流星
リヒト北の大陸を統べる国・セダル。その中央部、大陸を分断するステット山脈の東側に位置する町、ダイト。
穏やかな気候と豊かな土壌により農業が盛んなこの町は、南側を除いた周囲三方を森に囲まれ、清浄なる空気に包まれていた。
青々とした草木が、夕日を浴びて仄赤く染まっている。昼時に降っていた雨は止み、葉に残る雨露が煌めく。巣へと戻るのか、或いは今から食事へと赴くのか、小動物達がちょろちょろと駆け回っている。
そんな静かな森の中、ブンッブンッと風を切る音が響いていた。
木々の合間を縫うようにして、黄金色の影が躍る。刃が一筋の銀の光となり駆ける。
黄色い外套を揺らし、青年は一心不乱に剣を振っていた。
両刃の剣は、木々を傷つけることなく、一寸のブレも無く振るわれる。太陽の光を閉じ込めたような瞳はまっすぐ前を見据え、同じ色の髪はキラキラと夕日を浴びて輝いていた。
観客のいない静かな森の中、青年は舞い踊るように剣を振るい続けていた。
「《水撃魔弾》!!」
その静寂を破った声。青年はハッとして剣を振り下ろした。
ガギィンッ! という金属音が響く。自分に向かって飛んできたそれを、青年は己の剣で弾き飛ばした。
それは、透き通った水晶で作られた弾丸だった。軌道を逸らされたそれは木にぶつかり、ばしゃっ、という音をたてて液体となった。
「……はぁ。……いきなり撃ってくるなんて危ないじゃないか、レイル!」
青年は溜息を吐いて、木々の生い茂る先へと声を上げた。
「あははっ! ごめんごめん!」
すると、そこから軽やかな少女の声が返ってきた。
がさがさと葉擦れの音を立て、木の上に現れたのは、真白のコートを身に纏った少女だった。
珍しい黒髪は少し青みを帯びていて、頭頂部で水晶を模した髪留めを用いてひとつに括られている。ほんのわずかな仕草にも応じてさらりと揺れる髪は、白い肌をより一層白く見せていた。
しかし、それ以上に目を引くのは、その瞳だ。
青い瞳、それ自体は珍しくもない。しかし通常ならば空のように淡い水色か、或いは海のように深くも温かさを帯びたマリンブルーだ。彼女の瞳は、そうではない。
無理矢理表現するのなら、青い絵の具を薄めず、他の色と混ぜることもせずにそのまま塗り付けたかのようだ。混じりけの無い、鮮烈な紺碧。少し吊目がちな大きな瞳は、吸い込まれそうなほどに、畏怖すら覚えるほどに冴えた色をしていた。
そんな瞳を細め、少女……レイル=アリスフィアは楽しそうに笑っていた。
「でもさ、いきなり撃たなきゃ奇襲にはならないでしょ? それにあの程度なら、ジーノ余裕でかわすなり弾くなりできるじゃん」
そう何でもないように言い放つレイルの左手には、コートと同じ白と水色を基調にしたリボルバー銃が握られていた。グリップの先、ヘアゴムと同じ飾りがついた鎖に人差指を通し、くるくると回して遊んでいるレイルに、青年……ジーノ=ラルディクスは苦笑した。
「確かに、不意打ちと遠距離攻撃に対応する訓練にはなるけど、他の人にはするなよ?」
「わ~かってますって! 失礼しちゃうな」
ジーノの言葉に、レイルは頬をぷくっと膨らませた。そして、座っていた枝から降り、軽やかに着地してみせた。
「まったく……コート、濡れてるぞ?」
「あっ、ホントだ。まあこのぐらいすぐ乾くでしょ」
まだ乾ききっていない木の上にいたせいで、レイルのコートにも雨粒が付着していた。レイルは一度コートを脱ぎ、ぱんぱんっと雫を払った。
ノースリーブのシャツから伸びる白い腕。その左肩には二頭の龍の、刺青のような痣があった。
「それにしても、ジーノってホントに真面目だよね。こんな時間まで剣の練習とかさ」
あらかた水気を飛ばしたコートを羽織り直し、レイルがジーノにそう言った。
「……オレはまだまだ未熟さ。だからもっともっと強くならないと。父さんみたいな騎士になって、たくさんの人を守るには、これぐらいしなきゃ」
外套を留める、ユニコーンの描かれた金具に手を当ててそう呟くジーノに、レイルは「そういうところが真面目すぎなんだよ」と、少し呆れ気味に言った。
「ほらほら! もう日が暮れるよ? そろそろ例のスポット行くよ!」
「ああ、行こうか」
ジーノが剣を腰の鞘に納めると、レイルはその手を引いて森の奥へと歩き出した。
「あ、そうそう。これ飲みな? どうせジーノ鍛錬してるだろうから、疲れた時に効果のある特製ドリンク作っておいた」
「本当か? ありがとう、レイル」
レイルが差し出した水筒に、ジーノは笑みを浮かべた。そして受け取ったそれを口につけ……思い切り噎せた。
「ぶっ!? げほっごほっ!」
「ちょ……! 大丈夫!?」
慌ててレイルがその背をさする。何度かせき込み、ジーノはようやく平静を取り戻した。
「はあ……はあ……れ、レイル……これ、すっぱくないか……?」
「ん? ああ、レモン汁いっぱい入れたからね。疲労回復に効果テキメンだってばっちゃんが言ってたし」
「も、もう少し何とかならないのか……?」
「そうだね~、次はハチミツでも入れてみる」
酸味の不意打ちに遭い、かえって疲労が溜まったジーノに、レイルはそう答えた。「期待しているよ」と返したジーノは、歩きながら水筒の中身をちびちびと飲んでいた。
そうこうしているうちに、不意に木々に覆われていた視界が開けた。
森の中、突然現れた、小さな野原。空を飛ぶ鳥から見たら、ぽっかりとそこだけ色が変わっているだろう。既に日が落ち、夜の濃紺色に染まりかけている空が、瞬き始める無数の星々が、二人の頭上に広がっていた。
「うわぁ……綺麗だな」
「その感想、もうちょっと待った方がいいよ?」
息を呑むジーノに、レイルは悪戯めいた微笑を向けた。そして、おあつらえ向きと言わんばかりにぽつんと佇む岩の上によじ登り、腰を落ち着ける。
「そうだな。今から驚いてちゃもたないか」
ジーノも笑い、レイルの隣に腰を下ろした。
そのまま、二人は空を見上げた。何も言葉を交わさず、ただじっと。何かを待つように。
「……来た」
レイルの呟きに応えるかのように、『それ』は訪れた。
ひゅ……と一筋の光が夜空を裂いた。それを皮切りに、次々に光が降り注いでいく。
赤、青、緑、黄色、紫……カラフルな光の筋が、暗い夜空を彩っては消え、また生まれ来る。圧倒的な光の雨。その美しさに、ジーノは瞬きする暇すら惜しんで見入っていた。
「すごい……こんなたくさんの流れ星、初めて見た……!」
「今年は百年に一度って言われるほどの大流星群なんだって! 前に来た行商人さんが言ってたよ」
流星に負けないほどに瞳を輝かせるジーノに、レイルはそう言った。
「あれ、全部魔石なんだよな?」
「うん。魔術の原動力であり、生命の源である『マナ』をたくさん閉じ込めた魔石。まさに天の恵み、ってね」
「それが、あんなにたくさん……すごいな。もうそれしか言えないよ……!」
真に美しいものの前では、取り繕った賛美の言葉は出ないものだと、ジーノは身をもって思い知った。そんなジーノの姿にクスリと笑い、レイルもまたその光景を目に焼き付けていた。
流れ落ちる光。それを受ける森と、ダイトの町。
その風景を、少し離れた山の上から睥睨する影があった。
「……ようやくつきとめたぞ……」
闇夜に溶けそうなほどの漆黒の衣に身を包んだその男の表情は伺い知れない。ただ、眼下の町を、森を睨みつけていた。
「……これで全てが終わる……いや、はじまりか……」
ぶつぶつと呟き、足元に座っていた黒い獣の頭を撫でた。
「……因果を終わらせるとしよう。……せいぜい上手く暴れるがいい」




