星の輝く海に堕ちる
大海原に浮かぶ夢の国は、かつての彼が描いた憧憬そのものであった。
錆びた観覧車、ネオンのとれかけたメリーゴーランド。二度と動くことのない玩具たち。
彼らの在りし日の輝きを知るその老人は、まるで泥濘を這い進むように、廃園になった遊園地を歩いていた。
――それでいいのだと、男は思う。
辺りが暗い方が……より綺麗に星が輝くのだから。
「あなたはきっと、お星様の生まれ変わりなのね」
様々なものに興味を持つであろう子供時代において、頭上ばかり見上げていた男に母が言った言葉だ。
「うん、そうなのかも。いつかお星様に会って、話を聞きたいなあ」
「いいわね。……お母さんも連れて行ってほしいわ」
母はよく、仕事から帰ってくると息子を外に連れ出して、公園の滑り台の上から星を見せてくれた。男はこの時間が何よりの楽しみだった。家を出れば、父の罵詈雑言を聞かずに済むから。きっと、母もそう思ってここに来ていたのだろう。
自分を抱く母の顔は星に吸い寄せられるように虚ろで、ともすれば行ってしまうのではないのかと、幼き男は思った。
「僕が連れて行くよ」
気がつけばそんな言葉が口をついて出た。母は目を見開いた後──申し訳なさそうに息子を見た。母がよくやる仕草だった。
「……ごめんね、ごめん」
「約束するよ、必ずお星様のところに行こうね」
彼の目に映るのは天文学的な意味での星であり、かつ人生の希望の星でもあったのかもしれない。母との約束を叶えるための道標としての。
そんな彼が天文学者を志すことに、誰も異を唱えはしなかった。
結局のところ、男は学者にはなれなかったが、国立の天文台の職員になることができた。大好きな星を観察し、人々に関心を植え付ける職業に光を見出し、男は喜々として働く。
かくして彼の理想は、星が地球に接近するように膨れ上がっていった。
「海上に天文台を建てましょう」
より星空に近づくため、男は提案をした。話はあれよあれよといううちに進み、最終的に「天文台がある海の遊園地」が出来上がった。最初は物珍しさから繁盛していた遊園地だが、次第に輝きは昏くなり──星が落ちるまでに、数十年を要した。
廃墟となった遊園地で、男は星を見上げる。年老いた身体ではそれすらも身に堪えるが、彼は構わずに見つめ続けた。
彼と星とを遮るものは何もない。まるであの日のようだと思いつつ──果たしてそれはいつの話だったのか、思い出せない。
自然と目線が落ちる。
暗い海に転写された星々が煌めく。
「いつか、星の元に……」
彼はそれに吸い込まれるように──静かに沈んでいった。




