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ラプラスの悪魔が囁く  作者: なつ
第三章 誰が彼女を脅したのか?
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  5


 昼過ぎ。予定通り授業はなく、それでも学園内は非常にあわただしい様子を呈している。それでも朝に比べるとましになったのかもしれない。甲斐雪人は食欲もなく、図書棟に続く並木道の脇にあるベンチに座っていた。考える元気もなく、ぼーっとしていると藤枝百合子が彼を見つけて、近づいてくる。今日も白いブラウスに、淡いピンクのスカーフが首元で揺れている。

「こんにちは。だいぶ疲れてるみたいだけど」

 甲斐ははい、と頷く。

「わたしのせいかしら。甲斐くんに不利になるような証言をしてしまったみたいで」

「いいえ。真実をきちんと話さないと、警察が解決するのに余分な時間がかかってしまうだけです」

「わたしは警察より、甲斐くんのほうが優秀に思えるわ」

「僕なんて、たいしたことできないです」

「そうかしら。案外もう犯人の目星がついてるんじゃない?」

「まさか。誰が、どうやったのかさえ見当もついていません」

「どうやったのかは簡単でしょ」

 甲斐は驚いて藤枝の顔を見た。

「女神像に縛り付けて、左胸をナイフで一突きだもの」

「ああ、はい。そうですね。それは確かに、簡単なのかもしれません。でも、先生だったら無抵抗に縛られますか?」

「思いっきり抵抗するわね」

「先生は縛られている、その、芹沢さんを、見ましたか?」

「わたしは図書棟に行く途中で、人だかりに気がついて。警察が来たのが、それからしばらくしてからだったから、正面からはっきり見ました」

「彼女に抵抗した様子はなかったですか?」

「どうかしら。どんな状況でも、芹沢お嬢様が抵抗するようには思えないわ。受け入れたのではないかしら」

「犯人に殺されるのを?」

「まさか刺されるなんて思ってなかったんじゃない」

「……そうですね」

「そういえば、おかしなことと言えば、今朝、わたし図書棟の鍵を開けていないのよね」

 甲斐はどきりと胸を鳴らす。

「誰かが開けてくれたのかしら。思い出して九時過ぎに図書棟に行ったらもう開いていたのよ。鍵はわたしが持ってたし」

「予備の鍵があるのでしょう?」

「もちろんあるけど。そんな気がきく人がいるかしら。誰かが調べ物してる様子もなかったし。甲斐くん、どう思う?」

「ゆ、幽霊、の仕業じゃないですか?」

 適当なことを甲斐は答える。

「やっぱりそうかしら。怖いわ」

「怖がる必要はないんじゃないですか? 誰か危害を加えられたわけじゃないし」

「でも、昔から幽霊ってだけで怖いじゃない?」

「そう、ですね。あの図書棟での幽霊の噂は昔からなんですか?」

 甲斐自身、幽霊を信じていないにも関わらず、初めて図書棟を訪れた時は、その暗さに怯えたものだ。

「ええ。最近はまたいろいろな噂があるけど、わたしが学生のころも、ずっと噂はあったわ。図書棟には幽霊がいるって」

「先生って、ここの生徒だったんですか?」

「ええ、まぁ。もうね、十うん年も前のことだけど」

 甲斐は違和感を覚える。

「今と同じような、噂が?」

「どうかしら。同じような、といえば同じだけど。確か、図書棟に幽霊が出るっていうのは同じだったけど、あの頃は女子高生の幽霊だった気がするわ。今は少女の幽霊なんでしょ? 若返っちゃったのかしら」

 そんなはずがない。今の噂の「少女」というのは、間違いなく篠塚桃花の姿を目撃して、それが噂に影響を与えているのだろう。だとしたら、昔の噂には何が影響しているのだろうか。それとも、何の影響もなく?

「昔から、幽霊の、噂……」

「ええそうよ」

「他にも昔からの先生っていらっしゃいますか?」

「どうだろー。長い先生はいるけど。私も、大学は外だったからなぁ。ああ、でも。校長先生さんは、昔から同じよ」

「今はどちらに?」

「校長室か、図書棟にいらっしゃるかも。よく見かけるわ」

 甲斐は立ち上がる。

「そういえば、香川先生は?」

「どうしたの、突然。そういえばそうね。いつもならこの時間にはここに来るのだけど。今日はどうしたのかしら」

「先生って、香川先生と付き合ってるのですか?」

「あら、そんなことに興味があるの?」

「いえ、ちょっと聞いてみただけです」

 首を曲げて藤枝先生はほほ笑む。けれど、その笑顔が不自然に思える。怒っているのかもしれない。甲斐は一言礼を述べると走り出した。


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