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「ちょ、おい、待て!」

 咄嗟に俺は委員長の手を掴んで、そのままいきおいでその小さな体を引き寄せ、思わず抱き締めていた。小柄な彼女は俺の腕の中にすっぽりと収まってしまう。

「い、いきなり何をする」

 いつもクールで落ち着いた委員長が、珍しく狼狽した声を上げる。まぁ、いきなり男に抱きつかれりゃあ誰だって混乱して当然だろう。

「委員長がいきなり逃げるからだろ」

「逃げてなんていない」

「思いっきり走って教室の外に出て行ったじゃねぇか」

「あれは、ただ……その」

 彼女は言いよどみ、ぶつぶつと言葉にならない呟きを漏らす。

 相手が何か言い訳を思いつく前に、俺は口を開いた。

「さっき、委員長が言った話なんだが」

 俺の腕の中で委員長の肩がぴくりと震えた。

「今、委員長が素直に言いたいことを言ってくれて、俺は、嬉しいと思ってる」

「そうか」

「実は、俺も素直に言わないといけないことがある」

 何度か咳払いをしてから続けた。

「あの、最初の、きっかけになった掃除の日、担任の言葉もあって、俺が委員長がずっと一人でやっていたことに気付いて、その後も、その色々と話したり提案したりしたのは、アレは、その、実は、その前から、俺が委員長のことを意識してたからなんだ」

 抱き締めたときから、ずっと視線を逸らしていた彼女が、驚いた顔で俺を見上げ、真っ直ぐに見つめてきた。

「俺が委員長を見ていたから、担任の指摘に気付けて、その後、一緒に勉強しようって提案したのも、一緒にいたかったからで、今日だって、遅くまで、いつまでも、書き初めに手を付けないで残ってたのは、委員長と一緒に二人きりでいられたからなんだ」

 言ってしまってから、今度は俺が、彼女の射るような視線を避けるように、顔を逸らす。

「それじゃあ、君は、君は、私のことを、好いてくれているのか?」

 彼女の問いかけに俺は黙って頷く。

 少しの間、放課後の教室は、沈黙に満たされる。

 それから、ふと、彼女が声を発した。

「そうか。じゃあ、私たちは両想いというわけだ」

 彼女の手が俺の背に回され、身を寄せてきた。背中に彼女の細い腕を感じる。彼女のふくよかな胸が体に当たっているのがわかる。顔の真下からはシャンプーだろうか、何とも言えぬ芳しい香りが漂ってくる。密着した彼女の体は柔らかく熱かった。

「やっぱり、君が教えてくれたことは正しかった」

 俺の胸に頬ずりしながら、彼女は囁く。

「素直に、私の気持ちを言って良かった。君が好き、と、告白して良かった」

 彼女は上気した顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「私は、これから、もっと素直に、私が思うことを、したいことを、言いたいことを、君に伝えたいと思う」

「あぁ、その方がいいと思うぞ」

 やはり、人間、正直に生きた方がいいに決まっている。そりゃ、時には本音をオブラートに包んだり、建前を言わなきゃいかん時もあるだろう。

 しかし、そうやって本音を隠して生きるのは、大概にすべきだ。特に、親しい相手には素直になるべきだ。

「じゃあ、早速なんだが」

 彼女は桃色の唇を開く。

「キス、して欲しい」

 そう言って彼女は、密着していた体を更に押し付けてくる。体が小さいくせに、やけにボリュームのある乳が押し潰されてる。春の日差しのように温かく、マシュマロのように柔からい感触が服越しにも感じられる。

「キス、して」

 彼女はゆっくりと細い顎を上げ、そっと目を閉じた。桃色の唇は閉じられ、何かを期待するように、微かに突き出される。

 俺は再び混乱した。とはいえ、先の告白のときのように、情けなくアタフタして、彼女を傷つけるわけにはいかない。

 意を決して、彼女の小さく白く美しい顔に、顔を寄せる。

 唇が触れ合った瞬間、彼女が小さく震えた。

 そのまま、俺たちは何秒も何十秒も何分も、ただ、唇を合わせていた。

 やがて、どちらともなく、顔を離す。

「ありがとう。大変貴重な経験ができた」

 彼女は真っ赤な真顔で言った。

「しかし、困ったことがある」

「何だ?」

「実は、正直言うと、まだまだ、君としたいこと、やりたいこと、君にしてあげたいこと、君にしてほしいことが、たくさんあるんだ。今、キスをして、もっともっと、色々、したくなってしまった」

 彼女は眉を八の字にして心底困ったような顔で仰る。何を言っているんだ。この娘は。

「そんなもん」

 妙なことで困っている委員長に俺は言ってやった。

「全部やりたいように、したいようにすればいい。遠慮する必要なんかないだろ」

 もう互いに何も憚る必要も隠す必要もないのだから。何せ、二人は彼氏、彼女、恋人同士の関係なのだから。

「そうか。それじゃあ」

 彼女は俯いて少し考えてから、顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめて、いつもどおりの無表情で言い放った。

「セックスしよう」

「ハァッ!?」

 いきなり彼女の口から飛び出したとんでもない言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げていた。

「本当は結婚したいところだが、私はともかく、きみはまだ民法上、結婚できる年齢ではない。それに、経済的、社会的にも、中々学生結婚は難しいのが現実だ。次にしたいことは子作りなのだが、これもまた、学生出産は色々な理由で難しい」

 彼女は極めて真面目に考えているようで、真顔でぺらぺら語り出す。こんなに話す委員長を初めて見る。ていうか、なんでこんなことを言い出すんだ。こいつは。

「となると、二人の愛を確かめる方法としては、セックスが最も実行可能な手段だ。愛と性は一体であり、愛し合う者同士が体を重ねるのは至極当然だ。それに、正直言って、私は君に告白して、抱き締められて、キスをして、既に興奮している。君ともっと肌を重ねたい。君ともっとキスしたい。君をもっと知りたい。君をもっと愛したい。君にもっと愛されたい」

 委員長は熱っぽく語りながら、その大きく柔らかな、二つの肉の塊を俺に押し付け、脚を絡めてくる。左手は俺の背中を撫でまわし、右手は前に伸びる。

「いや、いきなり、そんな……」

 いきなりすぎる展開に俺は狼狽し、彼女に自制を求める。こういうものには順序というものが……。

「口ではそう言うが、君のここは随分と正直なようだが」

 俺の息子は呆気なく理性を裏切り、彼女の右手に弄ばれるままになっている。この裏切り者め。

「君も素直になるといい。素直になれ。とは、君が教えてくれたことだぞ?」

 彼女はそう囁き、背伸びして、顔を寄せてくる。

「キスする。顔を寄せて」

 求められるままに、俺は頭を下げる。

 唇を合わせると、今度は、唇を合わせるだけでは飽き足らず、舌を伸ばして、俺の唇を舐めていく。お互いの口の周りがべちょべちょになった頃、彼女の舌がほとんど強引に唇を割って、口内に入り込んでくる。味わうように口の中で舌を躍らせ、二枚の舌が絡み合い、唾液に塗れ、どろどろになる。

 それと同時に俺の理性もどろどろに溶けていってしまったのだった。

 さて、後日のことだが、結局、俺と彼女の書き初めは皆より一日遅れて提出され、例年どおり、教室前の廊下に貼り出された。

 彼女の書いた今年の目標は「したいことをする」であった。そのしたいことってのが、一体何なのか。わかるようなわかりたくないような。

 ちなみに、俺の目標は「流されない」だ。

 書き初めを書いた日、つまり、彼女が俺に告白して、俺がそれに応えて、その流れでハグしてキスして、色々やってしまった日から、まだ数日しか経っていないが、彼女は順調に今年の目標を達成していた。俺の方はといえば、生憎と目標を守れていなかった。主に彼女の愛に流されている。

「君とするのは、とても気持ち良い。君を愛していると感じられるし、君に愛されていると感じることができる」

 彼女は上気した顔で熱っぽく語り、淫靡に美しく微笑んだ。

「それじゃあ、もう一回しようか。今度は私が上で……」

 彼女はすっかり自分の気持ちに素直になったようだ。しかし、ちょっと素直すぎるというか。積極的すぎる気がする。とはいえ、素直になれと言ったのは俺だ。これは自業自得というべきか。

 そんなことを自問しながら、俺は毎度の如く、彼女の愛に流されるのだった。彼女が素直に行動しているのだから、俺も本能に素直に従おうと心の中で言い訳しながら。


これで終わりです。

短いお話でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。

最後に感想等頂けますと大変嬉しゅうございます。

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