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夕食。
誘ったわけでも、誘われたわけでもなかったが、甲斐雪人は、神田隆志、夢宮さやかと食堂のテーブルをともにしていた。夢宮の前にある軽めのサラダは、しかし、少しも減っていない。
「芹沢お姉さま、大丈夫かしら?」
先ほどからこの繰り返しである。体育館は一時的に閉鎖され、教室で待っていると担任の香川定吉が紙を一枚持ってきて貧血だと説明した。大事をとって、すでに今日は休まれている、とのことだ。
「芹沢さんって、どこに住んでるの? 近く?」
甲斐は神田に話しかける。
「お前、そんなことも知らないのか。せめて前知識はもう少し持ってから来たほうがいいんじゃないか。芹沢さまは敷地内に屋敷があって、そこに住んでるよ。純正芹沢学園、彼女の姓が入ってるだろう」
「それじゃあ、この学園は彼女の?」
「何代か前のね」
「四代前よ」
夢宮が神田を睨む。まるで、何代か前というあいまいに説明したことを責めているかのようだ。
「一人っ子なの?」
「末っ子よ。姉が二人と兄が三人。兄、兄、姉、兄、姉の順番。蘇芳さま、鴇さま、菫さま、浅葱さま、茜さま、そして雅さま。浅葱さまと茜さまは大学に通われていて、あとはもう社会人よ。有名でしょ?」
知らない。けれど、不思議だ。甲斐が、どうして雅なんだろうと、疑問を口にすると、頭を夢宮に叩かれる。
「芹沢お姉さまを呼び捨てにしないで!」
「いや、そういうことじゃなくて。それに、彼女の貧血って以前から?」
「そんなことないわ。集会で倒れるなんて、初めてのことだもの。せっかく校長の話を必死に聞いてたのに、あれじゃあ意味がないわ」
「寝てたくせに」
「熟考してたのよ」
「だとしたら、なおさら変だ。あれはまるで……」
甲斐はあの時の芹沢雅の表情を思い出す。びくっとして、正面を一度向き、顔をふるふると震わせる。口が、なぁにと動くが、その直後マイクを倒し、両耳をふさぐように、がくんと倒れ、そのままうずくまるようにして、震える。
「脅されているようだった」
「ああ、確かに」
神田も相槌を打つ。
「何よ、芹沢お姉さまが誰かに恨まれているとでも言うの?」
「動機を探せばすぐに見つかりそうだけどね、あれだけ女性との声援が多いと」
「ある女生徒が好きな男子生徒がいたが、その女生徒は芹沢さま一筋。それを恨みに」
「だけど、動機よりも方法のが問題だよ。少なくとも僕には、誰かが彼女を脅迫しているような声は聞こえなかった」
神田も夢宮も頷く。二人にも聞こえなかったようだ。声ではなく、視覚的な方法だろうか、とも考えるが、そんな方法は思い浮かばない。目の前の生徒だとしても、かなり大きな文字で書かなければ、壇上からそれを読むことは難しいだろう。そして、もちろんそんな生徒がいたとしたら、この時点で甲斐たちはこんな議論を交わすことなく、すでに解決しているだろう。
が、それ以上にこの話題は続かなかった。情報が足りないのだ。それでもさらに話を進めるならば、ただの憶測になってしまう。
それよりも、と話題を変えるように神田が甲斐を見た。
「芹沢さまはお前のことをかなり高く評価しているように思うのだが」
「そうよそうよ。今日の学園集会も、まるで雪くんを紹介するためって感じだったもの」
甲斐は目を開いて二人を見る。
「雪くんって、一体何者なの? 今日の授業も初日とは思えないほどしっかりしてたし。あの香川がまるで試すように名指ししたのに、すらすらと答えて。おかげでわたしはすっきりしたけど」
「たまたま気がついただけだよ」
そのたまたまがすごいのよ、と夢宮は口をすぼめてつぶやく。
「どういう経緯でこの学園に転入することになったんだよ」
甲斐は曖昧に肩をすくめる。
「たまたまだよ」
もう一度甲斐はそう答えた。