7.イザベラ・ロックハート
辺り一面この世のものとは思えない美しい光景が広がっていた。
美しい花々、囀る小鳥、どこからともなく流れてくる川辺には水浴びをしているドラゴンが数匹。
「うん、確かにドラゴンがいるわね」
「だけど襲ってくる気配がまるでないね」
ヴァンとるーがゲートで飛び、最初に目撃したのは目の前で水浴びをしているドラゴンであった。
最初は臨戦態勢を取ったヴァンとるーだったが、すぐさまそれを解除した。
何故ならばドラゴンが流暢に挨拶をしてきたからだ。
「うーーん、ヴァン、これカールさん呼んできても大丈夫じゃない?」
「万が一ってこともあるし、もうちょっと探索してからにしよう」
ドラゴンには知性がある、これは広く知られれているところである。
ドラゴンが人語を話し、あまつさえ流暢に挨拶をする。
これは魔生成物学者に知らせたら大喜びするか発狂するかのどちらかだろう。
ヴァンとるーに話しかけたドラゴン、名をザーザインというらしい。
真っ白でふさふさとした毛で覆われており、ドラゴン特有の爬虫類っぽさはないが、シルエットはドラゴンそのものだった。
「あの、ザーザインさん」
「何かしら」
「竜王様ってご存知ですか?」
ヴァンとるーの当初の目的は、竜王に会いジャンソンと同じように力を与えてもらうことである。仮に竜王の存在が証明できればジャンソンの足跡も分かり、カールの夢も叶うということになる。
「竜王様……?――――――そんな恥ずかしくなるような名前を自称するような輩は知らないけれど、貴方たちが探している人ならたぶんあっちよ」
純白の竜がヴァン達の後方を見つめている。
「ありがとうございます。行ってみます」
川に沿って数分。ザーザインが見つめた先に進むと小さな小屋があった。
なぜこのような人工物がドランブールに存在するのか、ジャンソンが建てたのかそれとも竜王か。
小屋の扉をノックしたが返答はない。
入るかどうかを決めかねていたが、突如の声が二人を襲った。
「こんなところに人間が来るなんていつ以来だろうね」
二人が振り返った先には魔術師が着るようなローブに魔法の杖らしきものを持った一人の女性が立っていた。
白い髪に白い肌、ローブも白ければ杖も真っ白。
唯一色があるのは漆黒の瞳だけだ。
「あの、竜王様……ですか?」
常識という観点で言えば、目の前の女性に竜王かと聞くのも頭がおかしいかと思うヴァンではあったが、ドラゴンに人語で挨拶をされた後では大した問題には思われなかった。
「竜王……?あぁー君、ジャンソンの知り合いかい?あの子にはここのことは秘密にしておけて言ったはずなんだけどね。」
ヴァンとるーはことの顛末を説明した。
るーの世界を救うために力がいること。
そのためにジャンソンの逸話を信じてここにきたこと。
「なるほどなるほど。君たちの目的は分かった、しかしまぁなんだ、レイリーの連中も本当に懲りないねぇ。あぁそうだ、自己紹介をしておこう、私の名前はイザベラ。イザベラ・ロックハートだ」
レイリーの連中っていのはどういうことだとヴァンが疑問に思っていると、るーも同じだったようでイザベラに確認した。
「イザベラさん、レイリー星のことご存知なんですか?」
「ん? なぜそんなことを聞くんだいレイリーの少女よ。君たちをあの星に送ったのは私じゃないか。まさかそんなことも忘れてしまったのかい君たちは」
「送った? 私たちを……?」
「ま、君たちが文明を持ち始めてすぐだったしね、忘れてしまってもしかたがないか」
「すみません、何のことかはわかりませんが、それで……」
「なんにせよ、こんなところで立ち話もなんだしね。座って話をしよう」
そういうとイザベラは小屋の中に入っていった。
小屋の中にはテーブルが一台。椅子が一脚。なんだかよくわからない扉のようなものが一つあった。
「こっちだ」
イザベラは、そのなんだかわからない扉のようなものの奥へと消えていった。
「行きましょうヴァン」
二人も続けて後を追った。
扉の先には巨大な空間が広がっていた。
上を見上げても天井はなく空もない、地平線の彼方までなにもない。
「何……ここ……?」
るーは何もない巨大な空間を前に絶句していた。
ヴァンはヴァンでこの何もない空間に違和感を感じていたが、違和感の正体についてはしばらく気づくことができなかった。
「では話をしよう」
イザベラが杖で地面をたたくと、椅子が三脚どこからともなく現れた。
「さて、まず君たちからの問に答えよう。ジャンソンのように力を与えることは可能なのかについてだが、結論からいうと可能だ」
「本当ですか!?」
るーは歓喜の声をあげた。
「力を与えられるのはヴァン君だけだけどね。るーちゃん、君らレイリーの民は魔法は使えないようにできているし。それでだヴァン君」
「はい、なんでしょう」
「君に聞きたいんだが、君はなんでるーちゃんに協力しているんだい?ジャンソンと同じ力を手に入れてどうしようって言うんだい?」
イザベラがヴァンの瞳をじっと見つめている。
ただの好奇心からの質問なのか、それとも解答を誤ればこちらの願いはかなわなくなるのか、イザベラの瞳からは読み取れなかった。
嘘をついても仕方がないと思った。嘘をつくつもりもなかったが、改めて問われると回答には困るものだった。
「えーっとですね」
「うんうん。お姉さんに言ってごらん」
イザベラの顔が、ヴァンの目の前に迫っている。
「あのイザベラさん、近いです」
「おっと失礼」
危うくキスでもしそうな勢いに、るーは慌てて引き離した。
「はじめはただの好奇心で、今ではるーを助けたいと思ってます。あとは英雄と同じ力ってのにも興味があるので」
「なるほどなるほど、愛ゆえに、るーちゃんを助けたいと言うことだね」
どこか冗談っぽく、オペラのような口調でイザベラは返した。
「いや、そこまでは言ってませんけど」
即答するヴァンの椅子をるーが蹴飛ばした。
「さてさてさて、君の答えにお姉さんは満足しているよ。力も与えてあげよう。というわけでこれにサインしてもらえるかな」
そういうとイザベラはどこからともなく契約書を取り出した。
契約書にはただ次のように書いてあった。
『この先何があっても私は何も文句はいいません』
「えっと、これは?」
「契約書だよ、君たちの世界にもあるだろ契約書?」
「ありますけど、この内容は……?」
「まさかとは思うけど、ノーリスクで英雄の力が手に入ると思っていたのかいヴァン君」
不敵に、そして素敵に、イザベラはヴァンに問いかけた。
英雄と同じ力を手に入れるのにリスクがいる。
考えてみれば当然の話だったが、イザベラがあまりにも軽い口調だったので全く気にしていなかった。
「えっと、具体的にはどんなリスクが?」
まったく気にしていなかっただけに、いざリスクがあると知らされれば怖くなった。
「そうだね。これから契約するにあたって、ことの内容をまったく知らせないんじゃフェアじゃあないね」
そういうとイザベラは、またどこからともなく一冊の本を取り出し、ヴァンに手渡した。
「今から簡単に、君にする、ジャンソンにしたことの話をしよう。」
「あ、はいお願いします。」
「まず、簡単に説明するとだ、お姉さんが君にするのは霊物学的な進化の強制だ」
「…………えっと、まったく意味が分からないんですけど」
渡された本の五頁目を見ろと言われて見てみたが、意味の分からない記号と数字の羅列が並んでいるだけだった。
「んーーそうだね。簡単に説明するとだね、魔法っていうのはマナを取り込んで、エーテルに変換して、それをアストラルサイドで消費することで魔法を発現させるんだけど、アストラルサイドで消費できるエーテル量ってのには限界があってね。今のヴァン君が消費できる量を1とすると、霊物学的進化はその上限を取っ払う感じだ」
「は、はぁ。ってことは使える魔法の規模に上限がなくなるってことですか?」
「ま、平たく言うとそんな感じだね。で、ここからが問題なんだけど、霊物学的進化の強制をどうやって起こすのかだ」
「ど、どうやって起こすんですか?」
「穴をあける。」
「穴、ですか?」
「そうだ、君のアストラルサイドに穴をあける。厳密には今でも開いているんだけどね、それを広げる」
「それって危険なんですか?」
「まあそうだね、風船に穴をあけるような感じだ」
「そんなことしたら破裂しちゃうじゃないですか!?」
「そうだねぇ、アストラルサイドが破裂したら死んじゃうねぇ」
イザベラがまたしても不敵な笑みを浮かべている。
英雄ジャンソンと同じ力を得るには死の危険があると言っている。
頭の中で、英雄の力と死を天秤にかけ、答えはすぐには出なかった。
「それ、失敗する確率はどの程度なんですか? ジャンソンは成功したんですよね?」
るーがイザベラに詰め寄った。
眼には若干涙が浮かんでいるように見えた。
「確率かい?そうだね、失敗する確率は百万分の一くらいじゃないかな」
イザベラが意地悪そうにヴァンを見ていた。
「百万分の……一」
つまり、百万分の一の確率で死ぬ。最悪死ぬ。
死ぬ確率はゼロではない。
限りなくゼロに近くてもゼロではない。
死ぬときは死ぬ。
るーはヴァンを見つめているが、言葉は出ないようだ。
仮に百万分の一を引いてヴァンが死ねば、それはるーの責任だろう。
ヴァンが責めずとも、誰が責めずとも。
るーはヴァンにそんな決断をさせる気にはならなかった。
「ヴァン、やめましょう。万が一なんて普通なら気にしないけど、死んだら冗談じゃすまないし」
「さあヴァン君、るーちゃんはこう言っているけど君はどうするんだい?」
最悪訪れる死、そのリスクさえ回避できれば得られる英雄の力。
百万分の一の確率を軽んじているわけではなく、最悪引き当ててしまってもいいかとヴァンは思った。
思ってしまったのだから仕方がない。
「イザベラさん、お願いします。僕に英雄の力を」
言うが早いか契約書にサインをするとイザベラに手渡した。
「よろしい。では竜王こと、惑星管理局 第六支部長 イザベラお姉さんが君に力を与えよう」
イザベラは、今日一番の不敵な笑みを浮かべていた。




