海を目指して
「いいか? わしらがまずやらなきゃいけねえことは、残りのエレメントを集めることだ」
朝食を終え、ジーノとレイルは、サーヴァが広げた地図を覗き込んだ。
「確か、エレメントに選ばれた継承者は、全部で七人、だよな?」
「正確には、巫女姫様と六人の戦士、だけどね。そのあたりはおとぎ話の絵本にも出てるし」
ジーノとレイルの言葉に、サーヴァが頷いた。
「エレメントはジノ坊が持っとる雷、わしの持っとる地、他の遺跡に安置されとる炎、水、風、氷。そして所在が不明とされる光の七つだな。そして、その遺跡の場所も大体わかっとる」
「へえ、おっさん詳しいんだね」
すらすらと情報を口にするサーヴァに、レイルが感嘆の声を漏らす。サーヴァは「まあな」とだけ応じて、説明の続きに入った。
「で、だ。問題はその場所だ。今わしらがいるのはセダル王国。このリヒトの北半分を占める大陸だ」
そう言って、サーヴァは地図を指差す。
リヒトには三つの大陸が存在する。自分達の住む、セダル王国の治める北大陸。熱砂漠と雪山という、相反する地理を有するサウスドレア王国と、魔術を付与した魔道具の生産が盛んなグローリア皇国の二国で分割された南大陸。そして、精霊の使徒と呼ばれるシェロン族の住まうフォルモント光聖国だ。
「この北大陸に残っとるのは、ここから南に行った先にある港町サタマリン近郊にある、水のエレメント。それ以外の三つは、サウスドレアの方にあるとみて間違いねえよ」
「つまり、サタマリンでエレメントを見つけたら、そこから船で南大陸に渡らなきゃいけないのか」
顎に手を当てて考えこむジーノに、「ちょっと待って!」とレイルが声をかけた。
「でも、一年前から大陸間の移動、できなくなったんじゃなかった? なんでも妙な霧が出てて、船を進めても元の場所に戻ってきちゃうとか。父さんもそのせいで、サウスドレアに調査に行ったきり、帰ってこれないみたいだし」
「おう。わしも人づてだから詳しく知らんが、完全に各大陸は分断されちまってる。普通の方法じゃあ辿りつけん。……普通なら、な」
そう強調したサーヴァの言葉に、ジーノはあっと声を上げた。
「そうか、エレメントを使えば……! 水の精霊の力が宿るエレメントがあれば、海を渡ることもできるかもしれない!」
「じゃあ、次の目的地は決まりだね! 目指すはサタマリン! そして水のエレメント!」
「おう! んじゃ、さっさと行くとするかね」
次の目的がはっきりとしたところで、三人は荷物をまとめてこの場を経とうとした。
その時だった。
「ねえ……あれ、何?」
レイルが南の空を見て、指を差した。
その先には、青い空を切り裂く、黒々とした煙が上がっていた。
「ありゃあ、もしかして火事か?」
「行ってみよう! 誰かが巻き込まれてるかもしれない!」
「ちょ、ちょっと待ってよジーノ!!」
すぐさま煙の方向に走るジーノに、レイルとサーヴァを慌てて後に続いた。
森を抜け、草むらを南方へとひた走る。先へ進むにつれ、焦げくさい、嫌な匂いが漂ってきた。
「こ……これは……!」
煙の発生源に辿りつき、ジーノ達はその場に立ち尽くした。
そこには、小さな村があった。
……いや、村『だったもの』があった。
石造りの建物は、見るも無残なまでに砕かれ、あちこちで炎が踊り、ぶすぶすと黒煙をまき散らす。それらに混ざって乾いた血が飛び散っており、瓦礫に埋もれる人影は、絶命していることがはっきりと理解できるほど、ピクリとも動かない。
「ひでぇな……夜盗の仕業にしちゃ、徹底し過ぎてるぜ」
凄惨なる様子に言葉を失うジーノとレイルに、サーヴァが顔をしかめてそう言った。
「じゃ、じゃあ……魔物?」
「その線も薄いだろうな。もし魔物だったら……言い方は悪ぃが、死体はもっと食い散らかされてるはずだ」
「だ、だれか……」
この惨状を生み出した元凶がまだいるのではないか……周囲に警戒しつつ、その正体を推測する三人の耳に、悲痛な声が聞こえてきた。瓦礫が音を立て、その奥から、ふらつきながら女性が歩いてきた。
燃ゆるような赤髪をふたつの三つ編みに結わえた、二十代後半と思われる女性。しかしその髪は乱れ、ワンピースは裾がほつれ土埃に塗れ、そして手足には痛々しい火傷があった。
「ど、どうしたんですか!?」
慌ててジーノが女性に駆け寄ると、女性は人がいたことに安堵したのか、その場にへなへなと崩れ落ちてしまった。
「ああ……よかった……お願いです、助けてください……!」
女性はジーノに凭れ掛かるように縋り付き、涙ながらに助けを求めた。
「ちょっと待ってて! 応急処置にしかなんないけど、治癒魔法使うから!」
そう言うとレイルは魔石銃を取り出した。銃口を女性の頭上に向け、引き金を引いた。
「《治癒魔弾》!」
レイルの言葉に呼応して、発射された青緑色の魔石が爆ぜた。そこから降り注ぐ、きらきらと煌めく魔力の光が、女性の自然治癒力を活性化させ、火傷の痛みを和らげていく。
「あ……ありがとうございます……おかげで、だいぶ楽になりました……」
「まあ、アタシの術じゃあ、ホントに気休めにしかなんないけどね」
「で? 一体何があったってんだ?」
レイルに頭を下げて礼を述べた女性にサーヴァが問いかける。すると女性は顔を青ざめさせ、再び「助けてください!」と叫ぶように懇願した。
「昨日突然、黒い龍の紋章を掲げた集団に襲われて……私は瓦礫の隙間に隠れて、何とか逃げ延びたのですが、他の皆は囚われ、或いは……!」
そこまで口にすると、その時の恐怖を思い出したのか、女性は身体を震わせた。
「黒い龍の紋章……それが、ドゥルケンハイト軍のシンボルマークなのか」
「たぶんそうだね。テオドアとセーブルってやつら、おんなじマークのメダルみたいなのくっつけてたし」
「やつら……こんなとこまで攻め込んでやがったか……」
女性の言葉から、相手がドゥルケンハイト軍であることを悟り、三人は苦い顔をした。
「お願いします……! 私の息子が……生まれたばかりの息子が捕まってしまって……! あの子に何かあったら私は……私はぁ……!!」
そう言って、女性はその場に泣き崩れた。顔を両手で覆い、ひたすらに涙を流す女性の背を、ジーノがそっと撫でた。
「……わかりました。あなたの息子さんがどこに連れていかれたか、わかりますか?」
「ちょ、ジーノ!?」
ジーノが女性にそう問いかけると、レイルが驚きの声を上げた。
「どうしたんだ、レイル? 助けに行くに決まってるだろ?」
「いや、そりゃほっとけないのはわかるんだけど……アンタ、ホントにお人よしだよね……」
女性の願いを聞き、村の住人を助けに行こうとするジーノに、レイルは頭を抱えた。
「いくらなんでも村ひとつ攻め滅ぼしちゃう軍勢相手じゃ分が悪いって! 師団長一人とか、魔物だけとかじゃないだろうし……」
「でも、このまま放っておいたら、コパやダイトまで襲われるかもしれない。セーブルは引き下がってくれたけど、他の師団がそうかはわからないだろ?」
リスクの大きさを説くレイルに、ジーノは一歩も引き下がらなかった。
あの白銀の髪の少女に願われた。何より、自分自身が己に誓った。これ以上、ドゥルケンハイト軍による理不尽な侵略で涙を流す人間を、一人でも減らすのだと。この戦いを止めるのだと。
「まあ、分が良いとは言えんが、わしも敵は潰すに限ると思うぜ? サタマリンに急ぐあまり、後ろから不意打ちなんて、笑えねえからな」
「おっさんまで……まあ、確かにそうなんだけどさ……」
「……どうしたんだ、レイル? 何か気になることがあるのか?」
サーヴァの言葉にも難色を示すレイルに、さすがにおかしいとジーノは問いかけた。しかし、レイルは眉間にしわを寄せて、ただ首を横に振った。
「……いいよ。アタシも行く。このまま見捨てるのも寝覚め悪いし」
「ああ……ありがとうございます……! やつらはこの先の古い遺跡に拠点を作っているようなのです。どうか……どうか息子を……この村のみんなを……!」
「わかりました。オレ達に任せてください」
涙ぐむ女性を安心させるようにジーノが言った。そして彼女の指差した方角に向けて歩き出した。
(……なんでだろう……嫌な予感がする……この村、あの女の人……どうしてこんなにひっかかるんだろう……?)
自分でも説明がつかない違和感を抱きつつ、レイルは先を行くジーノとサーヴァを追いかけた。




