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蘇芳、鴇、菫、浅葱、茜、父親である丁子、そして桃花。これらに共通することがある。そして、それは雅には当てはまらない。
「すべて、色の名前になっている」
日比野が呟く。
「ですが、篠塚の姓は桃花のものです」
「それが、今回の事件とどう関係しているのでしょう?」
「まったく関係していません。ですが、僕には分からない。ですから、もし調べることが可能でしたら、お願いしたいのです」
「うーん、まぁ、今は仕事中ではありませんから、これはプライベートなお願いと解釈しておきましょう。もちろん、内容によっては教えることができないかもしれない」
「仕事中じゃなくても?」
「仕事中ではなくても、です」
「分かりました。それでは、僕とその桃花が考えた一連の事件の犯人についてお話します」
「お願いします」
甲斐はそれから、昨夜篠塚とした話を一通り日比野に説明する。
犯人は香川定吉。物理的な証拠はないが、芹沢を脅していたという状況証拠はある。そして、動機と思われること。芹沢が学園集会を利用して、図書棟を調べていることが許せなかったのであろうこと。なぜ、許すことができないのか、それが動機とつながっている。まだ推論の域を出ていないが、時計塔にもしかしたら純清香の死体が隠されているかもしれない、ということ。
「なるほど。筋は通っているように思いますね。それに、動機が十年前の失踪に関係している、というのは興味深い」
日比野は頷く。丸い眼鏡の奥で、その瞳が左右に時々揺れる。
「それに、先ほど拝見したかぎりですが、外からの外観と図書棟の内観にはずれがある。錯覚をうまく利用していて、探そうという意思がないと、それに気づかない」
日比野は甲斐の背後の入り口側を向き、その視線は高い所に向かっている。甲斐も自然とそちらを見る。甲斐は、そんなにすぐ時計塔の違和感に気づかなかったが、彼はすぐに気がついた。甲斐が正面を向きなおすと、日比野の視線はすでにまっすぐ甲斐に向けられている。
「おかしいと感じるのは二か所。まずは、今指摘があった時計塔と、それからおそらく、甲斐くん、あなたが昨夜とその前の日に隠れていたであろう、南側の壁面」
「できれば後者は見逃していただきたいのですが」
「そこに篠塚桃花さんが監禁されている」
「いいえ。監禁ではありません。本人も望んでいると言っていました。それに、僕の出入りができるように、彼女の出入りも自由です」
「では、芹沢雅さんが図書棟に通っていた理由というのは」
「彼女に会いに行くためです」
「今のところ事件の裏付けをするために、彼女の存在は必要ありません。わざわざ登場をお願いする必要もないでしょう」
日比野はそこで考えるそぶりを見せてから眼鏡に手を当てた。
「ありがとうございます。それでは時計……」
「ありがとうございますじゃないわ、この愚か者」
突然頭を叩かれる。驚いて振り返ると、篠塚が立っている。
「もも、ここに出てきていいのか?」
「甲斐よ、お前はわたしを何だと思っているのだ。監禁されているわけでもないし、ここに住んでいるのでもない。先ほどお前だって言ったではないか。わたしの自由意思でここにいるのだ」
「どうもはじめまして、お嬢さま」
「日比野と言ったか。演技が下手だな。だが、甲斐もわたしが背後に来たことにまったく気付かない。会話に入り込むタイミングがなかったわ」
「あれ、でも後ろを振り返った時、いなかった……」
確かに、後ろすべてを確認したわけではない。それに、視線は高かった。今でも座っている甲斐とほとんど頭の高さが変わりない。
「いえ、少し前から彼女はここにおりましたよ。ですから、わたしがわざと反対に視線を外して後ろを向いてもらったわけです」
「もも、ここにいて大丈夫なのか?」
「何度もうるさいやつだな。わたしは日中であれ、よく図書棟の中を歩いているよ。もちろん人が多い時は控えるが。それでも、ほとんどの者はわたしを気にとめない。後になって、わたしのことを幽霊などと噂するくらいだからな」
「でも……」
「でもじゃないわ。勝手にわたしのことを調べようとしおって」
「気になるじゃないか」
「気が向けば、そのうち教えてやる。頼むから、まだそっとしておいてくれ」
「おおせのままに」
甲斐の代わりに日比野が答える。
「これから時計塔を調べたいのだが、加藤か香川がいたほうがいいのか?」
「いいえ、その必要はないでしょう。まずはこの三人で本当に時計塔に秘密の部屋があるのか、確かめてみましょう」
甲斐を無視するように日比野は立ちあがると、再びその視線を高くした。




