77話 変態貴族は有能貴族だった
「ほれ、早く顔を上げんかね……だぁいじょうぶ、儂はかわいい子には優しくするからねぇ……ぐふふ……」
僕は――怯えた幼女の演技をしながら、ゆっくりと顔を上げる。
その先にどれだけ醜悪な顔が待ち構えていようとも、脂ぎっていようとも、テカっていようとも、ハゲていようとも、口が臭くとも、我慢する意志を込めて。
おしりにさえ手を出されなければ、男として耐え抜く覚悟で。
「ぐふ、大層にかわいい。………………………………」
「………………………………?」
ん?
ペドフィリアと僕の目が交差する。
……こいつ、遠目で見たよりはずっとマシな顔してるな。
しいていえばぶくぶく太ってて汗かいてテカってるけども、服はちゃんとしてるし――なんかびっくりしてる?
「お、おお……!」
なんだこいつ。
がたがたと震えだして……待て、僕の顔がジュリオン様の、作中でNo.1とも評されたりすることまである女顔だから我慢できずに手を出そうとしてたりしないよな?
……そこまで行ってたら隙だらけだろうし、もう魔法でさっさと倒して良いよね?
そう思って魔力を軽く込めていると――――ずざざっ。
「……は?」
おじさんはイスから飛び上がり――その見た目からは信じられないハイレベルなジャンピングスライディング土下座を決めながら言った。
「――――よく、よくぞ天上より戻られた、セレスティーヌ様……! 儂はずっと、信じておりましたぞぉ……!」
「………………………………」
「…………………………は?」
何言ってるんだこいつ。
なんでここで産みの母親の名前を出してくるんだ?
◇
「――御身がお隠れになってからの粛清リストはこちらでございます」
ぴらっ。
土下座したままでメイドお姉ちゃんに持ってこさせるとか器用なことをしてたおじさんから、1枚の紙が差し出される。
メイドお姉ちゃんも明らかに狼狽っていうかドン引きしてたけど、お仕事はちゃんとやるんだね。
で、えーっと?
――魔族への情報提供、内通、他の冒険者を陥れた冒険者、「気持ちよくなるお薬」の製造・密売、政権転覆、邪教の布教、クーデター、民主主義革命。
そういうことをしようとしたり進行中だった経緯と罪状、その末路がずらり。
それはデュクロワ領だけではなく、王国――すなわち人類圏そのものが範囲。
……特に多いのが「欲が深いところを付け狙われて魔族に洗脳された事案」によると断定されている数。
日時、関係者、被害の程度が細かく書かれてはいるけども……多い、多すぎる。
しかもその大抵が、直接的に力を削ぎに来ているもの。
それを認識した僕は、血の気が引いた。
――この町どころかこの世界が、かなりの薄氷で魔族に対抗できている事実を。
そしてこの変態貴族が――これが全部事実だとしたら「この人が居なければこの町の中にも魔族に汚染された不穏分子が巣くっていたはず」という真実を。
――やっぱり10年後から13年後までに、あらゆるチートを秘めた主人公くんとかいう規格外の存在がなければ(ジュリオン様討伐のついでに)魔王軍を大きく後退させられる見込みもないってことも。
……普通に人の感情と社会構造を理解して潜入してくる魔族とかやばすぎるでしょ。
知力は同等でも魔力で圧倒してて魔法でも多才な存在が、積極的に侵入してきて内側から崩そうとしてくるとか……しかも魔物とかいうほぼ無限の軍勢まで投入できるとか。
やばくない……?
僕、もう逃げ出して森の中で隠れ潜み――だめだ、人類圏が滅ぼされたら安全な場所なんて存在しない。
あと、ひとつ。
……どう考えても転生チートないし転移チートしようとしたらしい、前世同郷今世特に関係ない人たちもそこそこ居る――もとい「居た」らしいことも知った。
そして正義感か使命感か、それとも魔族にささやかれたのかで18世紀終盤の惨劇を繰り返そうとして未然に始末された元同郷の数々が。
……そうか、そうだよな。
あれだけ人気なゲームの世界と酷似してる世界なんだ、そこから来たのが僕1人ってことはないよな。
まぁさすがにチンピラからラスボスまで務めるジュリオン様に転生したのなんて僕くらいなもんだろうけども。
――けど。
この世界は絶対王政――それも魔族っていう、人類を絶対に抹殺するって意思ゆるがない集団に追い詰められている世界なんだ。
そしてこの世界の最大の兵力は平民の軍団ではなく、貴族の1個人。
多少おいたをするにしても、その貴族階級を始末しちゃったらどうなるかなんて子供にでも分かるもん。
さくっと「始末済み」ってあっても、残念とは思っても当然としか思えない。
「………………………………」
つい数分前まで変態貴族に触られるのを我慢とか考えてたのが馬鹿らしくなるレベルのシリアスに、頭を抱える。
……どうしてこうなった。
僕はただ、この町でやんちゃしてる変態さんをしばきに来ただけなのに、本当にどうしてこうなった……?
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