妻の想い
妻が亡くなって二ヶ月が過ぎた。
大病をわずらい長く苦しんでいたが、死ぬときはあっけなかった。
葬儀などを済ませて一息ついたので、今私は妻の遺品を整理している。
そこで、日記帳を見つけた。
他人の日記を勝手に読むのは悪いことだが、妻が生前どんなことを思っていたのか気になった。まあ、予想では私の悪口で埋まっているだろうが……。
妻と結婚して四十五年経つが、私は良い夫とは言えなかった。
仕事に明け暮れ、毎日深夜遅くに帰宅していた。
休みの日は一日中寝ているか、読書をして一人の時間を大事にしていた。
妻との会話などほとんどない。
旅行にすら連れて行ってやらなかった。
ああ、思い返すと妻には悪いことをしてしまったな。私などと結婚しなければ、もっと幸福な人生が歩めただろうに。
そんなことを思いながら、私は日記帳を開いた。
日記の内容は、たわいもないことばかりだった。今日は夕飯が上手に作れたとか、鑑賞した映画が感動したとか。
私の悪口などは一言も書かれていなかった。
ホッとしつつ、少し寂しい思いもある。
もしかしたら、妻は私に一切の興味がなかったのかもしれない……。
日記を読み進めるうちに、あっという間に最後のページになってしまった。
そこで私はおや? と思った。
いつもは黒いボールペンで書かれているのに、そのページだけは緑色のボールペンで書かれていたのだ。
まるでこの日記帳を読んだ者に、ここだけでも読んでもらいたいとアピールしているようだった。
最後のページには、こう書かれていた。
典彦さんへ
このページを読んでいると言うことは、私はもうこの世にはいないのですね。
典彦さんと結婚して四十五年の月日が経ちました。
典彦さんは覚えていないかもしれないけど、結婚して二十五年目の銀婚式で、あなたは私にブローチを贈ってくれましたね。小さなダイヤのついた花型のブローチで、とても可愛らしかった。無骨でお洒落など全く興味のないあなたが一生懸命選んでくれたのが伝わってきて、とても嬉しかったです。
あのブローチは、今でも私の一番の宝物です。
幸せな思い出を、たくさんくれてありがとう。
どうか私がいなくなったあとも、穏やかに過ごしてくださいね。
最後に……。
子供には恵まれなかったけど、私は幸せでした。あなたと結婚できて本当に良かった。
ありがとうございます。
読み終わったあと、私はぼろぼろ涙を流した。
ブローチのことなど、すっかり忘れていたよ。
そんな昔に贈ったブローチを、今でも大切に持っていてくれたなんて。
美里……。
ありがとう……。私もお前と結婚できて、本当に幸せだった。
もっとお前と話せば良かった。旅行にも連れて行ってやれば良かった……。
後悔ばかりが頭を占めるが、いつか私もお前と同じ場所に逝くからね。
そのときは、たくさん話して、色々なところに行こう。
じゃあ美里。また会う日まで。
お前は私にはもったいないくらいの素晴らしい女性だったよ。




