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婚約破棄の通知を書いていた王宮書記ですが、百通目の宛名が私でしたので、原本を読み上げます  作者: 銀細工ナギ


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美しい基金

「北方救貧基金……」


私は付属目録の一行を、二度読んだ。


アルバート殿下は、北方の冬を憂う慈悲深い王太子として知られている。雪で作物を失った村へ穀物を運び、孤児院へ毛布を寄贈し、春の祝宴では基金のための演奏会を開いた。


そのたび、私は誇らしく拍手をした。


「基金への寄付は違法ではありません」


自分に言い聞かせるように言う。


「本人が望んで寄付したならな」


エドガー殿下は、付属目録を二列に分けた。


「解消時に違約財産を受け取るのは、多くの場合、被害を受けたと認められた申請人側だ。その申請人たちが、受け取った直後に一様に兄の基金へ寄付している。善意というには、整いすぎている」


ミーナが別冊の財産移転台帳を運んできた。重くて腕が震えるほどの帳簿を三人で机へ置き、該当番号を照合する。


第七十四号。アイナ・ベルク嬢の持参金から、葡萄畑の収益権三年分が元婚約者へ渡り、その半額相当が基金へ寄付された。


第八十八号。エルマ・ラウ嬢が相続予定だった織物工房との購入契約が破棄され、違約金の一部が基金へ。


第九十六号。クララ・ローゼン嬢の薬草園管理権が、元婚約者を経て基金の施療院部門へ貸与される予定になっている。


「救貧基金が、奪った財産で人を救う顔をしていたのですね」


ミーナの声は怒りで震えていた。


「まだ奪ったと断定はできないわ。本人たちが署名している可能性も」


「リディア様は、殿下をまだ信じたいのですか」


問われて、私は返事に詰まった。


信じたい。そう認めるのは、書記として恥ずかしいほど私的だった。


アルバート殿下は、私に小さな贈り物をくれる人ではなかった。代わりに、私が書庫へ勤めることを反対しなかった。王太子妃となる者が埃まみれで働く必要はない、と周囲が言う中で、「君の知性は国の役に立つ」と言った。その一言だけで、私は六年、彼を尊敬して愛した。


あの言葉さえ、紙工房を持つ伯爵令嬢を繋ぎ止めるためだったのか。


「信じたい気持ちと、確認しないことは別です」


私は台帳の頁をめくった。


「第百号の付属目録の写しはありますか。封印された原本を開かなくても、受付副本なら別管理のはずです」


財産台帳の担当書記が呼ばれた。老齢の彼は、私の顔を見ると困ったように目を伏せたが、規則に従って副本を出した。


私の解消に伴う移転財産は、思ったより簡素だった。


宝飾品や別邸ではない。エルンスト伯爵家が所有する、王室公文書用紙の優先販売権。その管理権が、婚約解消の違約として申請人アルバート殿下へ移る。そして収益の四割を、北方救貧基金の運営費とする。


呼吸を忘れた。


父の領地は肥沃ではない。けれど澄んだ川と白樺林があり、百年前から丈夫な紙を作って王宮へ納めている。私が書記を志したのも、幼い頃から父の紙に文字が残ることを誇らしく思っていたからだ。


アルバート殿下は、それを知っていた。


「婚姻によって共有管理にするより、私を罪人にして取り上げたほうが、ご自身だけで自由に使える」


声が冷たくなる。涙が出ないことが、悲しかった。


エドガー殿下が台帳を閉じずに言った。


「兄の基金は、監察院への会計提出を三季遅らせている。私は幾度も催促したが、北方での緊急支出の整理に時間がかかると返されていた」


「殿下は、もともと基金を調べていらしたのですか」


「調べ切れずにいた。兄が善行の看板を掲げるほど、王弟である私の疑いは政争と呼ばれる。確かな入口がなかった」


彼は私ではなく、欠けた印の一覧を見る。


「君が鐘を鳴らすまでは」


私は、彼に救ってもらうのではないのだと理解した。彼もまた、私が守った原本を必要としている。私たちは互いに都合のよい味方ではなく、同じ事実へ別の側から辿り着いたのだ。


「基金の口座記録は、照合までに押さえられますか」


「令状を申請する。だが、公に出すには、解消理由が虚偽だったという証言が要る。印の偽造だけでは、手続上の瑕疵で終わらせられる恐れがある」


「手続の誤りにされれば、財産は?」


「返還を争うには何年もかかる。その間に基金から別の契約へ移されれば、元の形では戻らない」


紙の上では一行の移転でも、その先では生活が変わり、土地の使われ方が変わる。急がなければならない理由が、また一つ増えた。


「被通知人たちに、連絡を取ります」


「彼女たちは、もう一度傷を語らされることになる」


「だから、証言を強いてはいけません。知る権利と、話さない権利を同じ手紙に書きます」


地下庫の時計が、夜半を告げた。


私は空白の連絡用紙を二十一枚、机に積んだ。


百通目が私に届いたのは、偶然ではないのかもしれない。紙を読める立場にいる私なら、届いた嘘を、嘘のまま終わらせない。


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