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甲斐雪人は図書棟へ行き、入口のインフォメーションに座っている学生を見つける。そこで校長が来てないかと尋ねると、三十分ほど前にみえて、挨拶をしたと教えてくれた。図書棟の暗い棚の間、個室スペースと順に見て回るが、残念ながら校長は見つからない。はたと思いつき、甲斐は顔を上に向ける。
螺旋階段が、棟の中心で高く上っている。入口からほど近い場所の階段をあがり、通常なら三階ほどの高さのフロアに移動し、そのまま螺旋階段へと足を運ぶ。時計塔の半径は十メートルほどあるだろうか。ここから10階ほどの高さまで、この螺旋階段は続いている。少し駆け足で駆け上がり、かつては管理人用にと作られた部屋に辿りつく。ドアは開いていて、その部屋の中心に校長がちょこんと座っている。
「ええと、甲斐雪人くんだったかな」
校長が甲斐に気がつき、顔をこちらに向けた。
「はい。名前を覚えていてくれて光栄に思います」
「いやいや、わしなんて何の価値もないよ。この学園では」
「でも校長って、もっとも偉いのでは?」
「偉いのは学園長だよ。学校でもないのに、校長なんて役職に価値はない」
言って校長の顔が小さくなる。言われてみればその通りだ。そもそもここは純正芹沢学園。学園であり、学校ではない。といっても、違うのは名称だけで、学校と学園に本質的な違いはないと思うが、実はよく分からない。
「学園長は?」
「芹沢雅お嬢さまだよ。生徒兼学園長」
校長から驚きの、けれど納得できる返事が戻ってくる。
「こんなところまで、どうしたんだい?」
「校長こそどうしてここに?」
「いやわしは、年に何度かここに来るよ。今の仕事がつらくなると、やはりこの場所が落ち着く。わしは以前ここで管理人をしとったんでな」
「何年ほど前のことですか?」
「さあねぇ。もう何十年も前じゃないかなぁ」
「そのころから、この図書棟に幽霊が現れるという噂があったのですか?」
「どうだったかな。そんなになかったと思うよ。まぁ、わしの耳に入ってきとらんかっただけかもしれんがな。最も、それでも最近の噂はちょくちょく聞くよ。何でも藤枝先生が襲われかけたとか」
「それは、間違って広まってますよ」
校長がくっくっくと噛み殺したように笑う。もしかしたら彼なりのジョークだったのかもしれない。
「あとは、そうだな。十年くらい前にも、わしの耳まで届く噂があったかなぁ」
藤枝百合子先生が学生のころのことだろうか。
「その頃に、一人亡くなっとるんだよ。名前は……思い出せないが。調べようと思えば調べられる。いや、結局失踪という結末になったのだと思う。もともとセキュリティーの高い場所だったから、当時失踪はありえないと考えられたはずなんだけど、どこにも死体がなくてな」
「ここで、いなくなったんですか?」
「学園から、突然。それで、その子なのか分からんが、この図書棟で目撃されとるんだ。だから、夜の間はきちんと施錠するようにしてな。それでも、翌年になっても幽霊の目撃は続いていた。だからと言って実際にその子が見つかったわけでもないし、何か危害があったわけでもないから、ただの噂として片付けられ、今でもこうして図書棟は使い続けているわけだけどなぁ」
「ありがとうございます」
「もういいのか?」
「はい。校長は?」
「もうしばらくここにいるよ」
甲斐は一度礼をすると、部屋を出た。螺旋階段を見る。鉄製の柵から少しだけ身を乗り出すと、下から見たときと反対に地面は遠い。次第に小さく階段が下に向かっている。甲斐はその螺旋階段を、今度はゆっくりと歩きだした。




