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緑獣のグリモ

「……エレメントの継承者を排除して……龍の痣を持つ少女を生け捕りにする……。そうすれば……ぼくたちの理想郷ができあがる……」

「はあ? アンタ何言ってんのよ? いいからさっさと呪いを解いて、魔物を連れて出てってよ!」


 独り言に近い言葉にレイルがそう叫ぶ。ルディは煩いと言わんばかりに溜息を吐き、レイルを見据えて「無理」と答えた。


「ぼく、軍なんて面倒なだけだけど……皆のために任務を完遂しなきゃいけないから。それに、ぼくに呪いを解けと言われても無理……リリィじゃないから」

「リリィ?」

「……リリアーナ=エクセ中将。ぼくと同じ、第四師団の長。通称、《妖華ようか》のエクセ……軍で呪術を使わせたら、リリィの横に並ぶ者はいない……」


 その言葉に、レイルの頬を冷や汗が伝った。

 ドゥルケンハイト軍の師団長である、呪いのエキスパート……それがこの熱病騒ぎを起こしているのだろう。同じ師団長であるルディから、術を解く気が無いのではなく、本当にリリアーナの術を解呪できるだけの力を持っていないとだということを感じ取った。

 ジーノにはエレメントの加護がある上、純粋な魔術師ならば身体能力で剣士であるジーノには勝てないだろう……しかし、それほどまでの呪術師にたった一人で挑む危険性は、誰に説かれるまでもなく把握できた。


「おっさん、さっさとこの魔物達倒して、ジーノに加勢しよう!」

「言われずとも、そのつもりだぜ!」

「……ぼく達、弱いと思われてる……? ……不愉快」


 まるで自分達を倒せるのが当たり前だという物言いに、ルディは眉を寄せた。


「……ぼく達を邪魔するやつら……許さない。龍の子だけ残して……皆食べていいよ」


 無表情で、しかし瞳は獲物を狙う獣のような光を宿して、ルディは笛を奏でた。それに応じて、魔物達が一斉に、レイルとサーヴァに襲い掛かる。


「行くぜ、ロックゴーレム!!」


 サーヴァが義腕を振りかぶると、ロックゴーレムがそれに合わせて腕を振る。二人の重い拳は魔物を打ち据え、弾き飛ばす。


「《火球魔弾フレア・バレット》!」


 サーヴァとゴーレムの豪快な攻撃の合間を縫って、レイルの弾丸が魔物を射抜く。炎を纏った弾丸を恐れ、魔物の進撃が勢いを少しずつ失っていく。


「いい調子じゃねえか嬢ちゃん!」

「あの笛でここに魔物に集まっちゃってるけど、逆に考えれば、他の人達のとこに行かなくなるっていうチャンスだもんね。アタシらで、何とか倒しきろう!」


 ルディの笛によって統率されているとはいえ、所詮は魔物だ。そこまで強化されている訳ではない。これなら十分退治できる……そう踏んでいた二人に、ルディがギリッと歯を食いしばった。


「そうやって……皆を苦しめてきたのは……君達だよね……?」


 その瞳が怪しく光り、ルディが新たな旋律を奏でた。


「……わかった。……だったら……お前達の失いたくないもの……奪ってあげるよ……!」


 その旋律に、魔物達の動きが変わった。

 ヴァルチャーがウルフやサハギンを鉤爪でわしづかみ、天高く舞い上がった。


「上から? でも撃ち落とせばいいだけの話だよね!」


 レイルがすぐさま照準を合わせ、引き金を引いた。しかし器用に旋回し、ヴァルチャー達は弾丸を躱していく。

 そして……ギルドの屋根の上に差し掛かった時、ヴァルチャーに乗せられていた魔物達が、一斉に飛び降りた。


「なっ!? こいつら、ギルドを!」

「ちょっとそれは反則でしょ!?」


 すぐさま排除に向かうものの、地上に残った魔物達との連携攻撃のせいで、思うように進まない。その隙に、魔物達は屋根のレンガを破壊し、中へと入り込もうとしていた。


「ちょっと! アンタらの目的ってエレメントとアタシでしょ!? だったら、正々堂々アタシらと戦えばいいじゃない!!」


 レイルがそう叫ぶが、ルディは冷たい瞳で見据えていた。


「……弱いものから、死んでいく……それが自然。何か……間違ってる?」

「間違いまくりでしょ!? アンタが全部仕向けておきながら、自然のへったくれも無いって!!」

「……ぼくは、皆に力を貸してもらってるだけ……皆が人間を嫌ってるから……ぼくに協力してくれてる、それだけ」


 レイルの糾弾など意にも介さずに、ルディが魔物達に指示を飛ばした。

 バキリ、という音を立てて、屋根が剥がされる。そして、身体の小さな魔物が集まり、侵入を開始しようとする。


「……やめてよ……」


 レイルが銃を取りこぼし、立ち尽くした。


「やめろ……!」


 ギルドの中には、たくさんの負傷者がいる。まだ呪いに苛まれた病人がいる。戦えない子ども達がいる。

 もうすぐ、入り込んだ魔物達によって、彼らはあっけなく喰い殺されてしまうだろう。


「やめろって……!」


 その光景に、レイルの中で、何かが弾けた。



「やめろって……言ってるでしょーーーッッ!!」



 レイルの叫びが響き渡ったその瞬間、魔物達が硬直した。

 何かに……否、レイルに怯えるように後ずさり、縮こまる魔物達に、ルディの顔色が変わった。


「皆? どうしたの?」


 呼びかけても、魔物達はガタガタと震えるばかりで応えない。そうこうしている間に、一体、また一体と、一目散に逃げだしてしまった。残ったのは、ルディの相棒とも呼べるガルーダだけだったが、戦意は完全に失われていた。


「れ、レイ嬢ちゃん? お前さん、今何を?」

「あ、アタシだって、わかんないよ……!」


 文字通りしっぽを巻いて逃げ出した魔物達に唖然としていると、ルディはひらりとガルーダの上に乗った。すぐさまガルーダは羽ばたき、その巨体を厨二浮かび上がらせた。


「……皆が怖がってる以上、これ以上は戦えない……一旦退くよ……」


 不安定なガルーダの背の上に、ふらつくことなく立ったルディが、そう呟いた。そしてそのまま飛び去ろうとして……ルディは何かを思い出したように、ガルーダを停止させた。


「……リリィが使った呪術……海に入ったらかかるようになってるんだ。だから、漁師や船乗り……水に親しいメーレ族が多かったでしょ? 患者さん」

「……何が、言いたいのさ……」


 意味ありげに呟くルディに、レイルが思わず問いかける。ルディは首だけ回して振り返ると、哀れなものを見るような目つきと共にこう告げた。


「……さっきの剣士……海に入ったね。呪いがかかった……その身体で、呪いを制御するリリィに勝てるかな……?」

「え……!?」

「なんだとっ!?」


 驚愕に目を見開くレイルとサーヴァを置き去りに、ルディはガルーダに跨り空の上へと飛翔した。


「そんな……ジーノが危ない!!」

「お、おいレイ嬢ちゃん!! 落ち着けって!!」


 サーヴァの制止を無視し、レイルはジーノ達が向かったであろう灯台へと駆けだした。


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