異世界に召喚された介護士ですが、聖女(仮)を押し付けられて過労死しそうです。
「陽向姉ぇ! ジェットコースター乗ろっ!」
「はいはい」
妹――桜と二人、久々の遊園地。
就職先決定と大学の卒業祝いで、桜がずっと行きたがっていたテーマパークに来た。
「次は……あっ! 射的だ! 射的!」
「はいはい」
両親が事故でなくなって六年。当時十九歳で介護士になりたてだった私と、高校一年だった桜。近しい親族がいなかった私たちは、二人で生きてきた。
保険金等で生活費に困ることはなかったものの、自分たちの生活にいっぱいいっぱいで、あまり羽目を外すことなく生きてきたので、私も桜も今日はやりたいことをいっぱいやる! と決めている。
「わっ、お花のタトゥーシールだってぇ」
よく分からないままに射的用の銃を構え、それぞれ十発撃ってゲットしたのは、桜が落としたタトゥーシールだけだった。
私たち下手くそだねぇ、なんて笑いつつタトゥーシールを貼ることに。
「陽向姉ぇ、どれにする!?」
「んー、桜は桜の花にするでしょ? 私は……蓮かなぁ?」
二人でキャッキャと左手の甲にタトゥーシールを貼って、スマホで記念撮影。
本当に本当に楽しくて、一日中笑っていた。
夕方になって、パレードが始まる前にお化け屋敷に入ると桜が言い出して、怖いものが苦手な私は嫌がったが、桜に上目遣いでお願いされて渋々入ることに。
和風のお化け屋敷だったはずなのに、扉を開けて暗闇の中を少し進むと、なぜか床に小さな魔法陣が浮かび上がっていた。これを目印に進むのだろうか?
妹の不安そうな声が後ろから聞こえた。それが妙に遠く感じて振り返った瞬間、床が一気に眩く光り出して、慌てて目を閉じた。
数秒して瞼を透過するような光の渦が収まったので、ゆっくりと瞼を押し上げる。
床には淡く光る巨大な魔法陣、見覚えのない薄暗い石造りの神殿のような空間。
そして、目出し帽のような三角頭巾と全身を覆うローブ姿の、どこかの密教徒のような怪しさ満点の人たちに周囲を囲まれていた。
「召喚に成功しましたぞ!」
――――召喚?
え、ここのお化け屋敷ってそういうコンセプトだったっけ? と、首を捻っていたら、アニメとかで見ていたような青い騎士服の人たちが、広間にぞろぞろとなだれ込んできた。
そして、怪しい頭巾の人たちをどんどんと捕縛していく。言葉通り、縄で縛って。
この場にいる全員がコスプレした西洋人みたいだ。
明らかに何かが可怪しいとは気付いてはいたものの、事実を受け止められるほど、私の脳は冷静じゃなかった。
「魔女様、今です! 今こそ、この世界を混沌の闇に――――」
「黙れ!」
他の騎士っぽい人たちとは少しだけ衣装が違う、金色の長い髪を後ろで一つ結びにした緑色の瞳の騎士がこちらに近付いてきた。
混沌だとか人を魔女だとか言っていた怪しい頭巾の人を一喝。
騎士は、私の目の前に片膝をつき、恭しく左手を持ち上げた。そして、手の甲にキスをし「探しておりました、聖女様」と言った――――。
どうやら私は、魔女を崇拝する邪教によって異世界召喚されたらしい。
ここは魔女教の地下神殿なのだとか。
魔女でもないし聖女でもないと言ったが、金髪ロングの騎士ユージンに、手の甲にある蓮の花が聖女である証拠だと、少し可哀想な子をみるような目で微笑み返された。
手の甲のはタトゥーシールで、石鹸で洗い流すか、強く擦れば取れる……はずだった。
どんなに洗っても、布で擦っても取れず、爪で引っ掻こうとしたところで、ユージンに止められた。
妹――桜はどこにいるのかと周囲を探したが、いなかった。
地下神殿から救出され、馬車に乗せられた。今から女神教会の偉い人に会って、聖女認定の義を受けるらしい。
聖女とは何をする者なのかと聞けば、祈りの力で病や怪我を一瞬で癒すのだとか。
先代聖女が亡くなって六年。普通であれば直ぐに次代の聖女に蓮の花の印が顕現するはずなのだが、全く現れなかったという。
だからこそ、手の甲に蓮の花のシールを貼った私が聖女なのだと勘違いされたようだった。
「では聖女認定の義を始める」
王城敷地内にある女神教会というところで、バスケットボール大の水晶玉に手を翳して、魔力を放出しろと言われたが、やり方など知らない。
それっぽい雰囲気で『なんか出ろ』と念じたら、体中から魔力は放出されたものの、聖女だと認定するほどの反応が水晶からは得られなかったと溜め息を吐かれた。
私的には、そもそも自分に魔力があったこと自体が驚きなのだが、この世界では魔力がある者はままいるらしい。
「一応、聖女見習い程度の反応はある。魔法の勉強などをすれば、もしかしたら開花するやもしれぬ」
「枢機卿! ですが、彼女の手にはくっきりと蓮の花が」
ユージンが何やら不満そうな顔で、教会の偉い人に楯突いていた。
「その者が、それは取れにくい絵だと言ったのであろう? 本来ならば偽装罪で斬首だが、聖女見習いとしての認定は出た」
「っ!」
――――は?
偽装罪? 斬首? どういうことなの!?
「それに、邪教によって異世界召喚がなされ、聖女を保護したと既に城中に広まってしまった。どうせ、騎士団の誰かが漏らしたのだろう? その者を仮の聖女として教育してやる。聖騎士も見繕おう。それが教会としての譲歩だ」
「承知しました」
教会の偉い人はそう言うと、白いマントを翻し、颯爽と立ち去ってしまった。
その後、様々な説明を受け、元の世界には帰れそうにないこと、聖女見習いとして聖魔法というものを学ぶのであれば、生活には困らないことなどを説明された。
戻れないのならば仕方ない。
言いたいことは沢山あるものの、誰に何を言っても仕方ないというのも、数年ほど社会人をやっていれば理解できる。
言われたことに頷くしかないのだろう。
本来の聖女見習いは教会の相部屋らしいが、私は異世界から召喚されてきたからと、王城の客間で過ごすよう言われた。それが、国からの『可哀想な異世界人』に対する施しらしい。
老齢の侍女マーサにこの世界のことを教わりながら、なんとかかんとか過ごして三日目の朝。
部屋にユージンが来た。
保護されたときは青に銀細工が施された騎士服だったが、今日は白に金細工の騎士服を着ていたので、一瞬誰か分からなかった。
「私がヒナタ殿の聖騎士になった。これから一生、貴女を護ると誓う」
「せい、きし?」
たしか、騎士を一人付けてやるとか偉そうなことを言われたようなと思い出していたら、ユージンが床に片膝をつき、呆然と立ちつくしていた私の左手を取ると、手の甲にチュッとキスをした。
マーサが斜め前で感動したような表情で「あら、まぁ」なんて声を出しているが、その意味が分からない。
ユージンが配属されて一週間。
基本は座学で魔法のことを学んでいる。魔法学の教師や、聖魔法専門の教師、歴史の教師など入れ替わり立ち替わり。休めるのは、 食事のときか、睡眠時のみ。
その間のユージンは、部屋の隅に控えている。暇じゃないんだろうか? と気になって、聞いてみたことがある。
「ねぇ、授業中は何か好きなことをしててもいいんじゃないかな?」
「ヒナタ殿の警護が任務ですので」
すげなく答えられてしまい、次の言葉が続けられなかった。
正直なところ、ユージンとはあまり仲良くは出来てない。
そうしているうちに、異世界召喚されて半月が経った。
なんだかんだと勉強していたら、座学はある程度大丈夫とのことで、実技も増やしていくことに。
教師は、まさかのユージン。
魔法騎士のため、ある程度のことは教えられるとのことだった。
聖魔法は教会で教わるそうだが、兎にも角にも魔法が使えるようになってからがいいだろうと言われた。
初級魔法といわれている、簡単な攻撃魔法と防御魔法を教えられたが、攻撃系の魔法ばかりが上手くなり、防御魔法はそこそこというか下の中程度から上達しなかった。
「なんでだろ。防御膜が揺らいですぐ消える」
「学び始めはそんなものですよ。慌てず学んでいきましょう」
「はぁい」
魔法を教わる中で、徐々にユージンとは打ち解けてきた。
「少し休憩しましょう」
「え、もうですか?」
「もうと言われましたが、一時間ぶっ通しで魔法を使うのは、戦闘中でもなかなかあり得ませんからね」
勉強や練習に熱中しすぎていると、そう言ってお茶を出してくれるようになった。
室内ばかりでは息が詰まるだろうと、王城庭園や敷地の散策を提案されることも。
今日も、そんな日だった。
王城庭園の散策を終え部屋に戻っている途中で、ベンチに力なく座り込んだ年配の男性がいた。シャツとズボンとキャスケットというラフな格好なので、庭師かその関係者だろうか?
杖が足元に落ちていたので、拾って男性の横に立てかけた。
「大丈夫ですか? 何かお手伝いしましょうか?」
職業病なのかな? こういうときについ話しかけちゃうの、悪い癖な気がするけど、やめられないんだよねぇ。
聞けば、立ち上がりたいが、膝が痛くて上手く立ち上がれないとのことだった。
「それなら、少し浅めに座ってください」
「うむ?」
「踵を引いて、膝より後ろに。それから前屈みになるように上半身を少し下げれます?」
「ふむ。こうかな?」
「はい、上手です」
後は自力で立てそうな雰囲気だったので、側面からサポートで良さそう。
「痛いのはこっち?」
「おお、そうじゃ」
痛まない方の膝を前から少し押すようにし、勢いで倒れないように上半身の前に腕を添えた。
「ゆっくり立ち上がってみて」
「おお! 楽に立てたぞ。それに膝も痛まぬ」
「うん、良かった」
年配の男性が「助かった」と微笑みつつ、なぜか騎士の礼をとっていたユージンにウインクをして立ち去っていった。
「知り合いですか?」
「まぁ…………少し?」
歯切れの悪い返事だなぁ。顔見知り程度だったのかな?
「それより、ヒナタ殿は医師か何かだったのか?」
「え?」
「人体の構造などを理解したような指示だったが」
「あー」
そういえば、私のことを聞かれたのは初めてかもしれない。
「介護士だったんです」
「介護士? もう少し、詳しく聞いても?」
それならと、部屋に戻り二人でお茶を飲みながら話すことに。
「なるほど、老人や身体に不自由を感じている者を介護する仕事ですか」
「まぁ、簡単に言うと、ですけど」
そこでふとユージンはどういう職業というか、どういう経緯でここに来ることになったんだろうかと気になった。
「私のことですか? 伯爵家の嫡男で、十六歳から騎士をしています。今は二十八歳で、聖女の聖騎士に任命されていますね」
「その聖騎士の前は、騎士団の隊長さんでしたよね? なんで急に聖騎士に?」
「ただの配属変更だと思ってください」
聖女じゃなかった私を保護した責任で、配属されたんじゃないかと思っていたけれど、それは違うとユージンに真顔で否定された。
少しずつ話す中で、敬語じゃなくていいと言われ、それならお互いに敬語を取っ払うことにした。
「そういえば、ヒナタは妹を探していたな?」
「うん」
「あのあと、地下神殿をくまなく捜索したが、他に召喚された者は誰もいなかった」
「探してくれてたの?」
ユージンが少し申し訳なさそうに頷いた。
もう戻れないと分かっているのに、妹のことを話してしまったら、私の心が壊れてしまうのではと危惧して話せなかったらしい。
この世界の人たちは、私個人には一切興味がないのかと思っていた。
私が聖女ではないと分かった瞬間の枢機卿の無表情さ。あれは、無価値な者を見る目だった。
「教えてくれてありが……と」
ずっと、桜のことを考えないようにしていた。
桜は無事ってことよね? 私が消えて心配してるよね? 泣いていないかな?
両親を亡くしたときの桜の泣き顔が頭をよぎってしまい、私まで泣きそうだった。
「ん」
慌てて俯き、瞬きで涙を散らそうとしていたら 、ユージンがゆっくりと優しく頭を撫でてくれた。
こんなふうに撫でられたのは、子どものころ以来かもしれない。
チラリとユージンの顔を見ると、柔らかく微笑まれた。
――――ふぉあっ!?
整った顔立ちだとは思っていた。ただ、今までは護衛としている人、魔法を教えてくれる人という認識だった。
色々と話したことや敬語を止めたことで、距離が近付いて良かったと思うと同時に、変な気持ちも芽生えそうな何かを一瞬感じて視線を逸らした。
「どうした?」
顔を覗き込んで来ないでほしい。ちょっと赤くなってしまってる気がする。
この世界に来て二ヵ月。
先月から女神教会で聖魔法を習い始めた。普通の魔法よりは簡単に使えているかもしれない。ただ、治癒魔法は使えるが、まだ完全に使いこなせていないことで、やはり偽者だと陰で言われているらしい。
そんな中、少し難しそうな顔をしたユージンから手紙を渡された。
手紙は国王からで、王城敷地内にある治療院で聖女(仮)として働くよう書かれていた。
拒否権は無いらしい。
「聖女(仮)ってなんなのよ」
「ヒナタには不確定要素が多すぎて」
「これ?」
未だに消えない左手の甲にある蓮の花のタトゥーシール。本当に謎だ。
治療院に行くと、聖女見習いたちとその聖騎士たちに白い目を向けられた。治療院の院長からは、国王からの命令だから仕方なく受け入れるとハッキリ言われた。
歓迎されていないのは重々承知だけど、こちらにも拒否権がないのは理解してほしい。
治癒魔法が使えるのは一握りなので、重宝を通り越して酷使される日々が続いた。
「腕を私の首に回して。そう。持ち上げますね」
車イスで運ばれてきた人をベッドに移乗させていると、抱きついてイヤらしいなど嫌味を言われるが、無視。何を言われようとも、患者さんの安全が第一だから。
「ワシのせいで……悪いのぉ」
「大丈夫ですよー。治癒魔法を掛けますね」
「仮聖女、次はあっちの治癒しといて」
「はーい」
「ねぇ、あの患者平民だから嫌なのよね。仮聖女が治癒してくれない?」
「分かりました」
そんなふうにして、一日が終わる。
魔力枯渇寸前まで働き、部屋に戻るとソファに倒れ込むのが日課となっていた。
「ヒナタ、そこで寝るな。風呂に入って、ちゃんとベッドで眠れ」
これはユージンの優しさ。ソファで寝落ちして体がバキバキだとか、少し鼻声になっていたりとかの前科がある私を、本当に心配してくれているからこそ。
分かっていたのに……疲れすぎていて思考に余裕がなかったのか、妙にカチンときてしまった。
「ユージンはずっと見ているだけで、疲れてないから、そんなことが言え————」
そう言った瞬間に、後悔。
介護の仕事をしていて、見守るという仕事の大変さを知っていたのに、なんと酷いことを言ってしまったんだろうか。
謝ろうとしたけれど、ユージンが寂しそうに微笑んで「すまなかった」と言い、出ていく方が早かった。
「……ごめんなさい」
パタンと閉まったドアに向かって謝っても意味がない。分かっているのに、声が漏れ出た。
■■■
魔女教が異世界人を召喚しようとしている、という密告があった。密告の時間の前に行ったのに、既に召喚し終わったあとだった。
保護したのは黒い髪を耳下で切り揃えた女性。あまりにもあどけない見た目から、当初は少女だと思い込んでいたが。
彼女は恐ろしいであろうに、気丈な態度を取り続けていた。
ヒナタの手の甲に聖女印を見つけ、聖女が国民から現れなかったのはこのせいだったのかと理解。
異世界人は膨大な魔力を持っている。女神が彼女を聖女にするため、この世界に来るよう仕向けたのかもしれない。
過去にも何度かあったと歴史書にあった。
国に大きな危機が訪れるとき、国に適材がいなければ、異世界人から聖女が選ばれているようだと。
それなのに、女神教会の枢機卿はヒナタを聖女とは認めなかった。
聖女の件に関しては、国は手出ししないと教会との協定があるため、国王はだんまり。ただ、治療院は国も運営に関わっているので、ヒナタを仮の聖女として派遣することにした。
ヒナタは、少し危うい。
何を言われても、笑顔で受け流す。押しつけられた仕事でも、全部きっちりとやる。
毎日魔力を枯渇させるまで働き、ふらふらと歩き部屋に入った瞬間にソファに倒れ込む。
誰もが彼女を雑に扱う。そして、それを止める者もいなければ、咎める者もいない。
私は手出し禁止を命じられている。
国王から『彼女の真偽を確かめたい』と言われたが、真偽も何も、これほど美しい心を持った者はいないのに。
ただただ患者のためを考えている。どうやれば患者に負担がないか。あのときこうやれば、もっとお互いに安全に動けたはず、なんて反省もよくしている。
「づがれだぁぁぁ」
今日も倒れる寸前まで働いていて、ソファで意識を飛ばそうとしている。
「ヒナタ、そこで寝るな。風呂に入って、ちゃんとベッドで眠れ」
「ユージンはずっと見ているだけで、疲れてないから、そんなことが言え————」
そう言った瞬間のヒナタの顔は、後悔に塗れていた。私が言わせてしまったのに。身も心も疲れ果てているのだから、荒んだ言葉も出るだろう。それに、私は本当にただ見ているだけの存在なのだ。
「すまなかった」
嫌な言葉を言わせてしまった。きっと私の顔も見たくないだろうとヒナタの部屋を後にし、自室に戻った。
ヒナタと過ごす日々はとても穏やかで、戦闘に明け暮れていたあのころとはあまりにも違いすぎた。
初めは、あまりにも暇すぎて気怠いとさえ思っていたが、今は掛け替えのない時間だと感じている。
柔らかに微笑むヒナタ。魔法の訓練で、失敗して口を尖らせるヒナタ。眉間にシワを寄せて考え込むヒナタ。私の頭に蝶が止まっただけで大笑いするヒナタ。
瞼を閉じると、いつも彼女の顔が浮かび上がる。
嫌でも思い知る。彼女に惚れている、と――――。
◇◇◇
翌朝、いつも通りにユージンが迎えに来てくれてホッとした。
「昨日はごめんなさい!」
「ん、私の方こそすまなかった」
ポンポンと頭を撫でられた。嬉しいけど、なんか子ども扱いされてない? なーんかモヤッとするなぁ。なんでだ?
――――あ。
そこで気付く、自分の恋心。
そして更に気付く、子ども扱いされていて、女性としては見られていなさそうなことに。
ケンカしようが仲直りしようが、恋を自覚しようが、今日も今日とて治療院勤務。
いつも通り仕事を始めようとしていたら、ユージンが急用だと言ってどこかに行ってしまった。
治療院から出ないようにとも言われたが、そもそも治療院から出るほどの休憩が与えられていない。
お昼少し前、ちょくちょくケガしたと言って小さな擦り傷で治療院を訪れる平民上がり の騎士が今日も来ていた。
平民上がりというだけでも聖女見習いたちが治療を嫌がるのに、彼はセクハラ紛いのこともするので、私の担当にされた。
「ヒナタちゃん、こんなところで働いてないで、俺の嫁になりなよ」
「お気持ちだけ頂戴いたしますねー」
仕事柄、うちの孫の嫁に~などから、なかなかのセクハラまで色々と体験し過ぎていて、無感情で流すことが日常になっている。
彼は騎士だという誇りも一応ちゃんとあるようで、絶対に勝手に触れては来ない。この程度、可愛いものだ。
「治療は済んだか?」
「あっ、まだ」
「もう終わりましたっ! 失礼します!」
いつの間にかユージンが真横にいた。いつ戻ったんだろうか?
ユージンにギロリと睨まれた瞬間、かすり傷の騎士が敬礼して逃げていった。
なんか不機嫌そうだなぁ。怒らせちゃった? 騎士とおしゃべりばかりしてて騎士業務の妨げをするな、的なヤツかな……?
その後も、何かと問題ありの患者を治療したり、常時治癒魔法を掛けないといけない重篤な病の患者に治癒魔法を施し、今日もフラフラの魔力枯渇寸前。
「お疲れさまで――――」
挨拶をして帰ろうとしたところで、一瞬目の前が真っ暗に。次いで真っ白に。
あれ? っと思ったときには、ユージンに抱きしめられていた。
「あ、ごめん。もう大丈夫」
「大丈夫じゃないだろう」
ふわりとした浮遊感。
ユージンに横抱きにされていた。降ろしてと言うが、完全無視。そのまま王城内を歩き、部屋まで運ばれてしまった。
そっとベッドに寝かされた。
「もう少し自分を大事にしろ。こんなペースで働き続けるなんて無茶だ」
珍しく強い口調のユージンに、心臓がキュッと縮こまったような感覚。
「でも本物の聖女が現れるまでだし……」
「聖女が現れたとしても、ヒナタの人生は続くんだぞ。自分を大切にしろよっ!」
「っ、ごめん……なさい」
怒っているのに、泣きそうな顔のユージン。本気で心配させてしまっていたらしい。
立ち去ろうとするユージンの袖を慌てて掴んだ。
「待って!」
「……なんだ?」
そっぽを向いていても返事してくれる、優しいユージン。
ツンツンと袖を引っ張り、こっちを向いてとお願いした。
「あのね、これからも、やりすぎていると思ったら止めてほしいの」
「あまり無防備な姿を晒すな、襲われたいのか!?」
急に毛布をバサリと掛けられた。
一瞬何のことだと思ったが、ユージンを呼び止めるためにベッドから起き上がったことで、スカートの裾が太腿までずり上がっていたことや、角度的に胸元が少し見えていたようだと気付く。
ユージンがチラリとそこら辺を見ては、顔を真っ赤にしていたので。
――――え。
この反応って……もしかして、少しは女性として意識してもらえてるってこと? あれっ、顔が熱い。
「少し休んだら、ちゃんと風呂に入って体を温めるようにっ!」
真っ赤な顔のユージンがそう怒鳴って、逃げるように部屋から立ち去ってしまった。
――――なんか、可愛い。
翌朝、いつもより半歩、ユージンに近付いて歩く。近くないかと聞かれたが無視。
「嫌?」
「……嫌、じゃない」
どうやら、ユージンは押しに弱いらしい。照れて顔を背けつつも、距離はそのままで治療院に向かってくれた。
ねぇ聖女様、早く現れてくださいよ、私が過労死する前に。
そして、ユージンと距離を縮めるためにも、倒れてる暇なんてないんだから――――。
■■■
国王陛下から呼び出されて執務室に向かうと、ヒナタを聖女として認めさせる方向で進めていると言われた。
ヒナタには伝えてもいいが、治療院の者たちには内密にするようにとのことだった。
最近の治療院の職務怠慢さや、女神教会の権威を振りかざすさまや、横着な態度に辟易としていて、それをどうにかしたいらしい。
ヒナタに伝えてもいいとは言われたが、彼女は自分が聖女だと知ったら、きっと今まで以上に無理をしてしまう気がしている。
やっと休むことを意識しだしてくれているのに。
そして、地味に大問題なのは、ヒナタを正式な聖女とすることで、聖騎士を再選出する話もあるということ。
本来の聖騎士は、聖女と魔力相性が良い者が選ばれる。
今までは仮の聖女だったので、監視役を兼ねた者を付けたいと国王に言われ志願した。
初めは、私が保護したからという責任感からだった。
今は、この立場を誰にも譲りたくないと思うくらいには、彼女のことを想っている。
さて、どうするかな……。
―― fin ――
読んでいただきありがとうございます!
ブクマや評価などしていただけますと、笛路が喜び小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ
(と、たまには真面目に後書きを書いてみる)




