4.ドラゴンを狩る者
ドラゴンを倒すこと自体はさほど珍しいことではない。
そんなクエストは年に何度かあるのだから。
しかしそれはあくまで十分な準備をしたうえで、精鋭部隊を編成し作戦を練った上で行うものである。
街に突然現れたドラゴンを、その場のあり合わせの戦力だけで倒すことなど到底不可能に近いのだ。
「倒すって一体どうやるってんだヴァン!」
ヴァンの非常識と思える提案に、ロベルトは呆気にとられていた。
呆気には取られてはいたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
それが長年昼行燈に徹してきた友人の本気が見られるからなのか、ドラゴン討伐という功績を前にしての喜びなのかはわからなかったが、とにかく彼を歓喜させたようだ。
「とりあえず突っ込んで、全力で叩き潰す!」
ロベルトの表情から先ほどまでの歓喜は消え失せ、ケルベロスに食いちぎられた亡者のような顔をしていた。作戦とも戦略とも呼ぶことのできないそれを聞いては当然のことだろう。
「なぁヴァン」
「なんだいロベルト」
ロベルトは言わなくてもわかるだろう?と同意を求める顔をしていたのだが、ヴァンはロベルトの言葉の続きを待っているようだった。
一体何の説明がいるのかと不遜げなロベルトだったが、そういえばこいつはこういう奴だったんだと、冒険者ギルドの訓練時代を思い出していた。
そして、なんだかんだいつも有言実行だったことも。
「まぁいい、好きにやれ、骨は拾ってやる」
「ははっ、その時はよろしくロベルト」
ヴァンは静かに歩きだしていた。
その傍らには等身大の火球が3つ。
ロベルトはその火球を見てフレアランスを連想したが、すぐにそれが根本的に異なるもののように思えた。
そもそも炎を操るドラゴン相手に、炎魔法などぶつけても大した効果がないことは子供にだってわかることだ。友人がなにをしようとしているのか、ロベルトは理解できていないようだった。
一方、ドラゴンに対しロングソードを構えるヴァン、ドラゴンに未だに動きはない。
ロングソード程度の陳腐な武器がドラゴンに通用するはずもないことは明白だが、ヴァンはロングソードを構えていた。
それはある種、武道家の型のようなものだろう、効果を期待して構えているわけではなく、そうすることが体に染みついているといった雰囲気だった。
ドラゴンとの距離は約50メートルほど、走れば数秒、魔法を使えば一瞬で距離を詰められる距離。しかしヴァンはそんな便利な魔法を使えない。走って近寄るしかない。
「ふぅー……」
一つ深い深呼吸をすると、ヴァンは駆けた。
目標へ一直線。小細工など感じさせない疾走だった。
それが彼の宣言通りであることは明白だったが、それ故に理解しがたいものだった。 それはまさに死への疾走、絶対強者たるドラゴンに対しての純粋な特攻に見えた。
「フレアランス!!」
ドラゴンがヴァンに気づき、威嚇の仕草を取った刹那、ヴァンが咆哮した。
ドラゴンとの距離10メートル、と言った距離だ。
その咆哮はいつもと同じものだったが、発現したものはいつものそれとは大きく違っていた。
等身大の火球から放たれるそれは通常のものとは異なり、ドラゴンの巨体を覆いつくすほどの火柱。本来炎に対しては耐性を持つドラゴンであっても神の一撃には灰になる、そんなことを連想させる。
ヴァンが事前に展開させていた火球は3つ。
そのすべてから巨大な火柱がドラゴン目がけて突き刺さった。
グォォォオオオオオ
ドラゴンが発した咆哮が、ヴァンの攻撃が有効であったことを示していた。
ドラゴンが怯んだのは1秒もなかったが、ヴァンはドラゴンに肉薄していた。
「もう一丁!」
次に現れたのは先ほどの火球の3倍ほどの大きさのものが一つ。
単純計算、威力が3倍なのか、もはや見ている者には理解しがたい。
「フレアランス!!」
再度ヴァンの咆哮、ドラゴンの眼前に出現した火球からドラゴンの顔を覆う程度の火柱が突き刺さる。
先ほどのドラゴンの全身を飲み込む火柱と比べると見落とししてしまう光景だったが、それがただの杞憂であることはすぐにわかった。
何故ならそこに、先ほどまで苦悶の咆哮を上げていたドラゴンの頭部が跡形もなく吹っ飛んでいたのである。
しばしの沈黙、そして
「フッハッハッハッハッハッハッハ」
ロベルトが笑っていた。
それはもう神に捧腹絶倒の魔法でもかけられたかの如く笑っていた。
ドラゴンを単独で、魔法数発で倒してしまった男が、友人の変貌ぶりに慌てて駆け寄ってくる様がより一層彼の笑いのツボを刺激していた。
「ロ、ロベルト、どうしたんだよ?」
ヴァンには、なぜか笑い転げている友人に心配そうに駆け寄った。
「なぁヴァン、ありゃなんなんだよ?」
ようやく笑いから解放されつつあるロベルトが、痙攣する横隔膜を必死になだめつつヴァンに問いかけた。
「なにってどれが?」
ロベルトからの問いかけに対し、ヴァンは何を聞かれているかまったく分かっていないようだった。
「なにって、あの魔法だよ。一体なんなんだあれは、いつのまにあんなの覚えたんだ?」「なにって、フレアランスじゃないか。いつものあれだよ」
ドラゴンを数発で屠り去るような魔法を、いつものあれと言う友人に対し、ロベルトは笑い転げていた。
「ど、どうしたんだよロベルト? さっきからおかしいぞ」
「お前なぁ……、ドラゴンを一撃で倒せるような魔法がいつものあれっておかしいだろどう考えても。――――まあいい。何はともあれドラゴン退治ご苦労様。この一件をギルドとしては高く評価しよう。そうだな英雄ジャンソンの再来現るってとこだろうな。はっはっは」
ロベルトは上機嫌で言った。積年のわだかまりがこれ以上ない形で解消されたのだから、彼にとってはこれ以上ない出来事だったことだろう。
「いや、ジャンソンは言い過ぎだよ」
「まぁーそうだな。ジャンソンの再来ってんなら、神様に喧嘩売るくらいじゃないとな。よしヴァン、次は神様に喧嘩を売ってこい」
屈託のない笑顔でロベルトが言う。
「何言ってんだよロベルト、さっきからなんかおかしいぞ」
「そういえば、お客様のお求めの人材はドラゴンを倒せる程度に強いやつでしたね。なんと奇遇なことにたった今入荷したところなんですよ」
ロベルトはどこぞの商人のような口調で、からかい気味にるーに返した。
「そうね、それじゃー神様に喧嘩を売ってもらおうかしら」
「るーまで冗談言わないでよ」
ヴァンはふざけている二人に若干うんざりそうにしている。
「あら、私のは冗談じゃないわよ」
サラっと言い放つるー。ヴァンとロベルトは顔を見合わせ
「「まじですか」「まじかよ」」と呟いた。
「まぁーここはこんなになっちゃったし、その話はまた今度にしましょ」
あたりを見渡するー、ギルドはガラスが散乱していた。
おそらく街中が同様の有様だろう。
るーはセバスチャンに腰掛けると復旧にどれくらいかかるかロベルトに問いかけた。
答えは、ひとまず復旧させるには、一週間程度ということだった。
これにはガラスの撤去や修復作業はもとより、他のドラゴンの目撃情報など都市近郊の調査も含まれている。
「とりあえずお前たち二人は宿ででも適当に休んでてくれよ、準備ができたらこっちから連絡する。あーあと、村への連絡はこっちで手配しておくから心配するな。そうだなドラゴン退治の英雄漆黒の炎帝に特別なクエストを依頼するからしばらく帰れないと伝えておこう」
「わかったよロベルトっ……てやめてよね」
ロベルトは、はいはいと右手をパタパタとさせ同意しているスタンスを示したが、ヴァンからするとどうにも胡散臭い同意に見えた。
ロベルトの提案通り、ヴァンとるーは宿を取ることにした。
本来クエストの報告と登録だけであれば小一時間の作業なので、その日の内には帰る算段だったので宿の予約はしていなかったが、ロベルトの紹介でそこはすんなりと確保することができた。
「で、なんでシングル二つじゃないんだよるー」
怪訝な面持ちでヴァンが訪ねた。シングルの空き部屋は複数あり、ヴァンは当然シングルをふた部屋予約したのだが、いつの間にかるーがダブルに変更していたらしい。
「なんでって、男女が宿泊しにきて同じ部屋じゃないなんて不自然じゃないの」
さも当然のようにいうるーだったが、ヴァンの表情からはない一つ納得の色はうかがえない。
「別に男女って言っても夫婦じゃないんだから……」
その発現にるーは、頬を膨らませじっとヴァンを睨み付けている。
「な、なんだよ……」
「ヴァンってもしかして、あほなの?」
突然の罵倒にイラッとしたのか、ヴァンは眉毛をハノ時にして、るーに威嚇の表情を取った。
相対するるーはというと、ヴァンと全く同じ顔をして見つめ返していた。
あほのような沈黙が数分続いたが、先にヴァンが力尽きベッドへと倒れ込んだ。
「とりあえず今日は寝るよ。全力だして疲れたんだ」
「あら、貴方あれが全力なの?」
「――――そうだよ」
「ふ~~~ん」
「なんだよ」
「べ~つにぃ~~」
るーはやや不機嫌そうに、そして楽しそうにヴァンを見つめていた。
「それじゃーヴァン、一緒にお風呂に」
「入りません!」
そういうとヴァンは夢の世界へと旅立っていった。