第1話 眠りかけた午後に、魔法の名を
1~3話同時公開です
蒼い空のした。教室では今日も先生のつまらない授業が続いていた。
「――ということで、この世界はソウルで満ち溢れています」
さっさと身体を動かしに行きたいな。今日は天気もいいし、外では小鳥が地面をつついている。温暖期の始まりの温かい風が教室を流れていた。
「例えば、たき火なんかの炎。あれは大気中のソウルが熱に反応し、赤い輝きを放っているのです」
ソウルの授業だって必要ないだろ? 俺みたいな子供でも知ってる一般常識だ。それに俺には特に関係がない。
「さらに、皆様の家にある冷蔵庫なんかではソウルストーンを用いた技術が――」
ソウルストーンって、操魂術を貯蓄できる鉱石だっけ。確かスピリトを流し込むと、その効果をしばらく発揮するっていう。
退屈が気温に誘われ眠気に代わってきた。視界が勝手に暗くなってくるのを感じる。
いちおう寝ないように戦ってしばらくあと、
「さて、ここで問題です。では私たちの肉体を操るのはどこでしょうか? 眠そうなアルマくん!」
ハッと目が覚める。教室の全員、とは言っても五人の視線が俺に向いていた。先生はこちらの動揺なんか気にもせず、いつも通りニコニコしている。
「え、えーと。筋肉?」
周囲からクスクスと笑いがこぼれる。そんなんだからソウルが無いんだよ、と小声で聞こえた。あの声はサクだな。あいつはいつも俺をいじって遊んでいる。ガタイがよく喧嘩も強いからって調子に乗っているのだ。
「笑ってはいけませんよ。……あながち間違いではありませんから」
「……クソ。先生、帰っていいか?」
先生は笑顔のまま応えた。
「ダメです。基礎の話で退屈かもしれませんが、今後の応用に響きますので」
そのまま黒板に白墨で人の全身図を描く。頭に矢印を向けた。
先生は図の頭を指でトントンと叩いた。
「全身の肉とソウルを操っているのがここです」
こちらに向き直る。
「私たちが死ぬと肉体が動かなくなり、ソウルが失われるのは前回の授業で話した通りです。具体的にはここのソウルが無くなると、いわゆる“死”ですね。亡くなった方はソウルが崩壊し、散っていくソウルは周囲を照らすほどの輝きを見せます。それが私たちの生命の証、というわけですね」
先生は白墨を置いた。
「あながち間違いではないと言ったのは、ここのソウルを守るためにも肉体があり、筋肉の働きがあるからです。つまり、どこが欠けてもいけないという点には変わりないということですね」
少し苦しいフォローな気がする。先生は、ふぅ、と一息。
「退屈ですか? ……では、少しは興味を抱いてくれそうな話をしましょう。ここからは雑談です。皆さんは『魔法使いエドワードの冒険譚』を知っていますね?」
俺を含む全員が頷く。大昔に描かれたっていう童話だ。絵本という形で広く出回っている。
「主人公であるエドワードが行使する『魔法』という技術。我々の使う操魂術にたいへん似ているのになぜか異なる。なぜ、わざわざスピリトと異なる技術を描いているのか大変興味深いのですが、具体的にどの点が異なるかは説明できますか?」
教室が沈黙に包まれる。確かに、説明するとなると難しい。物語の主人公であるエドワードは、日が沈めば指先から放った火でたき火を起こし、砂漠を行くときは水を生み出し、大敵に立ち向かうときは稲妻を撃ちだしていた。
先生は小さく笑う。
「フフ……、これは雑談なので誰も当てたりしませんよ。我らが首都、ファーゲル市でもあの物語の出自は研究されているのですが、進展はありません。それで、異なる点ですが……」
再び白墨を手に取った。カツカツと小さく響く。
「エドワードは物語の冒頭は一人で旅をしていました。後々、仲間が増えるのはご存じの通りなのですが、仲間とした者は魔法ではなく、武芸に熟達した者ばかりです。彼は一人でもあらゆる魔法、それも極めて強力なものが使えた。これはソウルを操るスピリトには見られない特徴です」
皆が見慣れたイラストが描かれていた。杖を持った、つばの広い三角帽子の青年。先生はいつも絵がうまい。
「先ほど、炎はソウルが熱に反応し輝くから赤いのだ、と言いましたね? このように反応するソウルには特定の種類があります。もちろん皆様のソウルにも。得意不得意と言った方が入りがいいかもしれませんね。エドワードのように複数のスピリトを使える方はいますが、強力か、と言われると彼ほどではありません。それだけ彼の『魔法』が特異な技術であることがうかがえます」
先ほど俺をいじったサクが大声をあげる。
「せんせー結局勉強じゃないかよ~」
教室が笑いに包まれると、授業の終わりを告げるベルの音がカランカランと響いた。小さな木造校舎の管理人が頃合いを見て鳴らすことになっている。
「ハハッ、失礼しました。さあ! 眠たい座学はお終いですよ! 次は操魂術の実技ですので準備をしておくように」
木の扉を開き出ていく先生をしり目に、椅子を鳴らしクラスメイトが立ち上がった