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ラプラスの悪魔が囁く  作者: なつ
第二章 なぜ幽霊の噂が流れるのか?
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  5


「ここなら、管理室のモニターに監視されないようにできている。証明終了。あなたが、幽霊の正体であり、本を放置した犯人ですね」

「いきなりレディーの部屋に入ってきて、それ?」

 ……。

「明りはないのですか?」

「直に慣れる。わたしにはお前の顔がよく見えているよ。怯えているようだが、まさか怖いのか?」

 ……。

「お前の個性までは分からぬが、わたしはお前を高く評価しておる。甲斐雪人よ」

「どうして僕の名を?」

「わたしがお前を推薦したからだ」

 少しずつ目が慣れてくる。

「一日目にここまで到達してくれることを望んだがな、さすがに少し高望みをしすぎたか。だが、一週間以内にここを発見し、わたしのところまで来たのであれば、ぎりぎり合格ではあるかな」

「何を!」

「怒ることではない。褒めておるのだ」

 殴りかかってもよかったが、声のトーンに幼さが残っている。ハスキーで、少年のようにも思えるが、ようやく見えるようになったシルエットは、まぎれもなく少女のものだ。ベッドの端に、こちらに足をおろして座っている。ふわりとした服はゴシックな雰囲気で、モノトーンに見える彼女の姿全体が、まるで西欧の人形のようだ。芹沢雅が日本人形だとしたら、彼女はビスクドールか、あるいはより現代的な球体人形だ。

「それにもう時間を過ぎた。お前は今宵ここに泊まるしかないのだ。むしろ留めて泊めてあげるわたしにもっと敬意を払うべきではないか」

「まったく理解できない。状況も、ここも」

「それほど愚かではなかろう」

「あなたが、幽霊の正体なのでしょう?」

「これだけフラグを立てておけば、私の存在に気が付いてもらえると思ったが。この学園では、いや、ここに限らずだが、人間の存在よりも幽霊の存在のほうが人気のようだな。もっとも、それはラプラスの悪魔が予測した通り。誰もがわたしの存在に気づくのであれば、ここを出て行かねばならぬからな。わたしの存在に気がつくものは、ごくわずかでよい。甲斐よ、お前なら気がつくであろうと、わたしは予測していた。少なくとも甲斐は、幽霊なぞ存在しないと分かっているのだろう」

「少なくとも、ここには」

「どうだ、目は慣れたか?」

 少女はベッドに腰掛けている。それ以外にはほとんど何もない、狭い部屋だ。高い位置に窓があったのは、この部屋を隠すためのカモフラージュなのだろう。まさか部屋が一つ隠れるほどのスペースが、南側つまり図書棟の正面から左手の奥にあるとは、ほとんどの人間には気づきようもないのだろう。そして、彼女が夜にこの部屋から抜け出して、図書棟の中を歩き回り、本を読んでいたことは間違いがない。

「よし。わたしの名前は篠塚桃花。好きに呼べ」

「もも? 芹沢家との関係は?」

「いきなりその質問ができるから、お前を評価しているのだ。だが、それは今宵の話題ではない。甲斐よ、もっと近くに来い」

 甲斐は警戒しつつも、彼女のそばに近づいた。篠塚はぽんぽんと右手でベッドを叩く。そこに座れと言っているのだろう。それに従い、甲斐は篠塚の隣に座った。

「わたしとて、何も好き好んでこのような場所におるわけではない」

「監禁されてる?」

「それも違う。望んでのこと」

「好きでもなく、望んでる」

「そういうことだ。ここにはあらゆる国の本がおさめられているし、頼めば、いくらでも取り寄せることができる。そのような本を読んでおれば、改めて自分が無知なのだと思い知ることができる」

「ももは、頭がいいと思う」

「呼び捨てか。まあよかろう。わたしも呼び捨てだしな」

「むしろ目上の相手にこそ敬語を使うべきだ」

「わたしは甲斐より年上だぞ」

 驚き隣を向く。向くが、甲斐よりも明らかに小さい。かなり視線を落とさないと、篠塚の顔を見ることができない。

「なんだ、その目は。信じておらんな。見てくれに騙されおって」

「栄養が足りないんじゃないか」

「そうかもしれんな」

「知識もいいけど……」

「それも今宵の話題ではない。頼むから、今、そのようなことを言わないでくれ。みじめになるだけだ」

「あ、ああ」

 頼むから、と言ったときの表情は、本当に泣いてしまいそうに見え、甲斐はそこで言葉に詰まる。甲斐は頬を掻きながら話題を変える。

「ももは何ヶ国語できるの?」

「言語は目的ではない。手段だ。最低限のツールに過ぎない」

「僕は日本語と、英語がちょっとだからな」

「知識を得るのに言語の壁は大きい。ドイツの学者が唱えた学説をドイツ語で理解できなければ、真に理解ができたとは言えない」

「分かるけど」

「わたしは言語を通して、あらゆることを学んでいる。甲斐は実践を通して、多くのことを学んでいる。わたしはそう解釈をした」

「実践ね。あまり嬉しくないなし楽しくもないよ、それ」

「だが、わたしにはできないことだ」

「ももほど頭がいいとは思えない」

「お前は、やはりわたしを馬鹿にしているようだ。ケプラーを知っているか?」

「もちろん」

「宇宙はいわば、精密なからくりだ。星の軌道を読み解けば、その星の一生が分かる。あらゆる事象は、その星周りから外れることができない」

「他からの要因があれば、容易に星の軌道は変わってしまう」

「他からの要因もまた、すべて計算することができる。あらゆる現象は精密に設計されたからくりだ。それは神でもあり、悪魔でもある。わたしが幽霊としてこの図書棟に存在することも、甲斐雪人がこの学園に転入してくることも、そして、今、こうしてお前とわたしがここで話していることも。すべては決められていたことなのだよ」

「ももが決めたのだろ」

「そうだ。だが、もっと大きな意志によって、わたしも動いているのかもしれぬ。あの日にわたしが読んでいたのは、その本だ」

「それで、これから僕とももはどうなるの?」

「わたしが求めておるのは……」

 篠塚はそこで言葉を止めた。それから怪しいほど甲斐にすり寄ってくる。

「よくない予感がするんだけど」

「よい予感の間違いであろう」

 それからがばっと、篠塚は甲斐に抱きついた。



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