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「それで、まさか雅お姉さまでも幽霊を信じているなんてことはないだろうな?」
座ったままの低い場所から、篠塚桃花は前に立つ芹沢雅を見上げる。おそらく立ち上がったとしても、見上げる角度はそれほど変わらないだろう。
「いいえ、そんなことありません。少なくとも、体育館に幽霊が現れるなんて、噂でも聞いたことがありませんわ。ですが、わたくしの空耳とはとても思えませんし、わたくしにしか聞こえていなかったのは確かなのです」
「図書棟に来るな、と?」
「そうです。図書棟に来ていることは秘密にしているはずですが、どこかで目撃されたのかもしれません。それに、ここの存在はなおのこと知られていないはず」
「そうあってもらわねば困るがな。だが、となると、問題は動機だな。なぜお姉さまにそんな警告をするのか」
「動機よりも、わたくしには方法が分かりません」
「お姉さまなら、考えれば、分かること」
「桃花は、もう分かっているの?」
「誰か、は分からぬ。だが、それをする方法は多くない。それに、あの体育館ならではの方法だろう」
「幽霊では、ないのですね?」
「お姉さま。もう少し科学的に物事を考えてください」
「幽霊は非科学的ではないと思うけど」
「……そうね、今の発言は忘れて。でも、この状況を作り出すのに、幽霊を持ち出す必要はない。間違いなく人間の仕業」
それでもまだ不安そうな芹沢は、一度首を振ってから、ゆっくりと足を折り、篠塚と視線の高さを合わせる。上からの太陽の光が彼女の髪に柔らかく天使の輪を描く。
「ただ、お姉さま、その舞台上でまっすぐ前を見ていれば、すべてのからくりはすぐ明らかになる。それよりも、動機。お姉さまが図書棟に通うことに、何の問題があるのか。あるいは、動機は図書棟ではないかもしれないが、現状何も分からぬ」
「ありがとう」
芹沢は笑顔を作り、両手で篠塚の頬を抑える。幼子のような柔らかい肌が、ぷくりと反抗する。それから再び芹沢は篠塚を寝かしつける。あまり中途半端な時間に起こすことが続いては、篠塚に申し訳ない。
「そういえば、先日見事に甲斐はここを探し当てたぞ」
「ええ、知っていますわ」
「なんだ、知っておったのか」
「正確には確かめていないですけど、彼が図書棟から戻らない日がありましたから。ここに気がついたのかしら、て」
「まあ、及第点といったところか」
「桃花の目に適ったのね」
「どうだろうね。今のところ、悪くない」
「祝福するわ」
「そんなものは求めていない」
「あらそう、残念」
「そうだな。一つ、罠を教えよう」
篠塚は眠るために目をつぶったまま話し続ける。芹沢は篠塚の胸を軽く叩きながら、彼女が眠りに落ちるまで、彼女の話に耳を傾けた。
三十分ほど経っただろうか、そろそろ戻らなければならない。




