豪斧(ごうふ)のヴィンツェンツィオ
「ふい~っ、ようやく見つけたぜ……!」
もくもくと立ち上る土煙の先に、一人の青年が立っていた。
無造作に束ねられた髪は、色と跳ね具合から燃え盛る火炎を連想させる。その瞳はジーノより赤みの強い、ファイアオパール。黒い龍のマークが刻まれた大きなメダルが、四方に伸びる鎖で胸元に固定されている。
そして彼の手元には、自分の身の丈ほどの大きさがある戦斧が握られていた。
「ったく……今日はよくアジトが壊れんな……修繕するより、新しい場所を探した方が早いかもしれねぇな」
冗談交じりに、サーヴァがそう笑った。
それは気にせず、青年はメダルの中をごそごそと漁り、一枚の紙を取り出すと、それとサーヴァを見比べた。
「えっと……茶色の髪と、オレンジ色のヘッドギア。それに左腕が機械っと……てことは、お前が山賊団のおかしらだな!!」
青年はニッと笑ってサーヴァを指差した。
「オレはテオドア=ヴィンツェンツィオ! ドゥルケンハイト軍第三師団長、《豪斧》のヴィンツェンツィオだ!」
「ドゥルケンハイト……師団長!?」
思わずジーノが声を上げた。テオドアと名乗った青年は、ジーノを、その隣にいたレイルを見やった後、懐から新たな紙を取り出した。
「おっ、龍の女の子もいるじゃんか! オレついてる~!」
嬉しそうに笑ったテオドアの言葉にびくりと肩を跳ねさせたレイルを庇うように、ジーノは前に歩み出て剣を抜いた。
「ま、それは後でもいっか。今はそこのおかしらに話があるんだしな」
テオドアは地面に突き刺した斧に寄りかかって問いかけた。
「……お前ら、『地のエレメント』ってのを持ってんだろ? それ、渡せよ」
その言葉に、サーヴァを除いた全員が息を呑んだ。
「……何言ってんだか。そんなお宝が、こんな場所にあると思ってんのか?」
「しらばっくれんなよ。この山にエレメントがまつられてるってことはわかってんだよ。ここら一帯をなわばりにしてるお前が知らないわけがねえ!」
はぐらかすサーヴァに、テオドアが食ってかかる。
「……まあ、ごまかすってんならそれでもいいぜ。……オレの団のやつらを散々じゃましてくれた礼で、二、三発はぶんなぐるって決めてるからな!!」
テオドアが吼え、斧を地面から抜く。そのまま振り下ろし、刃を地面に叩き付けた。
「《波撃の斧》!!」
斧がめり込んだ部分から、地を這う衝撃波が迸った。
それはジーノがサーヴァに放った衝撃波に酷似していたが、範囲も威力も桁違いだった。
「やべえな……全員散れぇ!!」
サーヴァの怒号で、全員が一斉に飛び退いた。
些細な宴は粉々に砕かれ、平らだった地面は割れて不規則な起伏が生まれていた。
「おっとと、下手にやったらここが崩れちまうな……手かげんは苦手なんだよな~……」
参ったと言わんばかりに頭を掻きむしり、テオドアは斧を肩に担いだ。
「さてと……おかたづけして、宝玉探しすっか!」
「させないっ!!」
二撃目が放たれる前に、ジーノがテオドアに切りかかった。
「ちぃっ! あっぶねぇな!! いきなり剣振り回すんじゃねえよ!」
「アジトを壊して、皆を傷つけようとしておいて、よくそんなこと言えるな……!」
キッと睨みつけてくるジーノに、その左耳で光を反射させた稲妻に、テオドアが目を開いた。
「ちょ、ちょっと待った!! えっと、あれは……」
斧から手を離し、メダルの中を必死に荒らす。そして一枚の紙きれを取り出し、「あーっ!!」と声を上げた。
「やっぱか! ハウトが言ってた『エレメントの継承者』って、てめえのことか!!」
「ハウト? ……まさか、あの黒服の……? あいつもやっぱり、お前の仲間だったのか……!」
エレメントのことを言い当てられ、そしてその情報源に思い当たり、やはりあの黒衣の青年……ハウトはドゥルケンハイト軍の仲間だったようだ。
「んあ? ……ああ、あいつまた名乗んなかったのな? ま、あいつはそういうやつだし、今はどうでもいいな」
テオドアは、そう言い放つと、心底無邪気な笑みを見せた。
まるで、新しい玩具を貰った子どものように。
「ちょうどいいや! 精霊さまのとやらがどんなもんか、見せてもらおうじゃねえか!!」
言うが早いか、テオドアが大きく跳躍し、斧を振りかぶった。
「《破砕の斧》!」
「っ……!!」
落下の勢いに魔力を追加し、強烈な一撃を放った。
ジーノはひらりと躱したが、ガアァンッッ!! という轟音と共に、斧が振り下ろされた地面を打ち砕いた。
「な、なんて威力だ……!」
「か~ら~の~! 《粉砕の大斧》!!」
強大な破壊力、それは使い手への反動も膨大なものとする。しかしテオドアは、そんなもの存在しないと言わんばかりに、軽々と次の攻撃を放った。
ひび割れ、隆起した岩肌が砕かれ、その破片ひとつひとつが散弾のように、ジーノに襲い掛かった。
「なっ!?」
「ジーノ!!」
レイルが声を上げ、咄嗟に銃を抜く。しかし、あまりに速く、範囲の広い攻撃を防ぐのは、レイルの魔石銃では遅すぎた。
石礫の雨が、ジーノに降り注ぐ、その刹那。
「撃―っ!!」
号令と共に、無数の光線が照射される。それらはジーノとテオドアの間に割って入り、瓦礫を殺傷能力のない塵芥へと打ち砕いた。
それは、山賊達の持つ魔石から放たれたものだった。刻み込まれた光線魔法を放ち、魔力を使い果たした魔石がボロボロと崩れた。
「ここに攻め込んできた以上、ただじゃ帰さねえぞ!!」
「そうだ! ぶんなぐられるのはてめぇの方だ!」
山賊達がテオドアの前に立ち塞がり、そう声高に叫んだ。そして各々の武器を持ち、山賊達はテオドアに襲い掛かった。
「なっ!?」
大斧を振り回して応戦するテオドアだが、四方からの波状攻撃に翻弄され、傷を負わないように立ち回るのが精いっぱいのようだ。
「いいぞてめぇら! おい、ジノ坊。お前さんはレイ嬢ちゃんと一緒に外に出とけ」
「え!? でも……」
「あいつの狙いはわしらと、そしてレイ嬢ちゃんだ。ここはわしらに任せて、レイ嬢ちゃんと一緒に町まで下りろ」
渋るジーノに、サーヴァはそう言い聞かせた。
「なあに、わしらのアジトだ。好きにはさせんよ」
「お頭! お頭も引いてください!」
義腕の調子を確かめるように肩を回したサーヴァに、しかし副頭がそう言った。
「はあ!? 何言ってんだ? 頭がアジトを空けてどうすんだ!!」
「でも、あいつが狙ってんのはお頭もですよ!! エレメントがどうとかはわかんないけど、ここはおれ達に任せて、お頭も二人と一緒に!!」
そう進言すると、副頭は答えを待たずにテオドアと戦う仲間達の元へと駆けた。
「てめぇら! 異世界の奴なんかに負けるわけにはいかねえぞ!!」
「エクス・マキナはまだ使えねえけど……それだけが俺達の強さじゃねえんだ!」
「ジーノ! おっさん! ここはいったん、みんなの言う通りにしよう!?」
テオドアに応戦する山賊達を見て、レイルが二人にそう言った。
「レイルまで……!」
「どっちみち、屋内じゃヘタに人いた方が邪魔だって! ほら、早く!」
レイルがジーノの手を取り、隠し通路に潜り込もうとした、その時。
「……たく……うっとおしいんだよ!! 《嵐撃の大斧》!!」
テオドアが、その斧を思い切り振り回す。すると、テオドアを中心に、凄まじい突風が吹き荒れた。
「ぐああああ!!」
それは山賊達を巻き込み、屈強な男達を軽々と吹き飛ばした。更にその風は鋭いカマイタチとなり、無数の裂傷を刻んでいく。
「……! てめぇらぁっ!!」
サーヴァの叫びが木霊したのは、宙に舞った彼らが地に落とされたのと同時だった。
「あーあ……オレ、弱いもんいじめは好きじゃねえんだけどな」
振り上げた斧を下ろして、テオドアはそう吐き捨てた。壁際まで吹き飛ばされ、叩き落された山賊達は、その場でうめき声を上げることしかできずに倒れ伏していた。
「く……っ!」
「待ってジーノ! アタシも戦う!」
逃走を諦め、剣を抜いてテオドアに対峙するジーノの横に、レイルも並んだ。
「レイル!? でも、あいつの狙いは……」
「わかってるよ! でも、それなら二人で倒しちゃった方が安全だよ。アタシの魔石銃、甘く見ないでよね?」
銃を手に持ちにこりと笑うレイルに、ジーノはこくりと頷いた。
「へー、龍の子も戦うのか。生け捕りに、って命令だけど……うん、「戦うな」とは書いてねえな!」
命令書なのだろう。紙を確認してメダルに戻し、テオドアはにやりと笑って斧を構え直した。
「それ、ホントにどういうことよ? アタシはただの一般人だっての! ドゥルケンハイトだかなんだか知らないけど、なんで捕まんなきゃいけないのさ!?」
「オレに言われてもな~、『二頭の龍の痣を持った女を捕まえろ』って命令されてるだけで、どうしてかなんて知らねえよ」
銃を向けながら、叫ぶように問いかけるレイルに、テオドアはあっけらかんと答えた。
「ま、そんなことより、第二ラウンドと行こうぜ!!」
「レイル、できるかぎり下がっててくれ」
「わかった。きっちり援護してあげる!」
ジーノは剣を握り、テオドアとの距離を一気に詰めた。
「はああ! 《瞬雷刃》!」
「《剛力の斧》!」
ジーノの剣と、テオドアの斧がぶつかり合う。その圧力と魔力が、周囲の大気を震わせた。
「やるじゃんか。でも、パワーならだれにも負けねえよ!」
「……ああ、わかってる。だから……!」
単純な腕力では敵わない……そう理解していたジーノは、わざと腕から力を抜いた。
「なっ!?」
「もらった!」
突然斧にぶつかる力が変わり、テオドアは前のめりにバランスを崩す。その隙に、ジーノは刃を返して切りかかった。
しかし、テオドアはそのまま斧を地面に突き刺し、逆立ちするように柄の先端に登った。思わぬほどの身軽さに、ジーノは目を見開く。
「おらよっ!」
そのまま柄を軸にし、テオドアはジーノに回し蹴りを浴びせた。咄嗟に右腕でガードするものの、不安定な場所と体勢から繰り出したとは思えぬ威力に、ジーノは吹き飛んだ。
「っう……!」
「《火球魔弾》!!」
衝撃をいなして着地するジーノ。彼を庇うように、レイルが魔弾を発射した。それは空中で燃え盛る火の玉となり、まっすぐテオドアに飛来する。
「おっと、《風撃の斧》!」
すぐさまテオドアは反応し、斧を振るって発生した風圧で、火球を吹き消す。そして勢いに任せ、レイルを強襲した。
「懐に入ったら、銃なんてうてねえだろ!?」
跳躍だけで距離を詰めたテオドアは、そのままレイルに刃を振り下ろした。
ジャラッ!
しかし、それはレイルに届く前に、銀の鎖に絡めとられた。
レイルが左腕に付けていたチェーンを解き、鞭のようにしならせて、戦斧の柄に巻き付けたのだ。そのままテオドアの攻撃の勢いを利用し、軽々と背負い投げた。
「誰が、近接戦はできないって言った? 《旋風魔弾・三連》!!」
不敵に笑ったレイルは銃のシリンダーを付け替え、弾丸を連続で発射した。三つの魔石が局地的な旋風を生み出し、テオドアを吹き飛ばした。手を離れた戦斧がドスッという鈍い音を立て、地面に突き刺さる。
「ぐわっ!!」
「ジーノ!」
「ああ! 《雷閃牙》!」
レイルの呼びかけに応じて、ジーノがテオドアに、とどめの一撃を放った。
「……まだ、だあああ!!」
その刹那、テオドアがガバッと身を起こした。そしてあろうことか、素手でジーノの剣を掴んでみせた。
「な……!?」
「オレは……負けねえ!!」
全身を襲う電撃にすら負けず、テオドアはそのままジーノを放り投げた。
「ジーノ!!」
レイルがすかさず風の魔弾を放つ。砕けた弾丸から生まれた上昇気流。その支援を受け、ジーノが勢いを殺して着地すると、テオドアもまた立ち上がり、戦斧に手をかけていた。
「あの攻撃を素手で受け止めるなんて……アンタ、正直魔物といい勝負なんじゃない?」
「へへっ、タフさだけはよくほめられっからな」
レイルは軽口を叩きながらも、その脅威の耐久力への恐れか、頬に汗を伝わせていた。対するテオドアも、息こそ少し上がっているものの、しっかりした足取りで戦斧を構え直した。




