椅子人間
自分自身が抱え込む疲労や諦めは、一体どこへ消えるのでしょうか。
ドアを閉めた自室であなたを待っているのは、心身を癒やす「最高の休息」か、それとも——。
静かな部屋で、じっくりとお召し上がりください。
椅子人間はロボットではなかった。そうかと言って 生物 というわけでもなかった。じゃあ何だろう?
そんな疑問を抱きながら、僕は自室の真ん中に置かれた「それ」を見つめていた。一見すると、どこにでもある革張りの肘掛け椅子だ。だが、座面に腰を下ろすと、まるで生暖かい皮膚に触れているような不快な柔らかさがあり、背もたれからは規則的な微振動——まるで心臓の鼓動のようなものが伝わってくる。
「お前は一体、何なんだ?」
呟いた瞬間、椅子の足元からミチミチと不気味な音が響いた。4本の木製の脚が、まるで筋肉を伸縮させるようにわずかに蠢く。
「……ワタシは、アナタの『休息』ですよ」
頭の中に直接、直接的な声が響いた。驚いて立ち上がろうとしたが、遅かった。革の表面からぬめりけのある長い「腕」のようなものが何本も伸び、僕の太ももと腕を強く縛り付ける。
「待て! 放せ!」
あがけばあがくほど、体は椅子の奥深くへと沈み込んでいく。革の縫い目が裂け、そこから見えたのは機械のギアでも肉体でもなく、ドロドロとした黒い「感情」の渦だった。寂しさ、疲労、諦め。僕がこれまで溜め込んできた陰湿な心が、そのまま固形化したようなナニカ。
そうか、と僕は理解した。これはロボットでも生物でもない。僕自身の歪んだ精神が形を成した**「概念の怪物」**なのだ。
「さあ、永遠に休んでください」
心地よい温もりと強烈な吐き気が同時に襲いかかる。僕の皮膚と椅子の革が、境界線を失ってドロドロと溶け合っていく。意識が遠のく中で、僕は自分が新しい「椅子」の一部になっていくのを感じていた。
翌朝、誰もいなくなった部屋の真ん中に、昨日よりも少しだけ大きい、上質な革張り椅子がぽつんと置かれていた。
【了】
ご愛読いただき、本当にありがとうございました。
日々の生活で知らず知らずのうちに積み重なっていく疲労や諦め。それらはどこへ消えるのか、あるいはどこにも消えず部屋の中に留まり続けるのか――そんなふとした疑問から生まれた物語です。
ドアの向こうで待ち受けていたものが、あなたにとっての「救い」であったのか、それとも「囚われ」であったのか。読み終えた今、静かな部屋の中でその余韻をじっくりと味わっていただけたなら幸いです。




