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騎士の鍛錬

 レイルとの再会、そしてサーヴァという仲間と新たな目的を得て、ジーノは再び旅路につく。

 サーヴァは、口ではああ言ったものの、やはり負傷した仲間達とボロボロのアジトを気にしていたようだ。しかし彼によく似た豪快で逞しい人材が揃っている。頭が不在でも、必ず立ち直るだろう。


 旅支度を整え、コパの町を出て三日。朝靄が煙る小さな森の中に、ジーノが剣を振る風切り音が響いていた。

 出発予定時間はまだ先だ。現に、レイルはまだ野営地点で眠っていた。腕の整備をしていたサーヴァに見張りを頼み、ジーノは一人、剣の稽古のためにその場を離れた。


「……もっと、強くならなきゃ……」


 滲む汗を手の甲で拭いながら、ジーノはそう呟いた。


 テオドアは、攻撃こそ単調で直線的だったが、裏をかくことを許さないほどのパワーを有していた。しかも、アジトを壊して生き埋めにならないように力を抑えていながらも、だ。

 それに、途中で割って入ったセーブルと呼ばれた青年。テオドアと同じ師団長を名乗った彼も、戦闘スタイルは違えども、確実にテオドアと同等の実力者だろう。ほんの数分だが、それをはっきりと感じた。

 そして、テオドアが第三、セーブルが第六師団を率いているというのなら、少なくともあと四人……おそらくハウトも師団長の一人と考えるとあと三人、彼らと同等以上の力を持つ師団長がいるはずだ。こちらもエレメントの継承者を見つけ、仲間を増やしたとしても、果たして勝てるだろうか?

 ……この世界を……レイルを、守れるだろうか……?


「……だめだ。今からこんな弱気になってちゃ……!」


 ぶんぶんと首を横に振り、ネガティブな方向へ進む思考を振り払った。

 守らなければいけないのだ。自分達にしかできないのだから。そのためには、もっと剣の腕を磨かなければ。


「……こんなに早くから、随分と熱心なんだな」


 もう一度剣を振るおうとしたその時、ジーノにそう語りかける声があった。

 ハッとしてそちらを見ると、甲冑を身に纏った男が立っていた。

 白銀に輝くその鎧は、しかしよく見ると無数の傷がついていて、彼が歴戦を潜り抜けてきたのだと示していた。フルフェイスの兜のせいで顔は見えないが、堂々とした佇まいには気品と逞しさがあるが、威圧感や恐怖は不思議と感じられなかった。

 一体、いつからここにいたのだろうか。こんな重装備では、少し身じろぐだけでも、鎧の金属がぶつかり合う音がするはずなのに。


「……すまない。驚かすつもりはなかったんだ」


 口を開けて立ち尽くすジーノに、鎧の男は苦笑交じりにそう詫びた。


「私はあちこちを旅しているんだ。この森を散策していたら君の姿が目に入ってね。なかなかにいい太刀筋をしていたから、思わずを声をかけてしまったんだ」

「あ、ありがとうございます! でも……もっと強くならないと……」


 剣の腕を褒められ、ジーノはお礼を言うものの、その表情は曇ったままだった。


「ふむ……」


 そんなジーノをしばらく見つめ、男は徐に腰に差した剣を抜いた。


「……確かに、君の剣はもっと鋭くなるだろう。……どうかな、私と一勝負してみないか?」

「えっ?」

「何、昔指南役をしていた頃の癖が抜けなくてね。成長の見込みがある子がいると、どうにも鍛え上げたくて仕方がなくなってしまうんだ」


 突然の申し出に目を見開くジーノの耳に、そう言って笑う男の声が聞こえた。


「……いえ。こちらこそ、よろしくお願いします!!」


 ジーノは男に一礼し、剣を構えた。








 キンッ、ガキンッ! と、剣と剣がぶつかり合う。剣をぶつけ合い、つばぜり合う。互いを弾くようにして距離を取り、一呼吸の後、再び切りかかるジーノを、男の剣が受け止める。

 素性も、顔すら知らない相手。唯一確かなのは、とてつもなく剣の腕が立つということだ。ジーノがエレメントの力を解放し、雷撃を纏わせた斬りを放っても、男は難なくそれを受け止め、いなしてしまう。


「っ、はぁ……はぁ……」

「……まだまだ粗削りだが、なかなかに良い太刀筋だ」


 荒い息を吐くジーノを、男がそう称賛した。


「まっすぐで良い剣だ。誰に習ったんだい?」

「……基本は、父に。でも、最近はほとんど独学です」

「そうか……技術を磨きながらも、まっすぐさを失わないというのは、人が思う以上に難しいことだ。それを貫き通していることは、誇っていいことだ」


 兜の向こう側で、男が優しく微笑んでいるのが分かった。初対面だというのに、ジーノはこの男に不思議な安心感を覚えていた。まっすぐな剣を褒められ、ジーノの胸を嬉しさと少しの照れくささが温める。


「……ところで、君は《魔技まぎ》と呼ばれるものを知っているかい?」

「魔技……?」


 男に問いかけられた言葉を繰り返し、ジーノは首を傾げた。


「魔技とは、魔術と武術を組み合わせたものだ。己の武器に魔力を乗せ、魔術のごとく発生させた火や風を纏わせ敵を討つ……魔術より遥かに素早く発動させられる技だ」

「魔力を纏わせた技……それならオレも……!」

「いや。今の君の技は、単に魔力を乗せただけに過ぎない。魔技を会得すれば、君に宿る雷の力を数倍にも引き上げることができる」


 男はゆっくりと首を振ると、「見ていなさい」と剣を構え直した。


「ただがむしゃらに魔力を解放するだけでは駄目だ。魔力が強すぎれば魔術に、弱すぎれば武術に振り回されてしまう。この身を巡る魔力を感じ、その呼吸を合わせることが、何よりも大事なことだ」


 男は静かな声音で説明しながら、意識を剣に集中させていく。

 ざわ……と木々がざわめいた。森に満ちるマナが、男の魔力に呼応しているのを、ジーノは肌で感じた。


「……《電泡扇でんほうせん》!」


 そして、男が始動の言葉と共に剣を振り抜いた。

 ジーノと同じ、広範囲に雷を放つ剣術。しかし、その威力は、人間を一時的に麻痺させる程度のジーノのものとは、まるで別物だった。

 五筋の稲妻が空を裂き、その先の木々に直撃した。閃光がそれぞれ、直径一メートルほどの太さがある木をへし折り、その断面を黒く焼け焦がした。


「ふう……少し、力を入れ過ぎてしまったかな?」

「す、すごい……」


 軽く息を吐き、やりすぎたと苦笑する男に、ジーノは感嘆の声を漏らした。


「なに、コツさえ掴めば簡単さ。己の魔力を制御できれば、威力も思いのままだ。君なら、すぐにものにできるだろう」

「ジーノ~? ジーノどこいるのさ~」


 男がジーノに微笑んでそう言うと、レイルが名を呼ぶ声が近づいてきた。


「おや、随分と長居をしてしまったようだね」


 ジーノが声のした方を見つめていると、背後から男がそう言うのが聞こえた。


「……大丈夫。君には、支えてくれる者がいる。それを忘れなければ、君は、どこまでも強くなれる。……私と違って、ね」

「え? 今、なんて……」


 最後に小さく呟かれた言葉。聞き取れなかったそれを聞き返そうと、ジーノは振り返った。


 ……しかし、その場所には、誰もいなかった。

 焼け焦げた木々以外と、互いの靴底で擦りきられた地面の草以外に、あの男のいた形跡は残っておらず、ただ、静かな風だけが吹いていた。


「ジーノ、こんなとこにいたの?」


 ジーノが呆然としていると、がさがさと音を立ててレイルが現れた。


「って、どうしたの? ぼーっとしちゃって」

「あ、いや。何でもないんだ」


 ジーノがそう首を横に振ると、レイルは「ふーん」と首を傾げた。


「ま、いいや。そろそろ朝ごはんしよ? アタシおなかぺこぺこだよ~」

「そうだな。オレも、稽古してたから、おなか空いたよ」


 そんな会話を交わし、二人はサーヴァが待つ野営地点へと足を向けた。


「……魔技、か……」


 あの鎧の男の言葉を反芻するように呟き、ジーノは剣の柄を握った。



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