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ラプラスの悪魔が囁く  作者: なつ
第三章 誰が彼女を脅したのか?
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  2


 フワァーン、フワァーン、フワァーン!


 けたたましい音に、甲斐雪人の睡眠は妨げられる。パトカーか、消防車か、それとも救急車だろうか。それも複数の音で、かなり近くまで迫ってきている。

 上半身を起こすと、体に巻きついていた篠塚桃花がばたりと落ちる。

 近くで音が消え、静寂が訪れたかと思うと、再び遠くから同様の音が響き、車が何台も駆けつける。

 何かあったのだろうか。

「おい、もも」

 と呼んでみたが、篠塚はベッドに倒れたままだ。朝日が入り込む窓がないため、室内はまだ暗い。そのせいか、篠塚の寝顔は安らかに見える。

「もも、この音で起きないのかよっ」

 ほっぺを軽くつねると、篠塚の目がかっと開かれる。それから右手を突きだすと、甲斐の横顔を叩く。

「って」

 再びころん……

「おいおい。僕はとりあえず宿舎に戻るから、それから授業行ってくる」

「授業はおそらくない」

 目をつぶったまま、篠塚のハスキーな声が、しんと響く。

「早く帰った方がいい。アリバイがなくなる」

「はぁ?」

「糸が切れてしまったのだろう。一人にしてくれ」

 それから甲斐が話しかけても、篠塚は返事をしなかった。表情が陰に隠れてしまいはっきりと分からないが、目元が光り、もしかしたら泣いているのかもしれない。甲斐は離れたほうがよいと判断し、部屋から外へ出る。

 入り組んだ棚を通り抜けて入り口を確認する。通常この時間ならば、藤枝百合子が鍵を開けて時計塔を登っているはずだが、今日はまだ彼女の姿がみえない。一瞬判断に迷ったが、甲斐は内側から鍵を開けると、図書棟から外に抜け出した。

 朝日がまぶしい。人の数は少ないが、空気がどこか濁っている。

 無意識に足が進む。すべての人が、周りの空気が、ある一点へと吸い寄せられるように、甲斐もその波に逆らうことができない。

 体育館の前まで来ると、すでに学生が溢れている。制服を着ているものもいれば、体操着の姿もある。まだ私服の学生もいるし、先生方の姿も見受けられる。

 すべてが一点に。

 第一学習棟と第二学習棟の間へと。

 甲斐は止まることができない。止まってしまった方が楽だと、頭では分かっている。けれど体が言うことをきかない。

 せっかく転校してまで、過去を捨ててきたというのに……

 因果めいた、呪いのような。

 篠塚は、糸が切れたと言っただろうか。

 視界がぶれる。

 救急車だ。

 パトカーも見える。

 女神像の周りに、黄色のテープが張られて。

 女神が作り出す小さな池が……あれは、朝日のせいではない……赤く、淀んで。

 濃い鉄のような臭い。

「何が?」

 誰ともなくそうつぶやく。

 そして響く、叫び声。

「雅さまーっ」

「おねーさま!」

「何が?」

 救急車が走り出す。

 しばらくして、ピーポーという間の抜けた音が響く。拡声器から響く、警察官のだろう声は冷たく。

「何が?」

 学園から出ないように、という指示。けれど、ここにいてはいけないという指示。

「何が?」

「何が?」

 何度も甲斐は呟く。


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