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5.英雄ジャンソン

 ドラゴンの襲撃より一週間。

 ドラゴン襲撃は大事件ではあったが、さしたる損壊もなく、むしろドラゴンを単独で討伐するという前代未聞の偉業を達成した少年の登場にリリンカールは沸きあがっていた。

 新聞記者やゴシップ記者は、この突然現れたヴァン・シュタイン・リッヒーという片田舎の冒険者の情報を集めるのに躍起になり、ギルドはギルドでこの英雄を売り出そうと奔走していた。

 しかし、ヴァンのこれまでの功績と言えば、片田舎の農村であるメリリカ村での薬草集めと魔獣退治であり、これと言って特出するものはなかったのだが、リリンカールの人々には、この情報のなさがかえって謎の英雄のように映り、よりヴァンの人気に拍車をかけたようである。

 中にはヴァンが伝説の魔王の再来だと騒ぎ立てる輩もいたようだが、ロバートが笑顔で叩き潰したのは言うまでもない。



――――リリンカールギルド 応接室


「よう、すっかり人気者になったなーヴァン」

 先のドラゴン襲撃から機嫌のよいロベルトだ。

 あの一件以来、ロベルトはヴァンの評価をこれでもかと引き上げ、高難度クエストが優先的に割り当てられるメンバーに昇格させた。

 ギルドに所属する冒険者には表立った階級制度はないが、内部的には各々の功績に応じてランク分けがされており、高難度クエストの割り当てを行っている。

 これでもう逃げられないぞ、というのがロベルトからヴァンへの昇格通知であったが、ヴァンがこの上なく不満な顔をしたのは言うまでもない。

 冒険者となり、それなりの知名度や名声を望まなかったヴァンではないが、ここまでの高評価というものは本人が望む以上であったらしく、気持ちのおさまりが悪いようだ。


「いや、別に嬉しくもないし。むしろ自由に行動できなくて不便なんだけど……」

 作り笑顔が抜けきっていないヴァンだが、すっかり覇気がなくなっている。

 もともと人当たりがいいだけに、取材という取材や住人との応対はすべてこなしていたヴァンだったが、さすがに一週間絶え間なくとなると堪えるようだ。

 何故か一番多かった質問は彼女はいるのか?次点でドラゴン討伐の話だった。

 この一週間のうちに貴族令嬢との結婚話が後を絶たなかったが、ヴァンはすべて突っ返したようである。


「おかげで全然デートができなかったわよ」

 眉間にしわを寄せ、わかりやすく不満を表しているるー。

 ヴァンが取材を受けている間は特にすることもなく暇を持て余していた。

 

 はっはっはと笑いながら、ロベルトが話の本題を切り出す。

「で、お嬢さん。おたくのクエスト条件だが、ドラゴンが倒せるヤツってことでいいのか?」

「ええそうよ」

「それでもって神様に喧嘩を売るのか?」

「その通り」

 ロベルトはうんうんと首を振り、一瞬思慮にふけっている風の仕草をすると、

「よしヴァン、やれ」とヴァンを指さし言った。

「えぇー……」

「いや、そう露骨に嫌な顔すんなよ。ちなみにこれはマスター権限でも命令だから拒否権はないぞ」

「なんだよその職権乱用は、ってかそもそも任命に対する拒否権はギルドメンバーの基本権利じゃないか」

「お前にはそんなもんあるわけないだろ。仮に断ったとしても俺がそれを断る」

「なんだよその無茶苦茶は……、そもそも神様に喧嘩を売るってなんなんだよるー」

 埒が明かないと踏んだのか、ヴァンは話の矛先をるーに向ける。

「そうね、そろそろ冗談はやめてちゃんとこちらの事情を話しましょうかね。」

 コホンと咳払いをし、るーが続ける。

「では改めて自己紹介を、私は惑星レイリー、バームント王国第三王女、るーるるーるー。この度は我が故郷の戦乱を止めていただきたく参りました」

 るーの改まっての自己紹介を聞き、認識が追いついていないヴァンとロベルト。

 しばしの沈黙の後ロベルトが切り出した。

「王女ってことは、王族なのか」

「はい。第三王女なのでそれほど権力はありませんけどね」

 本気なのか冗談なのかるーが答えた。

「で、惑星レイリーってのはなんだ」

「……えーーっと、太陽から数えて3番目の惑星よ……えっと、あれが太陽ってことでいいのかしら」

 るーは天を指さしていた。

 惑星シャーレにおける天文学においては、太陽の周りを複数の惑星が回っているということは周知の事実ではあるが、その惑星に自分たち以外にも人がいるなどということは考えられていない。

「ヴァン、お前どうおもう?」

「んー、るーの言ってることはたぶん本当だよ。」

 ヴァンがそう答えたのにはいくつか理由があるが、最たる理由は森で見たディラック号だ。

「そうか……で、そんな王女様の頼みってのが故郷の戦乱を止めてほしいってのはどういうことだ?神様に喧嘩を売るってのとはどう繋がるんだ?」

「神様ってのは、まああくまでたとえ話というか比喩というか、それくらい大それたことをしたいってことよ。今、レイリーはうちのバームント王国とベヒルン共和国ってので絶賛世界大戦中なんだけどね。最初は極地的ないざこざ程度だったんだけど、今じゃ惑星規模よ。このままじゃ国どころか惑星が滅びちゃうわ」

「なるほど、そんで敵対国を倒す戦力がいるってことか」

 ロベルトはなるほどと感心していた、組織のNo.2に登りつめるような男であるし、国と国の覇権争いの類は割合好物だ。

「まあ倒してほしいのは両軍の戦力なんだけどね」

 予想が外れて腑に落ちない様子のロベルト。

「どういうことだ?」

「簡単に言うと、双方ともに血を流しすぎたのよ。もはや相手を根絶やしにしなければ収まらない程にね。それで惑星が滅びかけなんて本当馬鹿げた話よ、で、ならいっそ喧嘩両成敗で私が両軍ぶっ飛ばしてやろうかなって思って」

 拳を握りシュッシュとパンチをしながらるーが言った。

「また滅茶苦茶な話だな」

 ヴァンは満面の笑みで呆れた顔をしている。

「何よヴァンその顔は」

「いや、なんていうか……物騒な話かと思ったけど、要するに仲直りしてほしいってことなんだなと思って」

「まあね、目的なければ大儀もなく、今更やめられないってだけで続けてるような争いだもの」

「そんでそんな大それたことをするにあたって、お姫様はなんで別の惑星にまで来たんだ?」

 ロベルトの質問ももっともだ。わざわざ徒労に終わるリスクを冒してまで別の惑星で戦力を探す必要性が感じられない。

「一つはこんな馬鹿げた話に付き合ってくれるような頭のおかしい知り合いがいなかったこと。もうひとつはこの星にも人類がいることは分かってたからダメもとでって感じね」 るーが答えたが、それでもやはり腑に落ちないロベルト。

「何で俺たちがいることを知ってたんだ?」

「おとぎ話と観測結果よ」

 ふーんと、分かってはいなかったが分かった風を装うロベルト。

「大体の事情は分かったが、今の話でいくとヴァンで大丈夫なのか?」

 惑星規模の戦争において両軍を倒しうる戦力として、ヴァンで……というか一個人の戦力でどうこうなるものだろうかとロベルトは考えていた。

「それはね、正直言うとかなーり厳しいわね」

 るーはお手上げのポーズをしていた。

「ヴァンの使う魔法は、個人としての能力としては私たちと比べてもかなりの戦力だけど、所詮個人レベルなのよね」

「ほう、ドラゴンを瞬殺できるようなレベルでもだめなのか?」

「例えばあのドラゴンが1万2万って数で襲ってきたら勝てる?」

「無理だな」

 ロベルトが即答した。

「もともとドラゴンを倒せるくらいって希望だけど、頑張ればってレベルじゃなくて、小指でひねれるくらいが希望なのよね」

「さすがにそれはなぁー」

 ヴァンも1万のドラゴンを想像し苦戦しているようである。

「ちなみに成功報酬はなんなんだ?」

 これはロベルトのギルドとしての質問だ。

「私の権限でどうにかできるものならなんでもいいんだけど、ただ私たちの通貨なんてもらっても使い道がないでしょうからやっぱ物がいいのかしら」

「まあな、こっちの通貨で用意してくれるなら別だが……んじゃ成功報酬はおたくの国ってことでどうだ」

「んー、いいんじゃない? 実際やるのはクーデターみたいなもんだしね」

「よし決まりだ。それじゃヴァン、頑張って1万2万のドラゴンを倒せるようになってくれ」

「なに無茶なこと言ってるんだよロベルト、できるわけないじゃないか」

「何言ってんだよヴァン、俺からしたらあのドラゴン討伐だってできるわけないことだったんだぞ。それをお前はやったんだ、だから出来る。」

「何を根拠に……」

「根拠なんてないし、必要もないのだ、はっはっは」

「真面目な話、ヴァンってこの世界でどれくらい強いの?」

「そうだな、単独でドラゴンの討伐をした奴ってことで言えば史上二人目だ」

「一人目は誰なの?」

「かの英雄ジャン・ジャック・ジャンソンその人だ」

「その人は今どこに?」

「千年ほど前にお亡くなりに」

「あら、それは残念。ってことはヴァンは千年に一度の逸材ってことなのね」

「まあさすがに、英雄ジャンソンとは比べられないけどね。残ってる逸話で言えば、それこそドラゴンの1万2万を蹴散らして、海を割り、山を砕いちゃうような人だし」

「何それ、その人本当に人間?」

「残っている記録によれば、霊峰ドランブールの頂にて竜王から人知を超える力を授かったとかなんとか」

「竜王ってドラゴンなのに、人に力を授けたりするの?」

「竜王ってのはドラゴンじゃなくて、神様みたいなもんだからね。まあ実際に見たのはジャンソンだけだから本当のところは分かんないんだけどね」ヴァンが答える。

「ふーーん、んじゃドランブールに行っても竜王様に会えないのかしら」

「まあそもそも、ドランブールの頂なんてどうやって行けばいいのか見当もつかんがな」 ロベルトは窓から見えるドランブールを眺めながらふて腐れたように呟いた。

 標高約四万メートル。最終的にはほぼ絶壁に近い山を登るなど不可能に近い。

 加えて純正魔生成物の棲み処であり、人類にとってはほぼ未開の領域となっている。

「え?だってジャンソンは千年も前に行ったんでしょ?」

「まあそうらしいが、確か本人もどやって行ったかはわからないってのが公式の記録だった気がするな。森をさまよっていたらいつの間にかドランブールの頂にいたとかなんとか」

 ジャンソンがどのようにしてドランブールの頂にたどり着いたかについては諸説あるが、どれも空想の域を出ていない。

「なんなのそれ、訳が分からないわね。本当にそのジャンソンって人はドランブールの頂に行ったの? そもそも竜王なんて本当にいるの?」

「そのあたりは確かに怪しいところではあるが、ジャンソンが人知を超えた力を持っていたのは間違いないからな」

「でも……千年前でしょ?」

「我々の文明を甘くみんじゃないよお姫様、千年前の記録くらいちゃんと書物が残っているのだよ……そうだヴァン、王立図書館にでも行ってジャンソンがどうやってドランブールの頂に行ったのか調べて来い。案内状は書いておくから」

「えぇ……今更そんなこと調べたって、千年の謎が解けるわけないじゃないか」

「まぁまぁ、なにを隠そうちょうど高難度クエストとして、ジャンソンの謎を解明してほしいという依頼が、さる貴族から出ていてな」

「なんだよそのご都合主義は……」

「まあこれも運命というやつだ兄弟、メリリカ村にはすでにお前の後任のものを送ってあるから安心したまえ」

「え、誰だよ」ヴァンはきょとんとした顔で後任の冒険者を確認する。

「リキュリー・マーだ」

「リキュリーか……マスターと上手くやれればいいけど」

「リキュリーなら真面目だし大丈夫だろう」

「それが問題なんだけどなぁー……」

「さてと、それじゃ今後の計画としては、ジャンソンの謎を解明しドランブールの頂を目指すということでよろしいがご両人」

「異議なし」るーが手をあげ賛同のポーズをとる。

「異議はあるけどいいよもう」ヴァンは全力で拒否のポーズをしている。

「それでは解散、クエストの詳しい内容を説明するので、ヴァン・シュタイン・リッヒー君は残るように」

「はいはいマスター代理」


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