の村で育ったんだけどね。本当の親のことは知らないんだ。近くの森にいた赤ん坊のアタシを、医者だったじっちゃんとばっちゃんが拾って育ててくれたの」

「……孤児、かい?」

「う~ん、わかんない。捨てられたのか、それとも事故か何かではぐれたっきりなのか。……ただ、アタシのすぐ傍に、レイルって名前の刺繍された毛布と、このペンダントが置かれてたんだって」


 そう言うと、レイルはそのペンダントをそっと手に乗せた。


「以来ずっとこうして身に着けてるけど、別に魔力を感じたり、不思議な力発揮したりしたことなんてないし。そもそも、大切に祠に祀られてるものを、ただの赤ん坊がほいほい持ってるわけないでしょ? だから、きっとエレメントに似せて作ったお守りとか、きっとその手のやつだよ」

「……レイル……」

「……なんでそんな顔すんのさ。言っとくけど、アタシ自分の出身とか別に気にしてないよ? じっちゃんとばっちゃんにはすごく大事に育ててもらったし。二人が死んじゃった後も、引きとってくれた父さんにもよくしてもらってるしさ」


 悲観するような身の上ではないと、レイルはあっけらかんと言った。


「あっ、それよりも! 見えてきたよ、霧の壁!」


 レイルが指差した方向を向くと、船の行く先が真白の霧に覆われていた。

 それは天を突き、海を割るほどに巨大な壁だった。向こう側はもちろん、霧の壁の端すらも見通せないほどに、完全に海を、世界を分断していた。


「なるほどな……確かに、こいつぁ先が見えねぇな」

「この先には、どうしても進めねぇんだ。霧はどんな魔術でも消えねぇ。羅針盤もすぐにイカレる。まっすぐ進んでいるつもりでも、気が付きゃ元の場所に戻っちまう有様さ」


 お手上げだと、ルシオは両手を上げて肩を竦めた。


「……タリ、任せたぞ」

「うんっ!」


 ジーノの言葉に力強く頷くと、タリは船首の方へと歩み、両手を組んで祈りを捧げた。


「……水の大精霊さま……お願いします。タリたちを、この先に進ませてください。タリたちの、大切な人たちを守るために……」


 すると、タリの指輪が淡い光を放ち始めた。それに呼応し、海も水色の光を帯びていく。

 そして、タリの指輪から光の筋が放たれた。それは霧の中へと吸い込まれるようにして、なおまっすぐに伸びていった。


「これを辿れってこと?」

「そうみてぇだな。ルシオ、頼むぜ!」

「あいよっ!」


 ルシオは舵を切り、光に導かれるままに船を進めていった。


「で、できるだけ、揺れないように……うっぷ」

「あーはいはい、陸見えるまで大人しくしてな」


 口元を押さえるジーノの背をレイルがさすった。

 船は水のエレメントが放つ光を追って進んでいく。真っ白な霧の中、甲板にいる仲間の姿がようやく見えるほど視界が遮られていても、その光は消えることなく輝いていた。


「……精霊の声が一切聞こえん……本当に、普通の霧じゃねえな」


 サーヴァはぽつりと呟いた。召喚術を用い、誰よりも精霊と近い場所にいるサーヴァですら、世界全てに存在する精霊を感知できない。それは即ち、この霧が精霊すらも遮断しているということだろう。


「タリ、大丈夫か……?」

「うん。タリはだいじょうぶだよ!」

「……というか、アンタの方が大丈夫じゃないでしょ」


 青白い顔でありながら、エレメントの力を使っているであろうタリを気づかうジーノに、レイルが溜め息を吐いた。


「それにしても……ホントに妙な霧だよね」

「ああ……エレメントを通じて、不思議な力を感じるよ……」

「……あっ! 何か見えたよ!」


 不可思議な霧に覆われた世界を見渡していると、タリが声を上げた。

 前方で霧が薄れ、光が差し込んだ。ほどなくしてエレメントの光が消え、同時に船は濃霧から抜け出した。


「……あれは!?」


 手すりにもたれかかるようにして外を見ていたジーノは、眼前に見えたものに目を見開いた。


 ごつごつとした岩山が眼前の大陸にそびえ立ち、その隙間から薄茶色の砂塵が舞っているのが見えた。

 そして、砂漠と海に挟まれた町並み……この南大陸の玄関口とも呼べるオアシスの町テザーロは、ここからでもわかるほど、荒廃していた。


「どういうこと? ……まさか、もうドゥルケンハイトが!?」

「わからんが、用心するしかねぇな。ルシオ、頼むぜ」

「おう!」


 ルシオは舵を切り、大胆に、しかし最大限の注意を払って船を港へと進めた。

 近づけば近づくほどに、町の荒廃ぶりが鮮明に見えてくる。建物などの影になって目立たない埠頭の端に停泊し、桟橋に降り立つと、ジーノはまだぐらつく頭を押さえつつ、町の様子に顔をしかめた。


 砂塵にけぶる町は薄茶色の土づくりの建物が立ち並んでいるが、それらのいくつかは無残に倒壊していた。また原型をとどめているものにも、経年劣化による風化とは違う、真新しいヒビや傷痕が刻まれており、この地で何らかの戦闘が行われていたことが如実に表されていた。


「人気が、全然ない……」

「ここ、誰もいないの?」


 ジーノの呟きに、タリが恐る恐る問いかける。不安げに、胸の前で手を組むタリに、レイルが「大丈夫だよ」と笑顔を向けた。


「まあ、ひとまずは情報収集だな。誰かしら見つけるなりして、この町の……サウスドレアの情勢を知らねぇうちは、うかつに動けねぇからな」


 サーヴァの提案に一同は頷き、船の点検と管理をするルシオを残し、テザーロの中心部へと足を向けた。


 その時だった。



「……お待ちしておりました、大精霊に選ばれた皆さん」



 不意に、ジーノ達にそんな声がかけられた。

 歩み寄ってきたのは、一人の青年だった。

 二十代後半と思われるその青年は、燃えるような赤い髪と、深い群青色の瞳をしていた。日差しの強い砂漠地方特有の長い上着を羽織り、頭部にはターバンを巻いている。

 しかし、ターバンの隙間からは、とがった長い耳が少しはみ出していた。


「その耳……!」


 それを見つけ、ジーノは目を見開いた。

 つい先日戦った、ドゥルケンハイト軍第七師団長、《赫炎》のエルドと名乗った少年もまた、彼と同じ耳を持っていたのを、ジーノははっきりと記憶していたからだ。

 彼の配下の者か……と、ジーノはそっと剣の柄に手を伸ばした。


「待て、ジノ坊。そう早まるな」


 しかし、サーヴァが右手でジーノを制した。そして、青年に静かに歩み寄った。


「お前さん、ヴァルタス族だな」

「ヴァルタス族?」

「グローリア皇国を治めてる、長い耳を持った一族だ。……おそらく、ドゥルケンハイトにも同じような一族がいるんだろうよ」


 首を傾げるタリに、サーヴァがそう説明する。青年は目を細め、「ご名答」と二、三度手を叩いた。


「で、でも、今大精霊って……」

「ああ。申し訳ない。本当に来てくれたことが嬉しくてね。つい、声に出してしまったよ」


 自分達がエレメントを……大精霊の加護を受けていることを見抜いていることに警戒するジーノに、青年は苦笑交じりにそう詫びた。


「『本当に』? てことは、半分あてずっぽうだったってこと?」


 青年の物言いに引っかかりを覚え、レイルはそう問いかけた。


「……詳しい説明はこれからするとして、先に俺の素性と目的を明かした方がいいようだね」


 青年はジーノ達に向き直ると、浮かべていた微笑を消し去った。


 濃紺の瞳が、ジーノ達を射抜く。そこには、決して揺らぐことのない、強い強い意志が込められていた。




「俺は、ラルド。……サウスドレア解放軍のリーダーを務めさせてもらっている。ドゥルケンハイトを討ち倒すため……君達を待っていた」


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