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婚約破棄の通知を書いていた王宮書記ですが、百通目の宛名が私でしたので、原本を読み上げます  作者: 銀細工ナギ


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15/20

返される名前

アルバート元殿下が連行された後も、審理は終わらなかった。


王太子の失脚は大きな出来事だ。けれど、クララたちにとって必要なのは、悪人が衛兵に囲まれる光景ではなく、自分の名前から嘘が取り除かれ、失ったものが具体的に戻ることだった。


法務卿は一通ずつ番号を読み上げた。


「第九十六号、クララ・ローゼン。当該公示は、偽造印および虚偽事実の疎明により即時停止。薬草園管理権の移転を凍結し、再審理の間、本人の管理を認める」


クララの肩が揺れた。泣いたのかと思ったが、彼女は唇を押さえて深く息をしただけだった。


「第七十四号、アイナ・ベルク。公示停止。葡萄畑収益権の移転を凍結し、既収益の返還請求を認める」


証人席で母親が顔を覆う。


「第八十八号、エルマ・ラウ。公示停止。織物工房違約金の移転を凍結」


エルマは泣かず、力強く一礼した。彼女の背中を見て、傍聴席の若い女性がそっと拍手をした。隣の貴族に睨まれ、音はすぐ止んだが、彼女は顔を伏せなかった。


二十通の停止が宣言される。


最後に、所在が分からないベアトリス・ネル嬢の第八十二号が残った。


「本人不在であり、虚偽事実の確認には至らない。ただし、同一偽印が使用された以上、公示の効力を暫定停止し、捜索を続ける」


私は初めて、詰めていた息を吐いた。


声を届けられない人の原本も、沈黙を理由に放置されなかった。


法務卿はさらに、停止した公示の写しを掲示場から回収し、訂正が決まるまで「審理中」の札へ差し替えるよう命じた。既に読まれた言葉を消すことはできない。それでも、明日から新たにそれを事実として読む人を減らすことはできる。


閉廷が告げられると、広間は急に人の話し声で満ちた。元王太子を非難する者。基金の扱いを懸念する者。自分は以前から怪しいと思っていたと言い出す者。


私の周囲にも人が集まりかけたが、エドガー殿下の衛士が距離を取らせてくれた。いま記者めいた質問に答える余力はなかった。


審理の間を出た回廊で、クララが立ち止まった。


「リディア様」


「ローゼン嬢」


向き合うと、私は何から言えばよいのか分からなくなった。照合が成功したからといって、私が書いた公示が消えるわけではない。町の人々の記憶からも、彼女が受けた視線からも。


「私は、あなたの公示を書きました」


「ええ」


「偽造を知らなかったとはいえ、疑わず、あなたの名に罪を結びつけました。申し訳ありませんでした」


クララはしばらく黙っていた。


「今日まで、わたくしは書記という人々を憎んでいました」


胸が縮む。


「言っておきますけれど、まだ少し憎いですわ。公示を停止されても、町で私を見た人は、すぐには変わらないでしょうから」


「はい」


「でも、今日あなたは、最初にご自分の不名誉を読んだ。私たちを盾にせず、先に立った。そのことは見ました」


許す、という言葉ではなかった。


それでよかった。私が謝るのは、許されて楽になるためではない。


「再審理の手続は、私が責任をもって整えます。訂正公示が出るときには、ご希望の文言を確認していただける制度を、法務卿へ求めます」


クララの目がわずかに丸くなった。


「書記が、当事者に文章を確認させるのですか」


「名誉を戻す文章まで、一方的に書かれてよいはずがありません」


彼女は少しだけ笑った。


「では、私の分からお願いします。『妹を虐げていなかった』ではなく、『妹は最初から存在せず、公示は虚偽だった』と書いてください。否定形だけだと、また何かあったように聞こえますから」


「必ず」


そのとき、私の涙が落ちた。いままで堪えていたものが、一度に溢れたようだった。


クララは鞄から、薬草の香りのする清潔な布を出した。


「墨を滲ませないでくださいませ。これから、山ほど訂正していただくのですから」


「……はい」


エドガー殿下は少し離れた場所で待っていた。私が布で顔を押さえているのを見ても、何も言わない。ただ、私が歩き出すまで待ってくれた。


「殿下。基金に依存していた施療院は、どうなりますか」


「陛下が述べた通り、正規会計で維持する。奪われた財産を返すために、病人を見捨てるような真似はしない」


クララが頷いた。


「それなら、園の薬草は改めて売ります。今度は、わたくし自身の署名で契約して」


失われたものは、同じ形では戻らない。それでも、奪われた選択を、本人の手へ返すことはできる。


回廊の窓から、午後の光が差し込んだ。


私は書庫へ戻る前に、一度だけ空を見上げた。白薔薇を飾るはずだった春は終わりかけていたが、新しい紙に記すべきことは、まだいくらでも残っていた。


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