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「ねえねえねぇ、雅さま、どうだった? 大丈夫そうだった?」
宿舎に戻り、入口のロビーを甲斐雪人が歩いていると、それを見つけた夢宮さやかが駆け寄ってくる。
「ああん、もう。わたしもいてもたってもいられないのに、どうやったら外出許可が下りるわけ? やきもきったらないわ」
答える隙を与えず夢宮は甲斐の腕を乱暴にゆする。
「ううん、それよりも、意識あった? 大丈夫だった? もうわたし、心労でやせちゃったくらいなんだから。わたしだけじゃないし、この学園のほとんどがきっともう、お見舞いに行きたくてどうしようもないはずなのに。もう、雪くんだけが選ばれた、一種のヒーローなのよ」
だんだんとペースが速くなり、そこで絶頂を迎えたのか、ピタッと夢宮は言葉を止める。一度顔をそむけてから、甲斐を覗き込むように見上げる。
「で? どうなの?」
「気が済んだか?」
後ろから神田隆志が、夢宮の肩を叩く。けれど、夢宮はほとんど動かない。そろそろ答えないといけないようだ。
「うん、というか、元気だった。すぐにでも学園に戻ってくるって」
「ほんとー? よかったぁ」
安堵したのか、夢宮の顔がきゅぅっと小さくなる。それに合わせて耳の横だけ長い髪が、ぴくんと跳ねた。それから彼女は実際飛びあがってから、走り出す。ちょっとみんなに知らせてくると、宿舎の出口でこちらを振り返って叫ぶ。
「ほんと、慌ただしいね、いつも」
「まぁでも、いいんじゃないか。俺としては、あの調子のがいいけど、最近ずっとふさぎこんでたからね」
神田隆志と一緒に夢宮を見送ってから、そろって入り口近くの椅子に座る。
「それよりも神田、僕に嘘を教えただろ」
「嘘? 何のこと?」
「黒服集団」
そこで言葉を止めるは、神田は何を言われているのか分かっていないようだ。仕方なく甲斐は続きを説明する。
「学園から抜け出そうとすると、黒服集団に捕まるって」
「やったのか?」
「やってないけど。だけど、そんなことはしないって、雅さんが言ってたぞ」
「……本当にか?」
「警察も、それはあり得ない、みたいなこと言ってたし、何だってあんな大胆な嘘をつくんだよ。すっかり信じちまったぞ」
「いや、あれだ。俺としては嘘をついたつもりはなかったんだが、そうか。黒服集団は普通現れないのか」
「なんだよ、その言い方」
「実際、俺は抜け出そうとしたんだ。そんとき黒い服を着た連中に両脇を突然掴まれて、そのまま、学園に文字通り引っ張り戻されたんだ」
「だから、なんだよ、その言い草は」
「つまり、だ。あれは学園側のセキュリティーではなかったってことだ」
そこで神田はため息をつく。
「くそっ。俺に自由はないのか、て話だ。うちのじいちゃんが、過去に大学の教授を務めてたことがあって、それで俺は幼いころから詰め込み教育なわけ。あいつらは、うちのもんだったってことだよ。うん、本当、嘘つくつもりはなかったんだ、悪かったな」
純正芹沢学園に通っているものの多くは、お坊ちゃま、お嬢さまの集まりなのだと、甲斐やようやく思い出す。どうやらそれも楽ではないようだ。
「全然怒るようなことじゃないけどな」
「俺からも質問をいいか?」
何、と甲斐は聞く。
「芹沢さん、本当に元気だったのか?」
「ああ、そうだよ」
「そんな嘘はつかなくていいと思うんだけどな。それが分かったら、夢宮のテンションがまた下がってしまう」
「嘘じゃないよ。すぐに戻ってくるって言ってたし」
「本当か?」
「本当だ」
「それって、おかしくないか?」
「何が?」
「……甲斐だって、最初は殺されたって、思ったんだろ。実は死んでなくてよかった、で終わるならともかく。左胸を刺されたのは事実なんだろ。池にも赤くなるほど血が溜まってたって言うし」
「……運ばれて行く時、まだ意識があったって……」
「そんなことあり得るのか?」
「急所を、外れていたなら」
「外れていたとしても同じだよ。元気だったなんて、あり得ない。まだ全然日にちが経ってないってのにさ」
甲斐は立ち上がる。
体中に電気が走る。
確かに、その通りだ。
そして、それはどういう意味だ?
電気が、体中を駆け巡り、激しく脳を叩く。
神田がまだ何かを言っているようだが、情報として入ってこない。
どういうことだ?
落ち着け。
ももは知っているのか?
知らないはずがない。
そして、そこから導きだされる結論は?




