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ラプラスの悪魔が囁く  作者: なつ
第五章 誰の手の平の上にあるのか
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  6


 図書棟にはまだ多くの警官が残っているが、幸いなことに、彼らの多くは時計塔の例の隠し部屋付近に集中している。甲斐雪人は午後のまだ明るい時間であったが、図書棟で周りを確認してから、もう一つの隠し部屋に入る。

「そんなにあわててようやく来たか」

 甲斐が来ることを予想していたのか、篠塚桃花はあらかじめベッドに座り、両手を揃えるようにふわふわのスカートの上に載せている。言葉を発しなければ、球体人形そのもののだというのに、もともとふっくらとした頬は辛らつに膨らんでいる。

「だって、これってどういうことだよ?」

「あいまいだな。香川が自供していないことか?」

「ももが、罠を仕掛けた理由だよ」

「罠を仕掛ければ、誰が犯人か分かる」

「だって、よく考えれば、罠なんて仕掛けなくても、犯人が誰かなんてすぐに分かるじゃないか」

 甲斐の言葉に驚いたのか分からないが、篠塚は一度目を大きく開くと、甲斐が隣に座るようにとジェスチャーする。甲斐はそれに従い、篠塚の隣に腰掛ける。その振動でベッドが柔らかくきしみ、小柄な篠塚が一層小さくなる。

「ただ、舞台からまっすぐ見れば、そこに犯人がいる」

「その通りだが?」

「問題は、どうしてももがそんな回りくどいことを僕にやらせたのかってことだよ」

「どうしてだと思う?」

「ももは、芹沢さんから犯人が誰かを教えてもらえないことが分かっていた」

「可能性の問題だ。わたしは雅お姉さまが脅されていたことを知っている。その日までに、図書棟に行く理由を説明するか、それを止めるか、と。そして、雅お姉さまが選ぶ答えは明白だろう」

「ももがここにいるから、芹沢さんは図書棟に来ることを止めない」

「だとすれば、犯人が、直接雅お姉さまに危害を加える可能性がある。可能性がある以上、他の方法で、犯人を特定しなければならない」

「だったら、その時点でトリックを教えてくれていれば、僕が体育館で誰が犯人か、香川先生のことだけど、すぐに分かったじゃないか」

「違うな」

「いいや、そうだ。そうすれば、未然に防ぐことができたかもしれない」

 ふぅとため息をつき、篠塚は首を振った。

「お前は、もう少し優秀だと思っておったぞ」

「僕は、確かに無能かもしれないけど……」

「わたしがいつ、お前にトリックを教えることができた?」

「だから図書棟に来た時に」

「最初にお前がこの図書棟に来た時は、確か、わたしのことを幽霊だと怒鳴ったな。その時甲斐よ、お前はわたしに事件の話をしたか?」

 甲斐が思い出そうとしている間に篠塚は続ける。

「そして、二回目に来た時、すでに二度目の集会は終わっていた。あとは犯人がどう動くのかを待つだけだ。そのときわたしが最初に言った言葉を覚えておるか?」

 少し考えてから、甲斐は首を振る。事件について話した気がするが、そこまで覚えていない。

「甲斐よ、お前なら毎日来てくれるものと思っておったのだが」

 言われて、確かにそのようなことだったような気がする。

「お前が毎日来ていれば、結果も変わっただろう。ふん、信じられないという顔をしているな。もう一人の犯人については、目星がついたのか?」

「誰に、芹沢さんが刺されたのか」

「気がついてはいるのだな」

「生きていたことに喜んだけど、そんなことあるはずがない」

「香川は自分が犯人ではないと主張している」

「それが本当だとしたら、犯人は」

「芹沢雅」

「まさか」

「その可能性を、甲斐も考えていたはずだ。むろん、雅お姉さま一人で考えたのではないだろう。それに、自分一人では不可能だ。共犯者がいる」

「藤枝百合子」

「どうしてそう思う?」

「他にいない」

「なるほど。確かに彼女ならすべての条件に当てはまるな」

「すべての条件?」

「雅お姉さまだけでなく、香川とも同等の関係がある。彼女は司書として、図書棟を管理している。二人とも、香川に付きまとわれている。その理由が分からない」

「だから、一芝居打とうと?」

「可能性だ。だが、もはやわたしには興味ない」

「どうして?」

「急ぐ必要がない謎だからだ。いずれ雅お姉さまが戻ってきたら直接聞けばいい。それに甲斐、お前なら藤枝に聞けばいい。二人の動機は、図書棟に隠されている秘密を明らかにしたかったことなのだろう。そして、それはお前のおかげで明らかになった」

「そうかもしれないけど」

「あとはお前が好きにすればいい」

「分かった」

 どこか釈然としない思いが残るが、確かに篠塚の言うとおりだ。甲斐は首を振り、そのまま後ろに倒れこむ。

「まだ外に出る時間はあるぞ」

「いい。そんな気分じゃない」

「……なら、わたしと子作りに励むか?」

「もっと、そんな気分じゃない」

「冗談だよ」

 篠塚も後ろに倒れる。

「だけどな、存外わたしはお前のことを気に入っているよ」

「それは、ありがと」

 まだ日が高いというのに、甲斐はそのまま眠気に誘われる。

 転校してからまだ十日と少し。あまりにもあわただしすぎて、休むときがなかった。そのつけが回ってきたのだろう。幸い明日も休みだし……

 いや、もう考えるのは止めよう。

 ただこの眠気に身を任せてもしまえばいい。

 その隣で、篠塚の穏やかな寝息が聞こえてきた。



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