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「わざわざお見舞いに来て下さったのですか?」
「外出許可を得るのに丸一日かかってしまいましたが」
「はずかしいわ、この格好。もっとかわいらしい服でお出迎えしたかったのに」
芹沢雅は、病室のベッドに寝転んでいた。広すぎる個室には、豪華な調度品が並んでいて、とても病室には思えない。それに、彼女が着ているものも、通常よりずっと高価なものに見えた。少なくとも甲斐が今着ているものより恥ずかしくない。病室には芹沢茜と芹沢丁子がいたが、芹沢雅の一声で、二人ともすぐに退室してくれた。ベッドの脇の、これまた豪華な椅子に甲斐雪人は座る。
「体は、もう大丈夫のようですね」
「すぐに退院できると思うのですけどね。そういうわけにもいかないみたい」
それはそうだろうと、甲斐は思う。
「学園に戻っても、そんなにやることはないんじゃないですか?」
「あらいやだわ。わたくし、これでも学園長なのよ。運営に関わる仕事が結構あるのよ。あの校長は、そこまで気が回りそうにないし」
「時計塔でたそがれてましたよ」
「ほら。早くわたくしが戻らないと、大変なことになってしまいますわ」
「それから、手紙を預かってきました。ももから」
芹沢はふふふと笑うと、その手紙を受け取った。
「どうして抵抗しなかったのですか?」
「だって、まさか刺されるなんて思わなかったもの」
「女神像に縛られたのでしょ」
「わたくしが抵抗するなんて、思ったのかしら。抵抗しませんって、何度言っても聞いてもらえないものですから、大人しく縛られて差し上げたのに」
「危険すぎます」
「本当、危険でした。わたくし、演技には自信ありますけど、ばれたら危ないかなとは思っていました」
「ばれたらって」
「だけど、ばれなかった。だから、わたくしは安全だと思っておりました」
「でも刺されました」
怖くなったのか、芹沢はすっと目を閉じる。
「ひどければ、死んでいた」
「……そうね。そう考えると、奇跡かもしれないわ」
「ええ、奇跡です」
芹沢は再びふふふと笑う。それに合わせるように、揃えられた前髪が額の上で踊る。それで落ち着いたのか、体を少し起こすと、手紙に目を落とす。
しばらくしてから、芹沢は甲斐の名を呼ぶ。
「何ですか?」
「もう少し、頭をこちらに近づけてくださいませ」
甲斐が不思議に思いながら顔を近づけると、芹沢は座ったまま強めのパンチを甲斐の頬に喰らわせた。




