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ラプラスの悪魔が囁く  作者: なつ
第二章 なぜ幽霊の噂が流れるのか?
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  10


「甲斐よ、お前なら毎日来てくれるものと思っておったのだが」

「それは、とんだ誤算でしたね」

「まったくだ。だから雅お姉さまを使って、わざわざ呼び出さなければならなかったのだからな」

 篠塚桃花は、ベッドの上で甲斐雪人の腕にしがみついていた。

「僕なんて呼び出すほどの価値も感じていないでしょう」

「何を言うか。わたしは甲斐を気に入っておるのだ。どうして分かってくれぬのだ」

「まあ、何というか、分かりたくないというか」

「歯切れが悪いの、はっきり申せ」

「おままごとをしている時間がもったいない」

「なっ!」

 篠塚はバンと甲斐を押し倒すと、半ば無理やり甲斐の上に乗っかった。とても軽い。

「ままごとではない。わたしには時間がないのだ」

 薄暗い光の下、かすかに映る篠塚の表情は確かに真剣そのものだ。けれど、それは幼い。そして、行為も同じだ。結局先日も、こうして無理やり押し倒されて、抱きつかれたまま眠っただけ。

「この図書棟にはたくさんの本があるけど、ももが望んでいることが、直接的に書かれているものはないのでは? あるいは、そういう本は避けているか」

「ば、ばかにするな。わたしは本気なのだ」

「では、少しだけ目を閉じてください」

「うん?」

 素直に目を閉じた篠塚に、甲斐は体を起こすと軽く口づけをする。途端、彼女は目を開き、甲斐から離れる。

「何を、してくれる」

「ほらやっぱり。ももにはまだ早いんだよ。僕にだって、早いと思うし」

「そんなことはない。わたしは十分に成熟している」

 それはない、と甲斐は思う。

「それに、芹沢さんに、きちんと相談した方がいい」

「ばかにするな、と言っておるだろう」

「ばかには、していません」

「……まあよい。今日の目的はそれではない」

 篠塚はそれからそそくさと、またベッドの端に座る。甲斐も隣に並ぶ。

「どうも、最近学園に不穏な空気が流れているような気配がある。甲斐も感づいているだろうが、その緊張の糸が今にも切れそうなのだ」

「学園集会のこと?」

「それもある。だが、まずはその話をきちりと片付けなければならぬ」

「以前ももは、この世界はからくりでできていると言った。あらゆる要因が決まっていれば、未来は定まっている。この先何が起こるのか、すでに分かっているのでは?」

「ラプラスの悪魔はそう囁く。だが、情報が足りない。わたしの元に来る情報は限られているし、そこから組み立てるからくりは、何通りもある」

 そこで甲斐は、十日前と今回の学園集会の様子を篠塚に話した。極力自分の意思を混ぜずに、芹沢の様子を伝える。篠塚はその間、ほとんど言葉をはさむことなく聞いている。

「甲斐よ、香川から与えられた課題はもう終わったか?」

 まったく今話した内容とは別の質問が、甲斐が話終わってから篠塚から発せられ、甲斐はすぐには返事ができなかった。

「量子のゆらぎに関する課題、シュレーディンガーの問いに対する解釈は?」

「僕は、多重世界の解釈が一番しっくりくると」

「うむ。さまざまな影響下では、未来とは幾重にも重なっているにすぎない。作り出されるからくりが複数の未来を予測し、そして、それらはすべて可能な世界として両立する」

「どうしてももが課題の内容を知ってるんだ?」

「わたしが与えた課題だからに決まっておろう」

 当たり前のように篠塚は言った。篠塚から芹沢、香川へと指示が下りているのだろうか、深く考えるのは止めよう。

「ラプラスの悪魔は存在しえないのでは?」

 甲斐が反論する。

「現状を説明するのに、存在しうる。未来の一点から過去を推察するのに、存在しうる。今の状況から判断すると、可能な未来はすべて存在するわけだが、可能な未来からは、緻密なただ一つのからくりから成り立ち、その一点に今のわたしたちがある」

「芹沢さんは、誰かに脅されているように思えた。問題は、どうやってあの場で脅すことができたのか、ということだ」

「問題は、何のために脅していているのか、ということだ。方法よりも動機のようがこの場合重要だ」

「でも……」

「雅は、誰が脅しているか分かったはずだ」

「確かに、そんなこと言っていたけど」

「問題を履き違えては、答えを得られぬ」

 が、篠塚の動きはそこで止まる。芹沢が脅されなければならない理由を、二人とも情報としてまだ得ていないからだ。


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