1.出会い
アゼリティア大陸。
数多の銀河の内の一つ、アルゴル銀河系・第6惑星シェーレに存在する大陸の一つ。
大陸の中央には、成層圏に達し大陸の何処からでもその存在が確認できる魔獣の聖域、霊峰ドランブールを有し、四方には霊峰により分断され、東西南北にそれぞれ
精霊の森を有する魔法国家アルメリア王国
武帝ラ・ヴァーナ3世率いるラ・ヴァーナ帝国
雪原の大国サムリア連邦
砂漠の工業国家カーサス共和国の4大大国が各々の土地を統治しており、ここ数百年、国家間での争いはなく、表面上は平和な時代を迎えている。
――――
「フレアランス!!」
少年の叫びとともに複数の火球が出現したかと思えば、目の前の標的に向かって一直線に火柱が突き刺さる。
標的となっていたのは、マナを取り込みすぎて狂暴化した野生のイノシシ。
この星の大気にはマナと呼ばれる純エネルギー体が存在し、この星に生きる生物はマナとともに生きてるが、まれにマナを取り込みすぎて狂暴化してしまうものや、神格化してしまうものがいる。今回少年の標的となったのは前者である。
「ふぅー、これで今回の討伐クエストは完了かな」
魔法国家アルメリア王国には冒険者が属するギルドがあり、彼もその一員である。ギルドは小さな村から首都に至るまでほとんどの生活領域に存在し、人々の生活を支えていた。 特に彼のような所謂冒険者と呼ばれるカテゴリーに属する者たちは、一般人では困難な魔獣の討伐や、秘境でのアイテム収集などに従事し、国の安心と安全を守るものとして、一部を除き人々から敬られている。
「さてと、あとは薬草を集めて帰りますか」
「いや、その前にひとまず腹ごしらえといこう」
先ほど討伐したイノシシを、腰に帯刀していたロングソードで捌き、威力を抑えた火球にてこんがりと焼く。魔獣になろうと元はただのイノシシなので、倒してしまえばおいしいお肉である。遅めの昼食を終わらせた彼は、薬草収集のためさらに森の奥に進む。
薬草収集の難易度は、収取対象というよりは収集環境に左右されることが多い。珍しい薬草であればあるほど秘境に存在している場合が多いからだ。秘境に存在しているから珍しい薬草ともいえるが。
この森で取れる薬草は、珍しくはないが実用性の高い体力回復系のもので、軽く揉んで傷口に貼ればちょっとした傷であればすぐに塞がる。もちろん入手難易度を付けるまでもなく、その辺に生えているので誰でも手に入れることができる。
「だいぶ暗くなってきたな」
バックパックに薬草を詰め込みながら空を見上げ、そろそろ帰ろうかと思った矢先、上空に光る大きな謎の物体があった。目が眩むほどの眩い発光、辛うじてそれが円形の何かしらであるということは把握できたが、理解できたのはそれだけである。
「え……?」
困惑するヴァン。今までなかったものが突然目の前に現れたのである、しかも想像だにしないものが。自身の知識に対しそれが何かを問うてみたが答えなどあるはずもない。目の前で起きた事象を理解はできなかったが、できることは限られている。傍観か逃走か迎撃かの何れかである。
「逃げるか……いや」
目の前のそれがただの危険な魔獣であるならば、問答の余地なく逃走を選ぶところだが、正体不明、理解できぬものを目の前にしての単純な逃走は危険であると判断した。しかし、すぐさま逃げておけばよかったと後悔するのである。上空にあったそれが、音もなく近づいてきたのだ。 音もなく近づいてくるそれから全力で逃げた。幸い村までは全力で走れば数分という距離だ。
「ってまてまてまてまて!!」
村まで戻ってどうするつもりだと、自分自身に問いただす。村で冒険者をしているのはヴァンひとりである。仮にヴァンにどうにかできないものを村人がどうにかできるわけもない。ここはなるべく村から遠ざけないと、そう思い逃げる方向を変えようとした瞬間、彼の体が宙に浮いた。
逃げようにも地面から離れた足は役になってくれない。こんなことなら飛翔系の魔法も練習しておけばよかったと後悔しつつ、ヴァンは光る謎の物体に吸い込まれた。
――――
「初めまして、私の名前はるー・るるー・るー、貴方は?」
目の前にはドラゴンの鬣を思わせるような美しい黒髪ロング、赤い瞳に真っ白なワンピース少女が立っていた。
「え?あ、ヴァ、ヴァン・シュタイン・リッヒーです」
名前を聞かれたので答えただけだったが、恐らく自分が喰われるようなことはないという安心感からヴァンはその場にへたり込んだ。
「貴方、大丈夫?」
へたり込んでいるヴァンを、るーと名乗った少女は心配そうに見つめている。
「ちょっとセバスチャン、キャトルミューティレーション荒っぽかったんじゃないの?」「いえ、生体スキャンを行いましたが、彼の身体に問題はありません、精神的疲労が原因のようです。」
セバスチャンと呼ばれたそれは明らかに空飛ぶ子豚だった。
「空飛ぶ子豚がしゃべってる?」
「可愛いでしょ?」
にっこりと笑うと、るーが続ける
「さて、貴方に聞きたいことがあるのだけれど……」
るーが話し始めたその瞬間、爆発音が鳴り響いた。にこにこしていたるーの表情が一転して、眉間にしわを寄せ厳しい表情に変わる。
「セバスチャン何事!?」
「これは……あぁ……反物質生成装置で故障ですね」
「何でよ!?」
「不明です」
「どうなるの!?」
「落ちますね」
昔調子にのって崖の上から川目がけて飛び込んだ時のことをヴァンは思い出していた。自由落下していることをすぐさま理解したが、緊急事態にとにかくなにかに捕まるよりほかにできることはなかった。
「あれ、止まった?」
当然訪れるであろう衝撃に備えていたヴァンだったが、それは訪れなかった。
「反物質生成装置が故障しようとも、このディラック号の耐衝撃性能が失われるわけではないですからね」
セバスチャンがえっへんと胸を張り、得意そうにしている。
「そういうのはいいから、とにかく状況を確認してセバスチャン」
「承知いたしました。」
「さてと、とりあえず離してもらえる?」
衝撃に備えて、るーの足にしがみついていたヴァンに、るーは優しく微笑んだ。
ごめんと言いつつ慌てて離れるヴァン。
「えーっと……で、俺に聞きたいことって?」
慌てて少女の足にしがみつくという失態を隠そうと、話を進めようとするヴァンだったが、にやにやとこちらを見つめているるーを見て、この先、精神的優位を獲得できそうにもないという予感を感じていた。
「では単刀直入に、貴方どれくらい強いの?」
この時ヴァンはいくつか質問を予想していた、「ここはどこか?」「どこそれに行くにはどうすればよいのか」等々、しかし予想に反した質問に目をぱちくりさせる。そんなことを聞いてどうしようというのか。
「どれくらい強いか?」
「ええそうよ」
「そこそこかな?」
「……そこそこって……?」
やや眉間にしわを寄せてるーが聞き返す、どうやら期待した答えではなかったらしい。そもそもどれくらい強いのかという答えをヴァンは持ち合わせていなかった。
冒険者なのだから当然そこらの村人に比べれば格段に強い。ちょっとした魔獣相手にも遅れは取らないだろう。ではギルド内でどれくらい強いのかというと、そんなものは確認したことがないから分からないし、純正魔生成物たるドラゴンやゴーレム相手に戦えるかと問われても、戦ったことがないのでわからない。
「るー様」
「原因は分かったのセバスチャン?」
「はい、とりあえず故障の原因はわかりましたが……」
「が?」
「直るかどうかは運しだいですね」
セバスチャンによれば、反物質生成装置の故障の原因は、反物質生成のため大気中に存在する水分を取り込み水素原子の反物質を作り出す際に、処理不能の物質を取り込んでしまったため、反物質の生成に失敗したのだというこのなのだが、ヴァンにはさっぱりなんのことだか分らなかった。
「で、直るの?」
「ひとまず自動修復機能はONにしましたが、仮に直ったとしても作動させてしまえば同じ現象が起こると思われます。」
「対消滅エンジンに反物質は残ってないの?」
「残ってはいますが、帰還は難しいかと……」
んーっと唸りながら、るーは中指で眉間をトントンと叩きながら何やら思慮にふけっているようだ。部外者のヴァンからしても只ならぬ事態になっていることは予想できたが、状況が読めずただ沈黙に座するしかない。
数分の沈黙、重々しい空気がその場を支配した。一見コミカルなセバスチャンが微動だにしていないことが、ヴァンからしたらさらにその空気の重さを物語っている気がした。と同時に、自分がここにいる必要性もないと感じた。
「とりあえず、帰っていいかな……?」
ひとまず彼らには敵意はないヴァンはそう判断したので、隠すことなく自身の本心を提示したヴァンだったが、返答は彼の望むものとは少し違った。
「そうね、それじゃ行きましょうか」
「行くって、一緒に?」
ええそうよと、るーがポツリとつぶやいていつの間にか開いたドアのようなものから外に出る。閉まりそうになるドアに慌ててヴァンも飛び出す。
(ギルドのみんなにはなんて説明すればいいんだ……)
ヴァンの現在の寝床は、ギルドが冒険者に提供しているもので、ギルド関係者は皆そこで寝泊りしていた。そんなところにるーを連れて帰ったとなれば、何を言われるのだろう。考えるだけでも恐ろしかった。
(マスターにはからかわれるんだろうなぁ)
村までは直進すれば十数分の距離ではあったが、魔獣に襲われることを避け少し遠回りをしていた。自分ひとりであればさほど問題ではないが、るーとセバスチャンを守りながらとなれば自分の今の実力ではいささか不安があったからだ。
今の時期、襲われるとしたら群れで行動しているウォーウルフの可能性が高い。少なくとも10体ほどの群れで行動しているので、守りながらとなれば分が悪いのは明白だ。
「この森はモンスターとかでないのね」
もう少しで村に着こうかというところで、少し退屈そうにるーがつぶやく。そんなことを言ったら出てきてしまうのではないかと不安になるヴァンだったが、嫌な予感というものは的中するものである。
ウォォォオオオオオオンン
狼の遠吠えのそれは、ウォーウルフの狩りの合図、周囲には数匹のウォーウルフが迫っている足音が聞こえる。
「こっちに来て!!」
るーを抱き寄せると、数秒後には出現するであろう敵を想定し、魔法の発動の準備をする。敵に囲まれてしまっては守り切れないと判断したヴァンは、先手必勝で敵を全滅させることを決断した。るーがきょとんとした顔でヴァンを見ていたが、ヴァンにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
「フレアランス!!」
飛びかかって来たのは5匹のウォーウルフ、幸いにも小規模の群れだったようだ。すべての敵を火柱が突き刺し絶命させる。精度よく狙っている余裕はなかったので、必要以上に大きな火柱を発現させてしまったため、予想以上の疲労がヴァンを襲っていた。
「おーーーー」
ぱちぱちと拍手をしながら、抱き寄せられていたるーが嬉々とした表情でヴァンを見ていた。抱き寄せていたことよりも、思いのほかの高評価にヴァンはなぜだかとても恥ずかしくなった。
「ねーねー今の何??」
「え、どれ?」
「今の炎がどーーーんと出たやつよ」
ヴァンからすればそれは思いもよらない質問であった。今のが何かと問われれば、それは言わずもがな魔法である。詳しいことはさておき、物心ついた頃には誰であれ大なり小なり使えることができる。そんな魔法のことを聞かれるとは思っても見なかったのである。
「ねーねーセバスチャン!!今の観測できた!?」
嬉しさのあまりか先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、るーが子供のようにはしゃいでいる。
「はい、彼が火柱を出現させた際に、いろいろと計測値が振り切れました」
「どういうこと?」
「我々が観測できる物理法則の外の出来事ということでしょうか」
「つまりどういうことなのよ??」
「つまり、よく分からないということが分かりました。物理法則でも書き換えてるんじゃないですかね?」
「なんでそんなことができるのよ!?」
「私に聞かれましても……」
また何かよくわからない話をしている。そうヴァンは思っていた。
なぜただ魔法で火柱を出すことにこんなに驚いているのだろうか。
「ねぇーヴァン」
「な、なに?」
「今のはどうやったのよ?」
魔法の発現とは、すなわちマナを取り込み一時変換したエーテルを用いることで、任意の事象を作り出すことである。マナの吸収とエーテルへの変換は、エーテル器官により行われており、エーテル器官は主に経絡上に存在している。発動させる魔法は、単純に術者のイメージをもとにしているが、術者本人が理解していないものは発現できない。魔法陣や魔具を補助に用いれば術者のイメージを必要とせずに魔法を発現でき、これらの魔法を2次変換魔法という。
「っとまぁ……こんな感じなんだけど」
ヴァンは、ギルドの冒険者向け魔法基礎理論の内容について簡単に説明をしてみたが、るーは釈然としていないようだった。
それもそのはず、彼女の質問はどうやって酸素を取り込んでATPを生成しているのか?どうやって心臓を動かしているのか?を問うているレベルに等しいが、ヴァン本人の自覚するところではないので答えられないのが当然である。
釈然としない面持ちのるーではあるが、これ以上の質問は意味をなさないだろうという結論に至った。
「まぁーいいわ、その話はまた今度詳しく聞くから」
どこか拗ねた顔をして話を切るるー、また今度があるのかと、ヴァンは夜空を見つめた。