序章:賽は投げられた
付喪神またの名を九十九神。
付喪神、というのは人に愛着を持って触れられた物、
長い時間を経た物に宿る神の総称である。
しかし、一口に付喪神と言っても、その出現条件や生態は解明されていない。
ただ一つ分かる事と言えば、付喪神が宿った物には特殊能力が付与する事のみ、である。
付喪神については、まだまだ不明な点が多すぎる他、
人に危害を加える付喪神がいるということから、事の解明が急がれている。」
【季刊 世界の怪奇】より一部抜粋
鋭く底光りする赤の目に、東洋風の端正な顔立ち。すらりとした長身に、染み一つ無い白衣を羽織った中性的な青年。
その青年は、骨張った手で扉をつかんだ。
ノブを左に回し、扉を押し出すと、木と金属とがこすれ合い悲鳴のような歪な音楽を奏でた。同時にむせ返るような、ほこりとカビの臭いが鼻の奥をつつくように刺激する。その臭い青年は眉間にしわを寄せ、一瞬、怪訝そうな顔をしたが構わず歩を進めた。
「懐かしいですね……。――何年ぶりでしょうか」
たいして大きくない部屋。その部屋の中には、大小様々なアンティークが壁に沿って計算されたように整列していた。そのアンティーク類には雪のように白い綿埃が積もっている。
部屋の中をひとしきり眺めると、青年は子供のように無邪気な笑みを見せる。
「さぁ皆様、お時間です。お客様が来られましたよ」
笑みを崩さずに青年が言い終えると、アンティークがカタカタ、と音を上げて喜ぶ。
まるで生き物のように体を奮わせるアンティークを見て、青年はより笑みを深くし、好奇心が満ちた目を輝かせる。
「では、お客様のために準備をしなくてはね」
口早にそう言うと、青年は白衣をひるがえし扉を閉めた。
その瞳は、獲物を捕らえた百獣の王のように爛々としていた。