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フワァーン、フワァーン、フワァーン!
けたたましい音に、甲斐雪人の睡眠は妨げられる。パトカーか、消防車か、それとも救急車だろうか。それも複数の音で、かなり近くまで迫ってきている。
上半身を起こすと、体に巻きついていた篠塚桃花がばたりと落ちる。
近くで音が消え、静寂が訪れたかと思うと、再び遠くから同様の音が響き、車が何台も駆けつける。
何かあったのだろうか。
「おい、もも」
と呼んでみたが、篠塚はベッドに倒れたままだ。朝日が入り込む窓がないため、室内はまだ暗い。そのせいか、篠塚の寝顔は安らかに見える。
「もも、この音で起きないのかよっ」
ほっぺを軽くつねると、篠塚の目がかっと開かれる。それから右手を突きだすと、甲斐の横顔を叩く。
「って」
再びころん……
「おいおい。僕はとりあえず宿舎に戻るから、それから授業行ってくる」
「授業はおそらくない」
目をつぶったまま、篠塚のハスキーな声が、しんと響く。
「早く帰った方がいい。アリバイがなくなる」
「はぁ?」
「糸が切れてしまったのだろう。一人にしてくれ」
それから甲斐が話しかけても、篠塚は返事をしなかった。表情が陰に隠れてしまいはっきりと分からないが、目元が光り、もしかしたら泣いているのかもしれない。甲斐は離れたほうがよいと判断し、部屋から外へ出る。
入り組んだ棚を通り抜けて入り口を確認する。通常この時間ならば、藤枝百合子が鍵を開けて時計塔を登っているはずだが、今日はまだ彼女の姿がみえない。一瞬判断に迷ったが、甲斐は内側から鍵を開けると、図書棟から外に抜け出した。
朝日がまぶしい。人の数は少ないが、空気がどこか濁っている。
無意識に足が進む。すべての人が、周りの空気が、ある一点へと吸い寄せられるように、甲斐もその波に逆らうことができない。
体育館の前まで来ると、すでに学生が溢れている。制服を着ているものもいれば、体操着の姿もある。まだ私服の学生もいるし、先生方の姿も見受けられる。
すべてが一点に。
第一学習棟と第二学習棟の間へと。
甲斐は止まることができない。止まってしまった方が楽だと、頭では分かっている。けれど体が言うことをきかない。
せっかく転校してまで、過去を捨ててきたというのに……
因果めいた、呪いのような。
篠塚は、糸が切れたと言っただろうか。
視界がぶれる。
救急車だ。
パトカーも見える。
女神像の周りに、黄色のテープが張られて。
女神が作り出す小さな池が……あれは、朝日のせいではない……赤く、淀んで。
濃い鉄のような臭い。
「何が?」
誰ともなくそうつぶやく。
そして響く、叫び声。
「雅さまーっ」
「おねーさま!」
「何が?」
救急車が走り出す。
しばらくして、ピーポーという間の抜けた音が響く。拡声器から響く、警察官のだろう声は冷たく。
「何が?」
学園から出ないように、という指示。けれど、ここにいてはいけないという指示。
「何が?」
「何が?」
何度も甲斐は呟く。




