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呪いの茨

 ごつごつとした岩肌を慎重に、しかしできるだけ早く前へと進む。そうやって町へと進んでいったところ、そう進まないうちに、あの子ども達の姿を見つけた。

 無数の魔物に囲まれた状態で。


「うわああ! こっち来るなぁ!」

「やだぁ……こわいよぉ……!」


 狂乱して、付近に打ち上げられていたのであろう木の枝を振り回す少年。恐怖でがたがたと震えて蹲る少女。そして彼らを囲う、牙の生えそろった魚の頭部を持つ魔物・サハギンの群れだった。

 青い体躯は鱗に覆われ、赤い瞳はギラギラと不穏な光を纏っていた。そしてその鋭い牙を向けて、子ども達を食いちぎろうとした。


「危ない!!」


 その間際、ジーノがすかさず子ども達を庇うように割り込んで、剣を抜いてサハギンを切り裂いた。

 ギ、ギギャッ、という不快な鳴き声を上げ、残る五体のサハギン達が警戒する。それに怯むことなく、ジーノはその剣をサハギン達に振るった。


「この子達には、指一本触れさせない!! 《電雷烈閃でんらいれっせん》!!」


 一息に振り抜いた刃から、苛烈な電撃が迸る。水棲生物であり、電気を苦手としているサハギンが、大精霊の加護の結晶と呼ばれるエレメントの力である雷に耐えられる訳もなく、ジーノの一太刀によって薙ぎ払われた。


「に、にいちゃんすげー!」

「すっげー!」

「あ、ありがとう……」


 子ども達は一瞬の出来事に呆気に取られていたが、すぐにジーノの元に駆け寄り賛辞を送った。


「みんな、怪我はないか?」

「あっ! そ、そうだ……! おねがい、お兄さん助けて!!」


 ジーノが問いかけると、先ほどブレスレットを落としたと言っていた少女がそう縋り付いた。

 四人の陰に庇われるようにして、一人の少女が倒れていた。


「だ、大丈夫か!?」


 慌ててジーノが抱き起こすと、少女は顔を真っ赤にして荒い息を吐いていた。額に手を当てると、驚くほどに熱い。先程見かけた時には健康そのもののように見えていた。それが一時間も経たずにここまで悪化するのは、どう考えてもおかしい。


「さっき、あのマモノが出てくる前にいきなり倒れたんだ!」

「すっごくあつくて……パパたちをよんでこようとしたら、かこまれちゃって……」

「……わかった。大丈夫だから、急いで町に戻ろう!」


 ジーノは少女の小さな身体を片手で抱き上げた。


「ジノ坊!!」


 その時、町の方角からサーヴァが走ってきた。サーヴァはジーノに抱きかかえられた少女を見て「やっぱりか……」と顔をしかめた。


「サーヴァ、やっぱりってどういうことなんだ!?」

「詳しいことは町に行きながら話すぜ。とにかく、今はやべぇんだ!」


 サーヴァに促され、ジーノ達はサタマリンへと駆け足で戻った。


「はっきり言うと、わしらも何が起きてるのかわからん。ただ、町の連中が次々と熱を出して倒れ始めたんだ」

「町の人達が……!?」

「ああ……今レイ嬢ちゃんとギルドの治癒魔術師が対処してるが、病人が多過ぎてどうにも手が回らん。おまけに、魔物がいきなり町に押し寄せてきてな。自警団や傭兵連中にもぶっ倒れちまった奴らが多くて、町はパニック状態だ」


 サーヴァの言葉を聞きながら、ジーノは腕の中の少女を抱き締めた。

 その体温が少しずつ熱くなっていっているのは気のせいではないだろう。それに、こんな状況で魔物が襲ってくるなんて、ただの不幸と言うわけではないだろう。


「……まさか……ドゥルケンハイト軍が……」

「……断定はできんが、可能性は高いだろうな……」


 二人が子ども達に聞こえないようにそう言った頃、ジーノ達はサタマリンに辿り着いた。


 そこは、ジーノが想像していた以上の地獄絵図だった。

 町のあちこちで火の手が上がり、サハギンやタコ型の魔物、更には内陸方面からやってきたのであろうウルフ(狼)やヴァルチャー(鳥)など、近辺の魔物全てが集結しているかと思うほどの数が殺到し、我が物顔で平和だった港町を蹂躙していた。ギルドに所属する戦士が対応しているが、多勢に無勢というのが目に見てわかった。

 しかし、それ以上に目を覆いたくなるのが、その町を必死に逃げる人々だった。高熱に犯されただろう人々が、まだ無事な人々に肩を貸され、また完全に抱きかかえられて、何とか前へ前へと進んでいた。


「みんな!!」


 その時、タリが悲痛な声を上げた。

 振り返ると、先程まで立っていられていた少年少女達がその場に力なく座り込んでいた。


「に、にいちゃん……あたまが、いたいよぉ……」

「からだが……うごかない……」

「ちっ! ジノ坊! ギルドに行くぞ! あそこに全員避難させてんだ!!」


 子どもは大人より熱に弱い。その子ども達の発症に焦り、サーヴァがそう叫んだ。

 サーヴァがその巨体を活かして子どもを三人一気に抱え、比較的小柄で症状の軽い少年を、タリが肩を貸して歩かせる。

 そうしてようやくたどり着いたギルド『入鹿の共笛(ドルフィンエコー)』は、普段ならば交易の中継地点として賑わっている場所だが、今は次々と運ばれる熱病人、そして魔物の攻撃にやられた負傷者で溢れかえっていた。


「ジーノ! おっさん! タリちゃんも大丈夫!?」


 するとそこからレイルが小走りで駆け寄ってきた。彼女は子ども達の容体を一目で理解し、ギルドの魔術師にすぐさま治療を手配した。


「で、状況はどうなんだ、嬢ちゃん?」

「どうもこうもないよぉ……最悪中の最悪」


 サーヴァの問いかけに、レイルはそう項垂れた。


「タリちゃん!」

「タリ!」


 その時、入口から、見覚えのある一組の男女が現れ、タリの名を呼んだ。


「パパ! ママ!」

「ちょっ!? だから動かないでくださいって!!」


 レイルは慌てて二人を押し止める。しかし二人はレイルを押しのけ、熱にふらつきながらも、無事に帰還した愛娘を抱き締めた。


「タリちゃん……アンタは無事かい?」

「うん……うん……!」

「よかった……うちの姫さんに何かあったら、どうにかなっちまいそうだったぜ……」


 涙ながらに互いを強く抱き締める一家。しかし、現状はそう喜んでいられる場合では無いことを、この場にいる全員が理解していた。


「レイル……なんとか治せないのか?」


 ジーノが切実にそう尋ねるが、レイルは首を横に振った。


「それが……ダメなんだよ。なんでかわからないけど、アタシの魔弾も、ギルドの人達の治癒魔法も通じないの。薬の類も、全然効果なくて……」

「……ん……?」


 打つ手が無いと悔し気に語るレイル。その時、サーヴァが何かに気付き、シャノアに近づいた。


「悪ぃな。ちょいと腕を見せてくれ」

「え?」


 言うが早いか、サーヴァはシャノアの左手を取り、長袖をまくった。


「え……!?」

「……ママ……?」


 露わになった腕を見て、ジーノとタリは目を疑った。

 その腕には、黒い茨の模様が刺青のようにとぐろを巻いていた。


「そうだ、これ教えなきゃって思ってたんだ。患者さんのほとんどに、こんな感じの茨が巻き付いてたんだよ。最初に運ばれてきた人ほど、その面積も広いみたいで……」

「……なるほどな。合点がいったぜ」


 レイルがそう言うと、サーヴァは全て理解したと言わんばかりに深く頷いた。


「こりゃあ、呪術だ。魔術のような即効性は無いが、解除に時間がかかる魔術……対象を内側から蝕んでぶっ壊す術だ。誰かがこの近辺に呪いをかけて、この状況を作ってやがる」

「そんな……それじゃあ、やっぱりこれは……」

「……ドゥルケンハイト軍の仕業だろうな。そして、この魔物の襲撃も、ジノ坊達の住んでたダイト同様に、誰かが仕向けたものとみて、間違いねぇだろうよ」


 弱いものを無差別に襲う卑劣な攻撃に、ジーノは両手をきつく握りしめた。


「じゃあ、どっかにいる術を使ってる奴を倒さなきゃいけないの!? ただでさえ魔物に追われて手が回りきってないのに!?」

「熱を出させる呪術だけでも解除できりゃ、迎撃の用意もできるだろうな。全員がかかりきっていねぇとはいえ、町全体に影響を与えるとなったら、よっぽどの準備が必要なはずだが……」

「……あ、あの……」


 この状況を打破する術を考えこむ三人に、それまで黙っていたタリが口を開いた。


「あ、あのねっ。町の西のがけの上に、灯台があるんだけど……そこ、メンテナンスの時以外は人行かないの。だから……」

「……なるほどな。確かに高台だって言うんなら、町全体に魔法を放つことも可能だろうな」

「なら話は早いな。すぐにその灯台に……!」


 ジーノがすぐさま対処に向かおうとしたその直後、ドサッという音がその場に響いた。


「パパッ!? ママッ!? どうしたの、しっかりして!!」


 呪いが進行したのだろう。熱が上がり、ついにまともに意識も保てなくなったルシオとシャノアがその場に倒れ伏し、タリが涙目で二人の肩を揺すっていた。


「もう、本気で時間ないよ! 早く灯台行って何とかしないと!」


 二人の容体を確認し、また、彼ら以前に発症した者の病状の進行具合を計算たレイルは、早期解決しなければ死者が出ると言外に警鐘を鳴らした。


「タリ嬢ちゃん、案内頼めるか!?」

「ふえっ!? わ、わかった!」

「……そうは、させない」


 手が空いており、また発症の気配の無いタリに助力を求めたその時、頭上から声が割り込んだ。

 空を見上げると、二メートルを超える体躯を持つ怪鳥ガルーダが羽ばたいていた。


「え……!? 今、あの魔物が!?」

「いや、違う! 背に誰か乗ってる!」


 一瞬魔物が人語を介したのかと驚いたレイルだが、ジーノはその背に跨る人影を見つけた。その声が聞こえていたのか、高度を落としたガルーダの背から、その人物はひらりと降り立った。

 緑の癖のある髪と、ヘーゼル色の瞳を持つ、どこか気だるげな雰囲気を纏った青年。身に纏うのは、魔物の毛皮を使用したのであろう、丈が長めの暗緑色のローブ。そして、その胸に光るのは、黒い龍の紋章を刻んだメダル。


「ドゥルケンハイトの紋章……! やっぱり、お前達が元凶だったんだな!!」


 ジーノが剣を構え、タリやギルドの中にいる人々を庇うように立ちはだかる。レイルとサーヴァもまた各々の武器を構えるが、青年は顔色を変えずに「エレメントの継承者、か……」と呟いた。


「……ドゥルケンハイト軍……第五師団長……《緑獣りょくじゅう》の、ルディ=グリモ……」


 青年はぼそぼそとした声で名乗りを上げる。そして、懐から木彫りの横笛を取り出した。


「任務……水のエレメントを発見と、この町の制圧……遂行する……」


 青年はその笛を口に当て、旋律を紡いだ。

 すると、その音色に導かれるように、付近で建物を壊していた魔物達が集まってきた。


魔笛まてき……!? あの笛で、魔物達を操ってたのか!」

「……そう……ぼくの、友達……。みんな、ぼくの笛の音の合図を待っていた……」


 サーヴァの言葉に頷いて、ルディは傍らに寄り添った狼をそっと撫でた。


「……エレメントは邪魔。ぼくたち……ドゥルケンハイトがこの世界を得るのに……すっごく邪魔。だから……皆で継承者を倒す……いいね?」


 ルディの言葉に応えるように、魔物達が雄叫びを上げた。そして、その爪を、牙を、くちばしを武器に、襲い掛かってきた。


「くそっ……こんな時に!」

「ジーノどいて!!」


 一体ずつ対処しようとしたジーノを押しのけ、レイルが魔石銃を取り出した。


「《煙幕魔弾スモッグ・バレット》!」


 レイルが放った弾丸は、ルディと魔物の群れの前で弾け、黒々とした煙へと変わった。視界はもちろん、魔力の煙は匂いの伝達を阻害し、獣の嗅覚をも封じ、完全に動きを止めた。


「ジーノ! タリちゃん! 今のうちに灯台に行って! こっちは何とかするから!」

「く……行かせない……!」

「それはこっちのセリフだぜ? 来たれや《ロックゴーレム》! 《アース・ウォール》!!」


 一人も逃さないと、魔物達を指揮しようとするルディ。しかしそれを察知したサーヴァが大地の精霊を呼び寄せ、その力で地面を隆起させて壁を作り、彼らを包囲した。


「ありがとう、頼むぞ!」


 ジーノはタリを抱きかかえ、その場を走り去った。タリの指示の通りに、最短距離で西の灯台へと向かう。

 突然の黒煙にパニックを起こしていたガルーダが平静を取り戻し、その羽ばたきで煙を晴らした時には、ジーノとタリの姿はどこにもなかった。


「さってと……わしらはお前さんに、魔物を全部引き下がらせてもらわねえとな」

「……うっとおしい……」


 義手を握りしめるサーヴァを一瞥し、ルディはそう吐き捨てた。


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