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2.旅立ち~恋敵

「おーーいみんな! ヴァンが女連れて帰って来たぞ!! 」


 声の主は、アルメリア王国第3都リリンカール近郊の農村メリリカ村のギルドマスターギャラン・バーグマンその人である。一見すると山賊にしか見えない大男だが、頼りがいのある人物としてメリリカ村では人気者で、昔は冒険者として名をはせた人物である。


 少しくらい予想を裏切ってくれてもいいのにと、ヴァンは内心思いながら、集まって来たギルドのメンバーに、「森の中でウォーウルフに襲われているところを助けた」と説明をした。

 嘘ではないのだから何の問題があろうかと自分に言い聞かせていたが、仮に正直に話したとして、アレ<ディラック号>をどう説明すればよいのか頭の整理はついていなかった。


「そうかい、んでお嬢ちゃん名前はなんてぇんだ?」ギャランが言った。

「るー・るるー・るーと申します」るーが返す。

「ほぅ、また珍しい名前だな、年はいくつだ? 」

「18歳です」


 ヴァンは、少女だと思っていたるーが自分より1つ年上だったことに驚いたと同時に、だったら足にしがみついたのもセーフかと、内心よくわからない自己保身に走っていた。 女の子の足に必死でしがみつくという失態をなんとか取り消そうと、心の中で自分と戦っていたのだが、突然重たくなる場の空気に我に返った。


 場の空気が重たくなっていた理由をヴァンは一目で理解した、ギャランの目つきが明らかに敵を見る目だったからだ。


「ところで……、お嬢ちゃんはこんなところで何をしてるんだい? 」


 さっきまでの陽気なおっさんという雰囲気はどこへやら、それはギルドマスターとしての問いかけだった。ギルドマスターとして最も危惧しなくてはならないのは、このよそ者が村に害を成す者か否か、そこを見誤らないようにすることである。


 屈強な大男からの鋭い眼光と敵意ある質問に対して、るーはさしたる動揺もなくまっすぐ見つめていた。

 真っ赤な瞳に陰りはなく、まるで聖女の如くであった。

 その誠実さに、むしろギャランが視線を逸らした。


「故郷を救うため、強い人を探しています」

「――――なるほど」


 少女のまっすぐ過ぎる瞳にギャランはあっさりと納得したようで、それ以上質問の深追いはしなかった。

 ばつが悪そうに何かを誤魔化すように、頭をぽりぽりと掻いた。


「それなら王都のギルドで募集をかけた方がいいだろう、ヴァン、お前明日連れてってやれ」

「明日ですか!?」

「そろそろ月1のクエスト報告のタイミングだ、ついでに行ってこい。ところでお嬢ちゃん、強いってのはどれくらいのもんが必要なんだ?」

「そうですね……ドラゴンを倒せるくらいでしょうか」

「そりゃぁーまた、おめぇさんの故郷も大変だな」


 ドラゴン、霊峰ドランブールに棲む純正魔生成物の一種。

 生きていく中でマナを取り込み魔獣となるものたちと異なり、この世界に誕生する前から魔獣であるもが純正魔生成物である。その中でも高い生命力と破壊力を持っているのがドラゴンである。

 ドラゴンのブレスは鉄をも溶かし、その膂力はこの大陸に棲むどの生物をも圧倒する。 鱗は鋼より硬く、大抵の攻撃では傷をつけることすら難しく、さらに自由に空を飛ぶことができ、ある程度の知性まで持ち合わせている。

 仮に討伐するのであれば、一級の冒険者が何人いれば足りるだろうか、ドラゴンの幼生を討伐するだけでも1パーティ(8人)程度の戦力は必須だろう。


 霊峰ドランブールを主な生息域にしているドラゴンだが、時折人里に降りてきて多大な被害をもたらすことがある。台風のようなものだ。

 ギャランも故郷がドラゴンの襲撃を受けたという過去があり、るーの話を素直に信じたのもそのせいかもしれない。

 

「リリンカールまでは馬車で半日だ。今日はもう寝ちまいな、馬車はこっちで手配しておくよ」

「ありがとうございますギャランさん」


 深々と頭を下げるるーの姿は、凛として美しく、王族や貴族などの家柄を彷彿とさせる。聖女だったり王族貴族だったり、忙しないものだ。


「だが済まんな、部屋に空きはない、ヴァンと同じ部屋に泊まってくれ」

「ええ……!? 」

 本来であればるーが取るであろうリアクションをヴァンが取っていた。

「なんだ、俺やサンソンと同じ部屋よりはマシだろ」

「そりゃそうですけど」


 困惑しているヴァンをよそ眼に、「私は構わないわよ」とるーは不敵な笑みを浮かべていた。




「またなんとも……寂しい部屋ですねぇー」


 さっきまで姿が見えなかったセバスチャンが、哀れな子羊を見るかのような眼でヴァンを見ていた。寂しい部屋とは何事かと言い返したいヴァンだったが、ヴァンの部屋には、一人用のベッドが一つに、机が一つ、机の上には冒険者用の指南書が何冊か置いてある程度で、ほかには特に何もなかった。


「ほっとけよ、これだけあれば生活できるんだよ」


 それはヴァンにとっての最大限の負け惜しみだったが、この手のやり取りをした後は、素直に負けを認めてしまったほうがよかったと思うことの方が多いものだ。


「るーの故郷はドラゴンに襲われてるのか? 」

「あぁーあれね、あれはあくまで物のたとえよ。別にドラゴンに襲われている訳じゃないわ、いっそドラゴンならどれだけ気が楽か」

「ドラゴンの方がましって、いったい……」


 ヴァンは、一体どんな問題を抱えているのかと聞こうとしたようだったが、興味本位で聞いていいことではないような気がしたのか言葉を詰まらせた。

 その様子を察したのか、るーも「それほど大したことじゃないわ」と笑って見せた。

 ヴァンは内心失敗したという表情をしていた、軽率に必要以上に踏み込み過ぎてしまったと。

 それがあまりに無粋であることは自分自身がわかっている筈なのにと。

 

「そういえば、呼び方はるーでよかったのか?」

 なにげなく呼び捨てにしていたが、今更ながら失礼にあたるのではないかと思ったらしいヴァンがるーに聞いた。

「ええ、るーでいいわよ、貴方は」

 今更なにをと言わんばかりに即答するるー。とは言え合意を取っていなかったのは自分も同じだったなと思ったかのように合わせて確認した。

「ヴァンでいいよ」

「それじゃあヴァン、明日もよろしくね」そういって、るーが握手を求めた。

「あぁ、明日もよろしく、るー」ヴァンがそれに答え、握手をした。


「ところで話は変わるんだけど」ヴァンはおもむろにるーに質問を投げかけた。

「なぁに?ヴァン」るーは聞いた。

「セバスチャンは、一体なんの精霊なんだ?」ヴァンの質問は、この国に住む者であれば当然の質問だっただろう。


 精霊、純正魔生成物にして、アルメリア王国では神の使いとされており、火や水などの属性を司っている。


「えーっと、機械の精霊よ」若干どぎまぎしながら、それでも答えを返するー。

「キカイの精霊……聞いたことないな」一体どんな属性なんだと疑問に思いつつ、自分の勉強不足だとヴァンは思ったようだった。


「まぁーあれよ、いろいろ便利な精霊様よ」セバスチャンの頭を撫でながらにこにこしながらるーは言った。

 便利と呼ばれ当のセバスチャンは胸を張っていた。


「精霊様を便利って、また罰当たりな」ヴァンは窓の外の精霊様に聞こえたらどうするんだと、内心びくびくしているようだった。


「さ、そんな話はあとにして、お風呂に入りましょ」

 そんな話といわれ、セバスチャンの顔が若干悲しげになった。

「あぁ、お風呂なら廊下の奥の突き当りを右だよ」人差し指であっちあっちとヴァンが示した。

「今日助けてもらったお礼に一緒に入りましょうか?」含みもなく、冗談めいた笑顔もなく、るーは本気で言っているようだった。

「結構です」ヴァンは真顔で即答した。


「別に変なことするわけじゃないわよ?」 

 るーは、なんで断られるのだろうと不思議そうな表情でヴァンを見ていた。


「当たり前だし、何もしなくても一緒には入りません!!」

 何故そんな不思議そうな目で見るんだと呆れた顔でヴァンが答えた。




――――翌朝



「よぉお二人さん、昨夜はお楽しみだったかい? 」


 爽やかな朝の陽ざしを背に、まったくもって爽やかではない質問をぶつけてくる男ギャラン・バーグマン。年頃の男女が同じ部屋で寝泊りしていたのだから、間違いが起こってもおかしくはない、がしかし、ギャランからしてみれば間違いなど起こっていないと確信しているからこその質問だったのだろう。


「何も床で寝なくたっていいのに」るーがつぶやく。


 少し不満そうな顔をしてぼやいているるーを横目に、そんなことを言ったら余計にからかわれるんじゃないかとヴァンはヒヤヒヤしているようだった。


「まったく、お嬢ちゃんの方がよっぽどしっかりしてんじゃねぇーか」ギャランがガハハハと笑いながら言う。


 一般常識に照らし合わせれば、至極真っ当なのはヴァンのはずであるが、どうもそうではないらしい。世の中とは本当に不条理なものだ。


「ヴァンったら一緒にお風呂に入ろうって誘ったのに断るんですよ」るーがとても不満そうにギャランに言った。

「なんだと!? ヴァンてめぇーそれでも男かッッッ!!! 」 

 

 何故、るーとギャランが意気投合しているのだろうかと、とても不思議そうな顔でヴァンは二人を見つめていた。


「るー、馬車の準備ができたみたいだから、俺は先に乗ってるよ」

 ギャランが手配してくれた馬車を指さし、ヴァンは言った。





――――




アルメリア王国第3都リリンカール



「ん~~、半日馬車はお尻が痛くなるわね」

るーは馬車から飛び降りると、自分のお尻を撫でまわしていた。


 ヴァンは、なぜ一々いやらしい感じにする必要があるのだろうかと疑問に思っているかのような面持ちでるーを見つめていた。ヴァンにはそれがワザとなのか天然なのか判断がついていないようだった。


「ねぇヴァン、お腹が空いたわ」るーがお腹を撫でながら上目遣いで言った。

「君は……一体なにを言っているんだ」ヴァンは呆れた顔で言った。


 馬車に乗る前に朝ごはんを食べ、馬車の中でも、ギャランが容易してくれた軽食を一人で平らげ、あまつさえお腹が空くというのだからヴァンが呆れるのも無理はないだろう。昨日見せた聖女や王族貴族の雰囲気はどこに行ったのかと、ヴァンは少し不満げなようだった。


「この街で一番美味しいものはなに?」不満げなヴァンのことなどお構いなしに、るーは続けてヴァンに言った。

「それよりまずはギルドだぁー!! 」

 ヴァンの悲しき思いが青い空にこだまする。


 リリンカールは商業都市である。都市の規模だけでいけばアルメリア王国でもっとも規模が大きい都市だろう。第1都ラーマは王族と王国魔法騎士団、および元老院ほか政務者がほとんどで都市としての華やかさはないし、第2都カカンタは大精霊を祭る宗教都市として栄えてはいるが、やはり華やかさというものとは縁遠く、どこか排他的な雰囲気さえある。

 一般国民の中心という意味では、ここリリンカールがアルメリア王国の中心と言っても過言ではなく、国内最大規模のギルドや腕自慢が日夜その力を競う闘技場、最大規模の市場が今日も国民の生活を支えている。


「あらリッヒーさん、今日はクエストの報告ですか?」

「やぁレベッカ久しぶり、うん、月1の報告にね」


 ヴァンに声をかけた彼女の名前は、レベッカ・オールソン。

 リリンカールのギルドで受付担当をしている。

 ヴァンとは同じタイミングでギルドに加入した同期生のようなもである。

 人当たりのよい性格で、ピンクのふわふわした髪が特徴的だ。リリンカールの天使と言えば大体の人には通じてしまう程度の人気者である。


「それにしても今回は……」


 今回はいつもより早いんですねと言おうとしたレベッカだが、一変して顔から血の気が引き真っ青になっていった。まるでジャイアントフロッグのように。


「レベッカ!? どうしたの!?!? 」レベッカのあまりの変貌ぶりに驚くヴァン。

「リ、リッヒーさん、そ、そちらの方は? 」レベッカは震える声でヴァンに言った。


 レベッカの視線の先にいたのはるー。るーの姿を見てレベッカは動揺しているようだった。

 

「あぁ、彼女はるー、昨日メリリカの森で襲われているところを助けてね」ヴァンが答える。

「運命の出会いですか!? 」レベッカは今にも卒倒しそうな勢いでヴァンに聞き返した。


 レベッカの慌てぶりについていけないヴァンとは裏腹に、状況を察したかに見えるるーは先制攻撃に打って出た。

「ねぇヴァン、紹介してもらえるかしら」これでもかと親しげに、るーはヴァンに話しかけた。

「ヴァン!? 」レベッカは、るーが親しくヴァンの名前を呼んでいるのを見て、さらに動揺しているようだった。


 

「あ、あぁ、彼女はレベッカ・オールソン、この街のギルドで受付担当だよ。で、こっちはるー、昨日森で襲われているところを助けて、ギルドにクエストを立てるってことになって案内しに来たんだ。」

 ヴァンは今一つ状況が理解できていないようだったが、自分だけは落ち着かなくてはと思ったのか、冷静に、業務連絡のように説明をした。


「よ、よろしくお願いします」レベッカは若干の落ち着きを取り戻し、るーに言った。

「こちらこそよろしく」るーは余裕を見せつけるがごとく、にこやかにレベッカに返した。

 彼女達はお互いが敵同士だということをしっかりと認識したようだったが、肝心のヴァンは何一つことの本質を理解していないようだった。



お粗末様でした。

地の分 人称の難解さを改めてかみしめる第二話でした。


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