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8.霊物学的進化

 ――世界が緑に染まる――


 ――吐き気がするほどの緑――

 

 ――鮮やかすぎて眩暈がする緑――

 

 マナ酔いを極限まで悪化させたような状態、酒を飲み過ぎたあの時、調子に乗って回り続けたあの時、天地の区別が付かず、自分がどんな体勢なのかも認識できない。

 世界は回り、自分も回っている、昇るところまで昇って、落ちるところまで落ちる。時間の感覚もなく、何年も何年も続く拷問の様。

 嘔吐は止まらず、眼は虚ろ、十字架に固定されている部分は肉が抉れ血が噴き出している。


「ヴァンは……本当に大丈夫なんですか?!」


 十字架に磔になり、もがき苦しむヴァンを見て、るーは苦悶の表情を浮かべている。無理もないだろう、自分のために無関係な少年が苦しんでいるのだから。

 とは言えイザベラからすれば何を今更と言ったところだ、母星を二分する闘いを止めるために、第三勢力として台頭しようという人間がこの程度のことで同様するとはいささか滑稽ですらある。

 

 イザベラによる、霊物学的進化の強制。その施術は至って単純だった。

 ヴァンの額に指を当てただ、たったそれだけったが、刹那ヴァンはのた打ち回った。

 るーは慌てて駆け寄っていたが、尋常ではないその有様にどうすることもでずにいた。


 見かねたイザベラが、ヴァンを固定すると言って十字架を出し、ヴァンを磔にした。なぜ十字架なのかとるーに聞かれたので、その方が雰囲気が出るからと言っておいた。


 そんな理由で磔にするなんてとるーの瞳には怒気が見え隠れしていたが、やめろと言えるような立場ではないと思ったのか、そのままヴァンを見守った。


「それにしても、ジャンソンの時はここまでじゃなかったんだけどねぇ~。これはまたよっぽど器が大きいと見える」

「器が大きい?」

「今までとても小さかったヴァン君のアストラルサイドとのチャネルが、今はとても広がっている。あとはエントロピーよろしく、濃度を均一にしようとして、彼の空っぽだったアストラルサイドを埋めようと、大量のマナが無条件にヴァン君になだれこんでいるんだ。ジャンソンは三十分くらいで均一化は終わったが……」

「ヴァンはもう一時間以上ずっとですよ!!」

「これはひょっとすると魔王でも誕生かなぁ~はっはっは。まぁ……死ななきゃだけど」


 少女には魔王という比喩がどの程度のものかはわからなかったようだが、少なくとも褒め言葉であることは伝わったようだ、最後の一言を聞いて顔が青ざめてはいたが。

 

 同時に心の奥から溢れてくる恐怖を止められずにいる様にも見えた。自分の打算のために罪のない人間が死ぬかもしれない状況に、そんなことも分かった上で利用した自分の浅はかさに。

 そもそも本当に百万分の一の確率なのだろうか、イザベラが嘘を言っている可能性はなかったのか? なぜ自分はもっと強くヴァンを止めなかったのだろうか。そんなことでも考えているのだろうか、まったくもって無意味である。


 実際にるーが一番恐怖したのは、ヴァンの死が頭をよぎり思考が真っ白になる一方で、仮に死んだ場合を想定し次のアクションを考え始めている自分に気づいたからであった。


 ふと気が付くと、先ほどまで暴れていたヴァンが静かになっていた。

 噴き出す血も止まり、息はないように見える。

 

「ヴァン……?」


 少女の瞳は、少年の生きている証を必死になって探している、が、しかしそれを見出すことはできなかったようだ。


「さてと、終わったかな?」


 イザベラはそういうと、ヴァンを十字架から降ろしベッドに移した。

 るーは黙ってその様子を見ている。

 顔は青ざめたまま、息をする余裕もなさそうだ。

 近づきたいけど近づけない、ヴァンの生死を確かめたくないのだろう。


「こりゃ見事に生命活動が停止しているねぇ」


 イザベラの発言に、るーは糸の切れた人形のようにその場にへたり込んだ。

 必死になんとかする方法を考えているように見えたが、思考が空回りしているのか視線が行ったり来たりとしているだけだった。何かを言おうとしては言葉がでず、そんな感じだ。


「ちょっと生命活動が停止しただけで、なにをそんなに慌てているんだいお嬢ちゃん?」

「――――!!??だってヴァンはっ!!」


 言ってしまえば認めてしまう、そんな思いからかそれ以上言葉は出ないようだ


「大丈夫大丈夫、アストラル体は元気みたいだから、今から蘇生するよ」

「――――――へ??」

 

 るーは、はとへの中間位の間の抜けた声を出した。


「……できるんですか……そんなこと?」

「そんなことくらいはね。肉体の修復だけなら朝飯前だし、元気なアストラル体を体にくっつけるのは昼飯前くらいだねぇ」


 イザベラはそういうと、ヴァンの額に指をあて何かしらの魔法を発動させているようだった。

 淡い光とともにボロボロになったヴァンの肢体の傷は無くなり、肌艶はむしろ前よりも良くなってた。

 そして、イザベラが綺麗になったヴァンの顔を覗き込むと、無造作にキスをしてた。


「なぁにしてんですかぁッッッ!!!!」

「いや、若いエキスを吸っておこうかと思って、ってるーちゃん今日一の叫び声だったね」


 せめて魂を吹き込む儀式と言えばよかったかと思ったが、些細なことである。


「ヴァン、起きませんね」

「まぁ限界突破して一度死んで蘇生した後だし、二・三日は目を覚まさないんじゃないかな」

「そうですか……」


 るーがすやすやと気持ちよさそうに眠っているヴァンの顔を見ている。

 顔を眺めているうちに唇を奪おうとしていることに気づいたのか、慌てて自分顔を引っぱたいていた。

 イザベラからすればそのままやってしまえば言いのにと思っていたが、傍観している方が面白いかとしばらく放置しておくことにした。

 



***



 ヴァンが目を覚ましたのはそれから一週間後。

 それまでの間に、カールツェンへの報告はるーがすでに済ませていた。


 一族の悲願を達成したカールツェンではあったが、このことは他言無用というのがイザベラからの条件だったため、ジャンソンの足跡を明らかにするというクエスト自体は失敗という結果となった。


「ヴァン、無理せずにしばらくは体を休めろってイザベラさんが言ってたわよ」

 一週間も寝たきりであったためか、ヴァンは体を満足に動かせないでいた。


「そうも言ってられないよ。急がないとゲートが」

「残念だけど、ゲートならとっくに閉じちゃってるわよ」


 カールツェンが言った通り、ゲートは一週間で閉じてしまったため、ヴァンが目を覚ました時にはすでにゲートは閉じていた。


「ゲートなしにどうやって帰るのさ!?」

「イザベラさんが何とでもなるって言ってたし、大丈夫でしょきっと」

「えぇ……本当に?」


 るーはすっかりイザベラのことを信用しているようだったが、ヴァンはまだそれほど彼女のことを信用しているわけではなかった。

 

「それじゃ私、イザベラさんと修行してくるから、ヴァンはおとなしくご飯食べてるのよ」

「はいはい……」


 自分が寝ている一週間の間に何があったのかと詮索したくなったが、どう聞くべきかは定まっていなかったが、一つは確認できた。

 どうやらるーはイザベラに弟子入りしたらしい、はじめは魔法の使い方を教えてもらっているのかと思ったが、どうやら武術・体術の類らしい。

 今日は岩を砕いたとか、滝を割ったとかいうるーの話を聞くと、それはもはや魔法なのではないかと疑いたくなったが、あくまでそうではないらしい。

 なんでまた弟子入りなんてしたのかと確認に対しては、ヴァン一人に背負わせたんじゃ女が廃るということらしいがよくわからなかった。


「ドランブールの頂からリリンカールまで、一体どうやって帰ればいいんだ……」

 るーが作ったなんだかよくわからないが美味しい料理を頬張りながら、ヴァンは頭を抱え込んだ。



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