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学園集会の後、といっても途中で頓挫した形であったが、甲斐雪人は夢宮さやかに拉致された。
「ミヤビさまは大丈夫だったの!」
第一声がこれである。第一学習棟に戻る途中の、女神像の前でのこと。遠巻きに数名の生徒も集まっている。
「雅さま?」
「だって、わたし芹沢お姉さまと友達になりまして、ミヤビさまもわたしのことをさやかって呼んで下さるのよ。て、そんなことはどうでもいいの。大丈夫だったの?」
「軽い貧血だと思うけど。倒れるギリギリまで意識を保っていたみたいだから。どこも打ってないようだし、怪我もないと思う」
「怪我でもしてたら、雪くん、ミンチにされるよ。ほら、周りにたくさん人がいるでしょ。みんなミヤビさまのファンなんだから」
「あ、ああ。そうなの?」
遠巻きの生徒は女性だらけだ。彼女なら男子生徒のファンがいてもおかしくない気がするが、遠慮してるのだろうか。
「それに、雪くんってばさ、さっき思いっきりミヤビさまを抱きかかえていたものね。怪我してなくてもミンチ決定よ」
「へ?」
「まあ、でもきっとみんな、雪くんがなぜかミヤビさまに気に入られていること知ってるから、制服に隠れないところは無傷にしてくれると思うわ」
甲斐がおそるおそる周りを見ると、確かに間が縮まっているようにも見える。
「覚悟はいい?」
パーン。
という派手な音とともに、夢宮は手を打った。
「冗談だけど……て、雪くん? 気絶してないでしょうね?」
「は、はは。大丈夫」
「こらこらお前ら、あんまりいじめるなよ」
振りかえると香川定吉がノートを持って立っている。
「さっさと教室に戻ること」
夢宮ははーい、と返事をすると歩きだす、甲斐も彼女の後に続こうとするが、香川がその肩を掴む。
「先生?」
「お前はちょっと待て。さっきの集会で、課題が終わったとか言っていたが、本当に終わったのか?」
「はい。今日の昼まで掛かりましたが」
香川は腕を組みながらうーんと唸る。厚い眼鏡の奥で目が震える。
「あれはちょっとした意地悪のようなもので、無理でしたって授業で言ってくれればなかったことにしようと思ってたんだけど、予定外だ」
「そうなんですか?」
「明らかに学習内容を越えてただろう」
「最初はさっぱりでしたから」
「悪かったな。よし、お前も教室戻っていいぞ」
「先生は厳しいんですか、甘いんですか?」
「気紛れだ」
納得です、と甲斐は答えると教室に戻った。




