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ラプラスの悪魔が囁く  作者: なつ
第四章 何がそこに隠されているのか?
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  6


 与えられた空間は、けれど存外の広さがあった。細長く、円形を作っている部屋と表現してよいだろうか。一メートルほどの幅で、天井までの高さは二メートルほど。もし一か所に、方形をつくったとしたら、篠塚桃花の部屋より十分な広さとなるだろう。

 時計塔へと続く階段を登りはじめ、通常の天井の高さを越えたところに。本来であれば、周りと同じような壁を利用した出口があったのだろうが、その部分を含む一面に薄い壁が貼られていて、その手前には文庫サイズの本棚が……これはもう少し下から続いていたが……置かれていた。そこに外への出口があると知っているものか、意思をもって探そうとしなければ、見つけることができないであろう。そしてその出口を、最初は錆ついていてなかなか動かなかったが、横にスライドさせると、そこにこの部屋が現れた。

 外の地上から見れば、図書棟の屋根によって隠れているのであろう位置に小さな窓がたくさん付いていて、昼日中であれば十分な明るさがあるであろう。朝早い時間ではあったが、東側からはまぶしい光が注がれている。くるりと時計塔を囲むようにその部屋はあり、そして図書棟の屋上へと出られる扉もあった。さらに進み、ちょうど出口から百八十度ほどの位置に、彼女はいた。

 紺色のセーラー服は埃にまみれ、少女は壁面に背を預け、座っていた。すでに肉はなく、うつろな眼光はただの空洞でしかない。

「純清香、でしょうか」

「分かりません。ですが、ほぼ間違いないでしょう」

 篠塚桃花は、その少女の近くに座りこむ。少女の周りに置かれている鶴の折り紙、金属のトレー、コップ。少女の手には、本が一冊。

「もも、あまり触るなよ」

「殺されてではなく、これは生きたままここに閉じ込められた。いや、閉じ込められたわけでもない。これのために食べ物を運んだ跡がある」

「折り紙は誰かが手向けたもの?」

「分からないな。本人が折ったのかもしれない」

 篠塚の視線が、少女の姿を一心に見つめる。胸のポケットに手帳があるのに気がつき、それ篠塚はそれを取り出した。生徒手帳のようだ。

 ページをめくると、俯き気味に写った少女の正面からの写真があった。顎を引いた顔に、長い前髪が両頬を覆っている。写真の下に、名前があった。

 純清香。

 間違いない。

「何が書いてある?」

「何も。生徒手帳にメモする稀有な人間ではないようだな。それに、ここには書くものがない」

「本人で間違いないよな」

「本人でないと考えると頭がいたいよ。だけど、当時同時に二人が失踪したという話はなかったはずだ。日比野、そうよな?」

 日比野はただ、はい、と答える。

「誰かが、ここで彼女を飼っていた……」

 篠塚が立ちあがり、ゆっくりと振り返る。そして声を大きくして続ける。

「そうだろう、香川定吉よ。誰かとはお前だな」

 甲斐が驚いて振り向くと、そこに香川定吉が立っている。日比野はとっさに胸に手を入れた。

「香川よ、お前は日比野をマークしていたのだろう。それが図書棟に入ってからなかなか出てこない。あせったのではないか?」

 だが、香川は壁に手をついたまま、何も答えない。

「まあよい。もはや逃れようもない」

 篠塚は甲斐の隣に立ち、腕を組み、香川を睨む。

「まさかこれほど早くここに辿りつけるとは思っていなかったようだな。お前程度の頭で、わたしに挑戦しようなど、百年早い。お前は雅にも遠く及ばない。ましてこの甲斐にだって劣るのだからな」

「きよ、か」

 香川の口から小さな音がこぼれる。

「香川定吉、芹沢雅殺害未遂の疑いで逮捕する」

「きよ、か」

 日比野は警戒しながら香川に近づくと、手錠を取り出して香川の手にかけた。香川は抵抗することなく、ただきよか、と何度も繰り返している。

 甲斐は香川に掴みかかると、襟首を持ち上げた。

「ふざけるな、お前が殺したのかっ」

「きよか」

「答えろ」

「きよか」

「愚かな。香川定吉、お前は純清香を殺したのか?」

 遠くから篠塚のハスキーな声が、狭い空間に反響する。

「違う!」

「違わない! どのような理由があれ、お前が生かそうと思えば彼女は生きていたはずだ。そうではないか?」

「きよか!」

「お前が絶えることなく彼女に食べ物を運び続けていれば、彼女は死ななかった。なぜお前は、彼女を閉じ込め、見捨てることを選んだのだ」

「俺、は、きよかを、愛していた」

 まるで抵抗することなく、香川の首はかくっと落ちた。投げるように甲斐は香川から手を離した。


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