10.船を直そう
「ヴァン、調子どーおー?」
間の抜けた声の出どころはソファーの上、退屈そうに仰向けでこちらを見ているるーからだった。
昨日、イザベラから武術指南は卒業したらしく、今日はずっとヴァンにちょっかいを出していた。
「ぼちぼちだよ」
答える彼の指先には小さな炎が揺らめいている。
初めの内はマッチ一本程度の火を起こすつもりで街が吹き飛ぶほどの大爆発が起きていたが、今では火力調整は思うがまま、熱くない炎すら出せるまでになっていた。
もはや物理法則とはなんだったのかという次元である。他にも
『電位差を必要としない雷』
『濡れない水』
『重くない鉄』
『食べられる雲』
『瞬間移動』
『空を飛ぶ』
鉄が重くないのは構成している原子が異なっているからか?だがそれではもはや鉄ではない。ではその鉄だけ重力が異なるのか?そもそもそれは本当に鉄なのか? 考えだしたら切りがないので、彼は考えるのをやめた。
出るものは出るのだからしょうがないのである。
本人が理解する範疇において発現するはずの魔法ではあるが、何故重くない鉄なんてものが存在するのかまでは理解しなくてもいいらしい。
この理屈においては、怪我人を神様が直すという魔法は容易に発現できるが、術者自身が傷口を縫合するという魔法を使う場合、人体を正しく理解しておく必要がある。
「るー、気になってはいたんだけど、急がなくていいの?」
るーは如何にも退屈そうにソファーでゴロゴロしながらお菓子を頬張っている。 無限に出てくるお菓子もすごいが、無限に吸い込んでいる彼女の胃袋もどうかしている。これだけ食べても太らないのは、一体どれほどのカロリーを消費して生きているのだろうか――――そんなことは些細な問題として、そもそもここに来たのは、るーの故郷の戦争を止めるためで、さしあたって詳しい戦況を確認したわけではなかったが、るーがあまり急いでいるようにも見えなかったのであまり深くは尋ねていなかった。
「もちろん急いでないってわけじゃないけど、どの道船が壊れたままじゃどうにもならないしね。セバスチャンから直ったって知らせもないし。ってもしかして今のヴァンに頼めばレイリーまでワープできたりするの?」
「知らせって、ここじゃ手紙は届かないだろ。あとワープは一度行ったところじゃないとだめっぽい。」
「魔法も万能じゃないのね。セバスチャンからの手紙なんて要らないわよ?貴方たち変なところ前時代的よねぇ」
彼女は髪をかき上げ耳のピアスを見せている。
ルビーのように真っ赤なそれは、どうやら説明によると、セバスチャンと会話ができるアイテムらしい。
「イザベラさんって、るーの船直せたりしないのかな」
ヴァンの霊物学的進化を促し、どうやら大昔レイリーにるー達の先祖を送ったらいいイザベラ。仮にその話が本当であれば一体イザベラはいくつなのか、そもそも人なのか、いや絶対に人ではないだろう。
そんなイザベラであれば、るーの船を直すことくらい容易い、むしろ直せない方が理屈に合わないというものだ。
「そういえばそうね、イザベラさんだったら船くらい直せるわねきっと」
そういってるーはイザベラを探しに外にでた。
時刻は昼過ぎ、太陽が真上に登っている。
今日は雲一つなく、太陽がよく見える。
太陽は目の前だが暑さはなく、むしろ肌寒い。
標高のせいだろう。しかし酸素が薄いということはないようだ。
彼らがドランブールに滞在して早二週間、魔獣の聖域と思われていたそこは形容のしようもなく天国のような場所であった。
一面花が咲き乱れ、綺麗な水が天から降り注ぎ川と湖を成している。さすがに海はないかと思っていたがイザベラに聞くところによると海もあるらしい。
そんな天国のような場所には魔獣以外にも動物達が暮らしており生態系を築き上げている。
イザベラによれば、下界は魔素が薄すぎて息苦しいため、魔獣は気性が荒くなっているだけで、本来は狂暴なわけではないらしい。
「やぁ君たち、お姉さんに何かようかい?」
今日も今日とて相変わらずつかみどころのない竜王である
そもそも彼女には要件を伝える前に大体ばれているような節がある。
何故だかわからないがそんな気がする。
恐らくその予想は当たっているだろう。
それが相手の考えを読み取る類の魔法なのか、ただの勘のいい推測なのかは分からなかったが、兎にも角にも言う前からバレて居る。とは言え一応会話という形式をとる必要はあるらしく船を直せるかどうかを尋ねてみる。
「実物を見ないことには分からないけど、たぶん直せるんじゃないかなぁ」
てっきり「お姉さんなら余裕余裕」と一つ返事が返ってくることを予想していたので些か驚く――――というかがっかりするるー。
船を直接見せる必要があるということだが、どうやらイザベラが下界に降りるのは惑管憲章に抵触するので出来ないようだ。
惑星管理局というものが何なのかについて聞いてみたい気持ちはあったが、仮に聞いても面倒なことになるだけという予感があったため、二人は特に追及はしていなかった。
「どうするヴァン?」
ドランブールの頂から下界に戻る方法はいくつかある。
一つ、ヴァンがゲートを作る。
一つ、飛ぶ。
一つ、歩いて帰る。
イザベラに船を見せるだけでいいなら、ヴァンが船をここにワープさせるだけでも事足りる。
最終的に、二人はクエスト報告も兼ねて一旦街に戻ることにした。
***
リリンカールの街は今日もドラゴン討伐記念のお祭り騒ぎであった。
ドラゴンの襲撃という大惨事に見舞われたが大した被害もなかったため、皆の記憶には英雄の登場として残っていた。
街のいたるところで、どこからやって来たかわからないような一団がパレードを行い、市場は半額セールで賑わっている。
賑やかなのはいいことだが、街の治安維持をしている側からしたらこの上もなく面倒である。
祭り騒ぎに乗じて悪事を働く輩というものはどこにでもいる、それが国家最大の商業都市であればなおのことである。
そんな浮かれる街を眺めながら、ロベルトベッカーは溜息をつく。
カールツェンからクエスト失敗の連絡と、特別報酬として成功報酬の数倍の報奨金が送られてきた。
クエストが失敗したにも関わらず多額の特別報酬。
業務上処理する立場の苦労も考えてほしいものである、こんなもの第三者が見ればただの賄賂である。王国所属の冒険者ギルド監視局にはなんと説明したものか――――特別報酬も直接渡しにリリンカールに訪問していたカールツェンの表情からして、クエスト自体は成功したということは読み取れたが、その後ヴァン達が返ってくる気配はなかった。
「成功したってことは――――お前は今や本当に英雄と同じになっちまったのかね」
英雄になったであろう友人を思うとロベルトは頭が痛くなった。
この先予想されるのはヴァンを引き込むための各国要人からのオファーだろう、そして自国の手駒にならないのであれば脅威になるまえに暗殺する、そんなところだろう。
「とりあえずは秘密にしておくのがいいだろうな」
ロベルトが虚空に呟くと、なぜか後方から返事が返って来た。
「一体何を秘密にしておくんだいロベルト?」
振り向いた先には、ヴァンとるーの二人が立っていた。
ドアからこっそり入って来たのかと思ったがそんなはずはない、そのためにはロベルトの視線を必ず通るはずである。
「お前たちどうやって入って来たんだ?」
ロベルトはやや呆れ顔で、ほぼ見当はついていたが一応確認することにした。
「ゲート《空間湾曲点》作った」
ヴァンが真面目な顔でピースサインをするのを見て、ロベルトはハッと笑うと頭を抱えて椅子に倒れ込んだ。




