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赫炎(かくえん)のエルド

 女性に指し示された方角へ進むと、ほどなくして件の遺跡に辿り着いた。

 川のほとりに佇む、蔦や苔に覆われ朽ちた神殿。あちらこちらで、壁や支柱として使われていたであろう白亜の石材は風化し砕け、無造作に転がっていた。


「ここも、光闇戦争時代の遺跡なのかな?」

「だろうな。ま、だからと言って全部がエレメントに関係してるっつうわけじゃあないと思うがな」

「でも……すごく静かだな……」


 ジーノの言葉の通り、軍の拠点というには、あまりに人気が無かった。人がいた痕跡と言えば、せいぜい外に残っていたたき火の跡ぐらいだ。


「やっぱり、なんかの罠じゃない? なんでわざわざこんな場所に、村の人達連れていくのさ」

「でも……もしかしたら魔術か何かで隠しているのかもしれないだろ? もう少しだけ、せめてあの神殿の中は調べてみよう」


 怪しむレイルに、ジーノはそれを含めて調査を促した。そして、緑と半ば同化している神殿の内部に足を踏み入れた。

 冷え冷えとした空気を内包した石造りの室内は、地下へと続く階段ひとつしかなかった。魔石に光を灯し、それを頼りに、土と苔の湿った香りを纏う階下へと進んで行く。


 辿り着いたのは、おそらく祭事に使用するであろう空間だった。崩れかけの祭壇と、文字だっただろう紋様の刻まれた、風化しかけている壁。そして用途の判別すら不可能なほどに壊れた祭具の数々が散らばっていた。


「ちょっと……本気で何もないじゃん!!」


 ついに痺れを切らし、レイルは大声で叫んだ。


「何もない! 誰もいない! というか、大勢の人を閉じ込めるだけの場所もない! かんっぜんにあの女の人に嘘つかれてるじゃん!!」

「嬢ちゃん、気持ちはわかるが落ち着きな」


 いらだちをぶつけるレイルを、サーヴァが宥める。しかし、レイルは不機嫌を一切隠さずに、頬を膨らませてジーノを睨みつけていた。


「レイル? あの女の人に会ってからおかしいぞ? 何がそんなに気に入らないんだよ?」


 ジーノがそう問いかけると、レイルはあからさまに言葉を詰まらせた。


「それは……わからないけど……」

「わからないって……」

「ほんとにわからないんだよ! うまく説明できないけど……あの女の人も、村の人も……というか、村自体がおかしい感じがしたんだよ」


 戸惑いながらも、レイルはそう口にした。


「ていうか! ジーノがほいほい安請け合いしすぎなの!! ただでさえアタシらあいつらに目付けられてるのに、これ以上ケンカ売るようなことしないでよ!!」

「で、でも、あの人あんなに怯えて、それでも必死にオレ達に情報教えてくれたんだぞ!? あの人のためにも、オレ達がドゥルケンハイト軍を倒して……」


「囚われた人達を助けるヒーローになるつもりだった? あははっ! 残念だったね!」


 指を突きつけて糾弾するレイルに、ジーノはそう反論する。しかし言葉を遮って、少年の笑いが木霊した。

 ひび割れた壁のすぐ傍にひとつ、またひとつと、赤い火の玉がボッという音を立てて生まれては、その場を浮遊する。暗がりに沈んでいた場所が、紅く照らされる。

 かろうじて形を保っている祭壇の上。そこに一人の少年が座っていた。

 年はジーノやレイルより二、三歳ほど下だろう。シックな赤をベースに、裾を金で縁取った、やたらと仕立ての良い服を着た少年。切りそろえられた紺色の髪の両サイドからは、鋭くとがった耳がひょこりとはみ出していた。額には、燃え盛る炎のように真っ赤なサークレットが巻かれていて、瞳も同じく深紅だった。


「おいおい、ここはガキの遊び場じゃねぇぞ?」

「うっさいなおじさん。大人しく罠にはまっててよ!」


 冗談交じりなサーヴァの言葉に、少年が吠えた。


「罠……? だって、ここにはあの村の人達が……」

「だ~か~ら~! それが罠だったってことだよ!! あーもう、だから言ったじゃん!!」


 いぶかしむジーノに、レイルの叱責が飛ぶ。彼女は右手に鎖を、左手に銃を構え、既に臨戦態勢だ。


「ぴんぽーん、大・正・解! お前達が助けようとしていた村なんて、はじめっから存在しないんだよ~」


 少年が笑いながら右手をかざす。するとキラキラとした光が掌から溢れ出した。

 球体になったそれから翼が、足が生え、胴と頭部が形作られていく。ものの十秒も経たずして、光は真っ赤な小鳥となって少年の頭上を飛び回った。


「僕は魔力で人や動物を生み出すことができるんだ。まあ自我のない人形同然なんだけど、演出に使うにはもってこいの技だと思わない?」


 無邪気に笑って首を傾げる少年。だがその瞳はどこか酷薄な光を宿していた。


「ちょっと『助けて~』って演技させただけでころっと信じちゃって……まったく、エレメントの継承者がこんなに単純でいいのかな~?」

「エレメント……まさか、君はドゥルケンハイトの……!?」


 ジーノが目を見開きそう問うと、少年はすくりと祭壇の上に立ち上がり、恭しくお辞儀をしてみせた。


「僕はドゥルケンハイト軍第七師団長、幽玄の焔を操る《赫炎かくえん》のエルド。よろしくね? 勇者気取りのおバカさん達」


 そう名乗ると、少年……エルドは自分の首に巻かれたスカーフに手を伸ばした。そこから取り出した何かが、少年の手の中でどんどん大きくなっていく。

 それは、紅の装飾が施された長槍だった。エルドがそれを握ると、紅蓮の炎が蛇のように槍に纏わりついていく。


「まあどうせ、みんな僕の炎に焼かれて死んじゃうんだけどね!!」


 エルドはそう叫び、その槍を振り抜いた。

 火の粉が飛び散ったかと思った次の瞬間、それらが三羽の深紅の鳥となり、ジーノ達に向けて飛来してくる。


「任せて! 《水撃魔弾・三連弾アクア・トライバースト》!」


 レイルがすぐさま照準を鳥に合わせ、引き金を引いた。青い、水の力を宿した魔石が三発、炎の鳥を的確に貫き、水煙を上げた。


「よしっ!」


 目標を捉え、レイルがガッツポーズをする。しかし……


「……そんな水鉄砲で、僕の炎が消せるわけないじゃん」


 水蒸気の白い靄が晴れたそこには、一切スピードを落とさずに飛翔する火の鳥達の姿があった。


「レイルッ!」


 回避の間に合わないレイルを、ジーノが抱きしめるようにして庇う。

 火の鳥たちはジーノとレイルの頭上を通過し、その内の一羽が、彼らが下りてきた階段付近に着地した。そのまま燃え盛る炎に変わり、退路を塞いだ。

 そして、残る二羽は空中を旋回し、再び三人に襲い掛かってきた。


「嬢ちゃんじゃ水圧不足か……来たれや水霊! 《スプライト》!」


 サーヴァの呼びかけに応え、精霊が姿を現す。水色の流体で構築された、長い髪の女性の精霊・スプライト。その加護を受け、義腕が青い光を纏った。


「おらよっ!」


 義腕を大きく振りかぶり、火の鳥めがけて突き出した。スプライトの加護が生み出した水流が火の鳥を飲みこみ壁に叩き付けた。さすがに耐えきれず、火の鳥もがき苦しむように二、三度羽ばたき、そのまま消えていった。


「へえ、やるじゃん。じゃあ、僕が直々に相手してあげるよ!」


 余裕を湛えた笑みを崩さず、エルドが祭壇を蹴って高く跳んだ。そのまま槍を構え、ジーノ達を急襲する。


「墜ちろ! 悠久を彷徨う箒星!《メテオヴァーミリオン》!!」


 エルドの言霊が周囲のマナを震わせる。凝固したマナが、燃え盛る隕石のような形状に変わり、ジーノ達に降り注ぐ。

 先ほどのような疑似生命体ではないため、着弾点の予測は簡単だった。しかしその分威力は跳ね上がっていて、落下の衝撃だけでもジーノ達を大きく揺さぶった。

 それはエルドも同じはずだ。しかし、少年は軽やかに着地し、その槍を振り抜いた。


「はぁっ!」

「させるかっ!」


 もつれる足に力を込め、ジーノがすぐさま剣を振るった。ガキィンッッ! というけたたましい金属音を響かせ、二人の刃がぶつかり合った。


「く……」


 自分よりも頭ひとつ小さい体躯から放たれた一撃、その重さに、ジーノは思わず顔をしかめた。

 或いは、魔力によってその威力を底上げしているのだろうか。それほどまでに、この少年は己の魔力を自在に操れる力量を兼ね備えている。ドゥルケンハイト師団長の名は伊達では無いという事か。


「やるじゃん、大の大人でも、カッコ悪くすっ転んじゃう僕の槍を受け止めるなんてね」


 にやりと笑ったエルドが、ジーノの剣を跳ねのけた。

 頭上に掲げた槍を、鼓笛隊のフラッグのようにぐるぐると回した。彼の中の魔力が槍へと注ぎこまれ、烈火の焔に変わった。


「僕と踊ろうよ!《紅蓮ローケプフェン》!」


 ひとつ大きく薙いだ槍から、紅蓮の炎が迸った。

 その炎が、狭い遺跡を支配した。その場にいるだけで汗が滲み、身に纏わりつく不快な熱。「とんでもねえな……」と、サーヴァが焦りを交えて呟いた。


「さあ、せいぜい僕を楽しませてよね!!」


 この場を完全に自分の為の独壇場に変えたエルドが、そう笑った。槍を構え、地面を蹴って突撃する。


「だから、攻撃は通さない!」

「加勢するぜ! 来たれや土小人! 《ブラウニー》!」


 再び受け止めようとするジーノに、サーヴァが召喚術を発動させる。地の眷属である小人がジーノの剣に触れ、あらゆる衝撃を緩和させる加護を与えた。


「ありがとうサーヴァ! 《剛爪斬ごうそうざん》!」


 衝撃が軽減されるというのは、自分の攻撃により発生する反動も同じだ。全身の筋肉と自分の体重を総動員し、ジーノは大きく剣を振り下ろした。

 けたたましい音を立てて、ジーノはその刺突を防ぎ切った。


「はあああっっ!」


 切り返し、ジーノの剣閃が躍る。それを槍のリーチを生かして捌きながら放たれるエルドの刺突。ジーノの負けじと、それを躱していく。


「アタシら忘れてもらっちゃ困るよ!」


 ジーノの攻撃の妨げない一瞬を見切り、レイルが銃口をエルドに向けた。狙いすました弾丸が、エルドに向けて放たれる。


「《爆裂魔弾ブラスト・バレット》……!」



「……忘れてるわけがないじゃん」


「レイ嬢ちゃん!!」


 エルドが嘲笑うようにそう言った瞬間、サーヴァの叫びが木霊した。

 その巨躯に押しのけられ、射線がずれた弾丸は虚空を通過した。そして、サーヴァの機械の義腕が、『それ』を受け止めた。


「なっ!?」

「なんで……!?」


 ジーノとレイル、二人の驚愕の声が向けられたの先には……エルドがいた。


 しかし、ジーノとつばぜり合っているエルドが移動したわけではない。その彼とは別のエルドが、サーヴァの義腕に槍を突きつけていた。

 固い装甲を貫けなかった『エルド』がすぐさま飛び退き距離を置く。そうして初めて、三人は『エルド』の瞳に光が無いことに気が付いた。まるで、よくできな人形だ。


「《空嘘(からうそ)カーディナー》……僕にしかできない、僕自身を作り出す技。さすがに三対一なんてきつすぎるもん」


 悪戯に成功したようにおどけた顔で、エルドはジーノの剣を弾いた。ジーノもそれを利用して、レイルとサーヴァの元まで距離を取った。


「チームワークなら負けないよ? だって、こっちは僕自身だもん」


 傍らに侍ったもう一人の己にそう笑いかけ、槍を構え直した。


「《紅嵐こうらんヒスクリフ》!」


 二人のエルドが振り抜いた槍が、魔力の渦を生み出した。

 それはさながら、燃え盛る真紅の薔薇。皮膚を焼く花吹雪が、三人に襲い掛かる。


「頼むぜ、スプライト!」


 サーヴァの声に、スプライトの加護が三人を包む。熱を和らげる水のベールが、荒れ狂う花弁を防いだ。

 しかしその花弁は、確実に隙を生み出した。二人のエルドが一気に間合いを詰め、槍を振り抜き、仲間を庇うように前に出たジーノの横腹に叩き付けた。


「あぐっ!?」


 刃で抉らなかったのは、エルドなりの良心なのか、はたまた一撃で終わらせたくない加虐心からなのか。しかし二人分の衝撃を受けた身体は吹き飛ばされる。

 ジーノが飛ばされた先には、壁のすぐ傍で燃え盛る炎。


「まずい、炎が!」

「《障壁魔弾ガード・バレット》!」


 レイルが放った魔弾が、ジーノの行く先で弾け、巨大な障壁を作った。あらゆる武器を弾く魔力の壁を見て、ジーノは痛む身体をひねって体勢を整えた。


「余計なことしないでよ!」

「きゃあっ!」


 射撃の反動で動けなかったレイルを、エルドの槍の柄が打ち付ける。ジーノの二の舞にならぬようサーヴァが抱きとめるが、『エルド』の追撃の刺突が、サーヴァの義腕を捕らえた。狙いすまされた一突きが、装甲の薄い関節部分に突き刺さり、その動きを阻害する。


「……間に合え……!」


 レイルの生み出した障壁を着地と共に思い切り蹴り、ジーノは『エルド』に突進した。


「《瞬雷刃しゅんらいじん》!」


 両手で握り直した剣に、雷の力を込める。そして、勢いのままに『エルド』を貫いた。


「…………」


 主の意志で動くだけの魔力人形は、顔色ひとつ変えずにその刃を受け入れ、ただの魔力に戻って霧散した。


「よしっ!」

「さぁて、覚悟してもらうぜ、本物の坊主!」


 槍も消え、共闘相手を失ったエルドの腹に、サーヴァが拳を叩き込んだ。


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