調査記録1日目【8月15日】③
朝がやってきました。
と、いってみたけどたいして面白みもなかったのでスルー。
僕はいつも通り上のジャージを脱ぎ、Tシャツに着替える。光熱費節約のためにエアコンはいれていない。そのせいで毎日びっしょりと汗をかく羽目になるわけだ。
後で風呂には入るつもりだけど…さすがに気持ち悪いかな、先に入ろう。
そう思ってドアを開けた。別にたいして変わったことじゃない。ドアを開けただけなのだから。
「おはよー」
妙に間延びした低音が室内に響き渡った。
そこで昨日(正確には今日だけど、まぁ感覚的にってこと)のことを思い出した。
ああ、そういえばニート君拾ったんだっけ?
だけどなんか昨日よりもグレードアップした間抜けさが加わってるんだけど。
「やっぱ朝はやる気でねーわー…」
勝手につけてた扇風機の前で風にあおられながら言うニート君。
なるほど、これが俗に言う夜行性ですかな?
「とりあえず何事もなかったかのように家に溶け込んでるよね、君」
「俺の順応性をなめんなよーあーあー我は宇宙人であるぅぅ」
「そういや自称魔導士だったか、さすがですねー」
「自称!?棒読み!?」
ま、ニート君にかまってる暇なんてないから無視していこう。
「さてと、バスタオルどこ置いたかな…」
「その無視っぷりの方がすげえよ…」
あ、あったあった。とりあえずさっぱりしてくるのが先だよね。
「お風呂いってくる」
「ん、ああ、いってらっしゃいとでもいえばいいのか?」
一応ニート君に知らせておこう。やいやい訊かれても嫌だし。
僕はバスタオルをかついで洗面所に入る。電気をつけ、所定の位置にバスタオルをおくと、服を脱ぐ作業にうつる。
で、あいつがやってくると。
「おーい、カップラーメンってどこにあぶへぼぐらっしゃい!」
「邪魔、どっかいけ、うるさい、黙れ、静まれ馬鹿ニート」
「な、何しやがんだ!いきなり籠なげやがぐぼれふおらっしゃい!」
全く至福の風呂タイムにニート君の顔なんかみたくないんだって。
だから手当たり次第に籠をぶつけて(全力投球)みたけど、やりすぎたかな?
「もうなんだってんだ…」
あ、意気消沈でニート君が帰っていく。肩をがくっと落として項垂れているのはわざとなのか素なのか。
どっちでもいいけど。
服を脱ぐ作業を再開し、僕は風呂タイムを味わうことができたのでした、と。
*
風呂からあがると、自力で見つけ出したらしいカップラーメンをすすりながら「よう」というように手をあげてきた。さっきのことはすっかりどうでもよくなったらしい。
切り替えがはやいというかなんというか。
僕はまだ湿っている髪をタオルで拭き取りながら台所へと足を運ぶ。
もちろん朝食を作るため。
冷凍庫からパンを一枚とりだし、トースターにセットしてからスイッチを入れる。
焼いている間にフライパンやら卵やらをだして、目玉焼き作業に取り掛かる。
ちなみに僕は、塩コショウ派だ。パンと食べるときはこれに限るんだよなぁ。
そういえば家族の中では僕だけが塩コショウ派だった。
母が異様にソースを勧めてきたり、父が醤油を勧めてきたりしたんだけど幼い頃から考えが変わったことは一度もない。だから目玉焼きの日は食卓に大量の種類の調味料が置かれていた記憶がある。
閑話休題。
目玉焼きが焼きあがり、それと同時にパンも焼きあがる。冷蔵庫からバターを出し、それをパンに塗ってから、目玉焼きを載せる。そして塩コショウ。
使い終わったフライパンを軽く水につけて、僕はリビングへと戻っていく。
実はさっきからニート君がじーっと見ていたんだけど、ごめん、スルーしてた。
ゴトっと皿がテーブルに置かれる。カップラーメンをがっちりと持ちながらそれを凝視。
ちょっとおもしろかったから、皿をわざと横にスライドしてみた。
するとニート君の目はそれを追うようにくるくると動く。
あ、やばいおもしろい。
調子にのってさっきより大きくスライド。もちろんそれに合わせてニート君の目もスライド。
縦横に動かした後、持ち上げてみた。おお、ついてくる、ついてくる。
さらに円を描くようにくるくるくるくる、ニート君の目もくるくるくるくる…
「って何俺で遊んでんだ!」
さすがに怒られた。いやぁ悪ふざけをやりすぎちゃうのも僕の性ってことで。
「っていうか…お前だけ目玉焼き食うのか?お、俺の分は?」
「ははは、冗談はよしてよ」
「素!?」
持ち上げていた皿をテーブルに戻して台所に戻った。
飲み物をとりに行くためだ。気分によってかわるんだけど、今日は麦茶にしよう。
冷蔵庫の一番下の段からペットボトルをだしてコップにつぐ。
その間もニート君が目玉焼きをとらないかどうか監視は怠らない。
一回手を伸ばしかけたけど、僕の視線に気づいてすぐ引っ込めた。
ペットボトルを冷蔵庫に戻してコップを手にリビングへと急ぐ。
「なーなー一口だけでも駄目か?」
甘えたような眼で僕を見上げるニート君。
「なーなー一口だけでいいからさー」
とりあえず絡むのも面倒になってきたので無視しておこう。
聴覚シャットダウン。
「いただきます」
「おーい、聞いてるのか?おーい」
「もぐもぐ」
「ほんの一口でいいからさ~」
「もぐもぐ」
「パンの切れ端でもいいぜ」
「もぐもぐ」
「ちょ、食べるのは早くないか?」
「もぐもぐ」
「わーわーッなくなる!なくなるって!」
「ごきゅん、ごちそうさまでした」
「嫌がらせか!?」
ニート君が異様に絡むから思わず本気で早食いしちゃったじゃないか。
残ってた麦茶を一気飲みして食器を片づける。
先ほどつけておいたフライパンを皿と一緒に洗っているとニート君が話しかけてきた。
――――もちろん一歩も動かずに。
「そういえばさぁ、俺、お前の名前きいてないんだけど」
「ほうほう。名前が知りたいのか、この変態め」
「なんで!?」
どうやらニート君は名前に興味があるらしい。
きっと僕を呼ぼうとしたときにでも気づいたんだろう。
「お前のこと呼ぶときに必要だろ?そういうのもろもろ」
確かにおーい、としか呼びようがないのも事実だ。
別に隠してもいいことなんかないし家に届く郵便物ですぐばれるからね。
「ってことで名前なによ?」
「アオイ…とでもいっておこうかニート君」
「だからニート君やめろて………アオイ?名前まで女の子なのか?」
「呪われろ」
誰が女の子だ、誰が。
思わず洗いかけの皿をニート君の頭にむかって投げそうになったよ。
ニート君はニート君で僕の呪われろ発言に「生憎俺は闇属性だからきかないぜ!残念だったな!」とかなんとか言って手を胸の前で交差してる。
お前は小学生か。
でも、こういうのもいいかもしれない。
なーんて柄にもないことを思った僕だった。