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幻惑ナイトタイム

 エルドの腹に、サーヴァが拳を叩き込んだ。


 その瞬間、エルドの姿が、まるで陽炎のように揺らいで、かき消えた。


「んだと!?」

「消えた!?」

「何よ……また変な魔術!?」


 エルドの姿が見えなくなったことで周囲に警戒する三人の耳に、けらけらという笑い声が響いた。


「《幻惑ナイトタイム》、発動ってね」


 その声すら部屋全体に反響し、どこから聞こえてくるのか判別できない。


「うあっ!」

「レイル!?」


 見えない攻撃がレイルを襲い、彼女は地面に叩き付けられた。


「もう、お前達は僕を見つけられない。僕を攻撃することもできないし、僕の攻撃を避けることもできない」

「うおっ!?」

「サーヴァ!」


 どこからか放たれた火球がサーヴァを捕らえた。水の精霊からの加護があるとはいえ、直撃した炎に皮膚を焼かれ、その痛みにサーヴァは膝をついた。


「安心して、いっぱいいっぱい遊んであげるから!」

「っ! ぐあっ!!」


 一瞬だけ感じた風圧から、ジーノは槍が放たれる気配を察知して剣を構えた。しかし、見えない相手からの攻撃を確実に受け止めることなど不可能。わずかにそれた槍が右脇腹を切り裂いた。


「く……せりゃっ!」


 痛みをこらえて剣を薙ぎ払うも、既にエルドはそこにおらず、ただ風切り音を奏でただけだった。


「ジノ坊、嬢ちゃん、大丈夫か?」

「な、なんとか……」

「でも、これじゃ対処できないよ」


 サーヴァの問いに、ジーノは傷口を押さえながらもそう返し、レイルもまた頭を振りながらも立ち上がった。


「あははっ! ムダムダ! もう逃げられないよ!」


 一か所に固まり攻撃に備える三人を、エルドは笑った。


「レイル、オレとサーヴァの後ろに隠れて」

「ごめん……アタシの魔弾じゃ、全方位攻撃には火力不足だよ……」


 ジーノがそう言って、サーヴァと自分の背で挟むように庇った。レイルは鈍痛と悔しさに眉を顰め、せめてもの手助けとして、回復の魔弾を二人に放った。

 小さな魔石の魔力では、ジーノの出血を止め、痛みをある程度誤魔化すしかできない。しかし、二人が各々の武器を振るうには十分な処置だった。


「しっかし、どうするよ。ここまで隠れられちまったら、手も足も出んぞ」

「何とかして、この技のからくりを見破らなくちゃ……」


 周囲の気配に最大限の警戒を払い、ジーノとサーヴァは思考を巡らせた。


「大人しく降参して、そこの龍の子渡してくれるんだったら、僕の下僕にしてあげるけどね~」

「断る! レイルは、お前達には渡さない!」

「それに、下僕になるってのも受け入れられねぇな。頭であるわしが勝手に下についちまったら、慕ってくれる野郎どもに示しがつかん」


 ぎっと前を睨みつけて剣を構えるジーノと、笑いながらも義腕を握りしめるサーヴァに、エルドは「あっそ」っと呟いた。


「い~よ。じゃあ、せいぜいオモチャになって、死んじゃえ」


 つまんないという感情を隠すことなくそう吐き捨てて、エルドは刃を向けた。


「来るぜ!」

「ああ!」


 エルドから明確な殺意を感じ、二人は身構えた。その刹那、エルドの槍から繰り出される一閃が、音もなく襲い掛かった。


「くうっ!」


 直感を交えて構えた剣は、今度は運よく槍を弾いた。しかし、それはあくまでも運が良かっただけに過ぎないのだ。


「ブラウニー! 防御を頼むぜ! 《サテライトロック》!!」


 サーヴァの頼みを承諾し、ブラウニーが周囲に石つぶてを浮かべる。それは本来の強度に加護を上乗せされ、ジーノ達の盾となる。


「あ~もう、うっとうしいな!!」


 いらだちをぶつけるエルドが、次々と刺突を放つ。おそらく、また分身を作ったのだろう。四方八方から放たれる攻撃。それらを浮遊する瓦礫に防がれ、また砕け散るそれらに攻撃の方向を教えられ、対処しきれない分は己の武器で捌く。

 しかし、なんとか攻撃を凌ぐことはできるようになったが、反撃するにまでは至らない。躱しきれない槍が、二人の肌を掠めて、少しずつ体力を奪っていく。

 加えて、部屋は消えない炎でどんどん室温を上げていく。当然酸素も奪われ、息苦しさと熱さで、息が上がっていく。


(……熱……? まさか……!)


 その瞬間、ジーノはハッと息を呑んだ。


「レイル! サーヴァ!」


 すぐさま、背後の二人に呼びかける。


「手伝ってくれ。あいつの技、破れるかもしれない!」


 いきなりの提案にレイルとサーヴァは目を見開く。しかし、迷いのないその瞳に、二人は笑って頷いた。


(ん~? なんか企んでる? ……ま、どうせ僕に勝てっこないか)


 確かに追い詰めたはずの三人が浮かべる表情に、エルドは疑念を抱く。しかし、並の大人を凌ぐ魔力で、自分に圧倒的有利なフィールドを作り上げた……赫炎の師団長必勝の布陣を作り上げたエルドは、それも取るに足らない浅知恵だと一笑した。


(でも、これ以上長引かせるのも得策じゃないね。僕も飽きてきたし……もう終わらせちゃおっと!)


 笑みを浮かべ、しかしどこか寂し気な光を赤い瞳に灯し、エルドは自分の作った分身たちと目くばせする。

 その数は三人。先程よりも多くの分体と魔力を干渉させ合った攻撃を受けて、立っていられる者などいるわけがない。そして、自分の魔力を込めた炎が生み出す幻影で惑わされた彼らに、回避できる可能性など、万にひとつも無いのだから。


「これで終わりだよ! 《幽玄ゆうげんブルームーン》!!」


 四人のエルドが高く掲げた槍の穂先に、魔力の光が灯った。それはまっすぐと天井へと放たれ、灼熱の地を照らす幻影の月となる。そして、敵を殲滅する破滅の光として降り注ぐのだ。


「じゃあね! エレメントに選ばれたかわいそうなニセモノ勇者さん!!」


 勝利を確信したエルドは、その凶槍を、振り下ろした。


「……サーヴァ!!」

「おうよ!」


 その直前、ジーノの声が室内の熱気を震わせた。


「最大水量で頼むぜ、スプライト!《ツイストスプラッシュ》!!」


 サーヴァがその義腕にスプライトの力を限界まで宿した。突き上げた拳から、精霊の力を宿した奔流が、天井へと迸った。


「またそれ? 今度は火力がちが……」

「《反射魔弾・炸裂リフレクト・エクスプロード》!!」


 すかさずレイルがその水流に魔弾を放った。魔力を反射させる弾丸が砕けて拡散した。そして、それに当たった精霊の水流もまた方々に枝分かれして降り注いだ。


「魔術反射!?」

「そっ! 魔法の威力を上げて跳ね返す、特別性だよ!」


 複数の支流に分かれながらも、勢いを殺さない水流が、エルドの炎を消し去っていく。魔力で生み出された炎は、それを上回る魔力でなら……魔力の権化である精霊の力でなら、完全に消火することができた。威力を底上げした状態で反射させたのなら、なおのことだ。


「そんな……これじゃあ僕の炎が、僕の幻影が!!」


 エルドの声が、初めて焦りと驚愕に歪められた。

次々と消し去られていく炎の中から、エルドの姿が浮かび上がった。水流に押されて膝をつき、ずぶぬれになりながらもサーヴァとレイルを睨むが、周囲の分身達は水にかき消されてしまった。


「アンタの術の正体は蜃気楼……その炎で熱を操って、光を屈折させて見せる幻! だから炎さえ消しちゃえばこっちのものってことでしょ!」

「そっちの分身どもは魔力の結晶だからそうはいかんが……こうして強い魔力をぶつけてやりゃあ、耐えきれずに消えちまうってこった」

「くぅ……!」


 二人の看破は正確だったようで、エルドは苦々しく唇を噛み締め……そして、目を見開いた。

 自分の眼前には、二人しかいない。

 あの、馬鹿みたいにお人好しな剣士が、どこにもいなかった。


「えっ!?」

「ついでに教えてあげる。水ってのはね……」

「電気を、よく通すんだ!!」


 凛とした青年の声が響いたのは、エルドの頭上からだった。

 ハッとエルドが見上げた先には、自分の剣にバチバチと音を立てる稲妻を纏わせて跳躍したジーノの姿があった。


「まさか……水流で跳んで……!?」

「《グランドスフィア》! ジノ坊、こっちは構うな! ぶっかませ!!」


 サーヴァが地面に義腕を打ち付けると、彼と傍らのレイルを覆うように地面が隆起しドームを作った。堅牢な岩に守られたのならば、漏電に巻き込まれる心配はないだろう。


(意識を、集中させろ……)


 目を閉じて、ジーノは己の内側に意識を向けた。

 あの騎士に教えてもらった通り、己の魔力の流れを感じ取る。


(ただぶつけるんじゃない……感じて……想いをこめて……自分とひとつにして……放つ!!)


 カッと目を開けたその瞬間、ジーノの纏う雷がその輝きを増した。


「《電雷烈閃でんらいれっせん》!!」


 振り下ろされた刃から放たれた荒れ狂う稲妻が、エルドを絡めとる。仲間の技によって電気抵抗を少なくされたエルドの身体を、鮮烈な衝撃が貫いた。


「あああああアアアアッッ!!」


 ガクガクと筋肉が痙攣し、全身が麻痺する。まともに立っていられるはずもなく、エルドはその場に倒れ伏した。


「ふぅ、ようやく大人しくなってくれたか」


 岩の防壁を崩しながら、「とんでもねぇやんちゃ坊主だったな」とサーヴァが零した。


「少し、やりすぎたかな……」

「こんぐらいなら大丈夫でしょ。てか、変に手加減して気絶させ損ねる方が問題でしょ」


 不安そうなジーノの背をバシッと叩き、レイルがそう言った。確かにエルドは気を失っただけだったが、衝撃が強すぎたようで、ピクリとも動かない。いくら敵とはいえ、年下相手にここまでしてしまったことに少し申し訳なさを感じ、ジーノは苦い顔をした。


「で、どうするの? この子ほっとくの、やっぱ危険じゃない?」

「そうだな。それに、さすがにこんな傷で遺跡の奥に置いたままにしておくなんてできないよ」

「しかたねぇな。とりあえず外まで連れ出すとすっか」


 ひとまず体勢を立て直そうと、サーヴァが気絶したエルドを担ぎ上げる。そして、遺跡の外へと歩き出した。


 ドガァンッッ!


「うわっ!?」

「な、何!? 地震!?」


 突然の轟音と、激しい揺れに、ジーノトレイルが思わず声を上げた。


「いや……こいつはどっちかっつうと、何かが爆発したような……!」


 サーヴァがそう言った次の瞬間、石造りの壁が決壊し、鉄砲水が流れ込んだ。


「水!?」

「傍にあった川か……くそっ、あの坊主、ここまで考えとったとはな!」

「感心してる場合じゃないって!!」


 ドォン! と一際大きな音が響き、地下空間の壁が完全に破壊された。川の水と地下水脈がなだれ込み、四人を飲みこんだ。


「レイルーッ!! サーヴァーッ!!」


 ジーノは必死に叫んで腕を伸ばすが、それごと、濁流に飲み込まれ、意識を失った。


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