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第7章 火傷

初日の営業を終えるとオレは寮に来ていた。売れないホストのためにLLは格安で借りられる寮を用意している。水木の紹介ということで体験入店のオレは1週間無料で一部屋貸りることができた。


「さすがに疲れたな」


スーツを脱ぎ、すぐに風呂に入る。シャワーを浴びながら鏡越しに自分の姿を見る。オレには、右半身に胸から腹にかけて大きな火傷がある。


あれから1年だろうか。思い出したくもない記憶だ。


「山田さん、お大事にしてください」

「坂上先生のおかげで無事、仕事も決まり乗り越えられそうです!ありがとうございます!」


父は、地元で評判の精神科医だった。どこまでも人のために尽くせる。オレはそんな父を尊敬していた。

オレは父の病院を継ぐために死に物狂いで勉強した。やっとの想いで国家試験に合格することができた。そして、父のもとで研修医をしていた。


「父さん、この患者さんなんだけど…」

「ああ、斎藤さんね。最初に来た時よりだいぶ良くなったね」

「そうだね。でも、この間、外で話をしたら最近また眠れなくなってきているみたいなんだ。オレだったらこの薬を処方しようと思うけどどうかな?」

「優斗、睡眠薬は安易に選択肢に入れない方がいい。全く寝れていない危険な状態なら私も処方するけれど、斎藤さんは比較的安定してきているから他のアプローチを考えた方がいいよ。」

「じゃあ、他に考えてみるよ」

「睡眠薬で無理やり眠れるようになったとしてそれは根本的な解決になっていない。それに寛解して通院が必要なくなっても睡眠薬に依存するようになってしまってはダメだろ?睡眠薬はそれだけ強い薬だよ。強い薬は安易に選択肢に入れない方がいい。一度選択肢に入れると次もまたその次もってなってしまう。その薬が合わなければ、さらに強い薬をって患者さんは求めるようになってしまうしね」

「なるほど」


経験からする父の話はいつも凄く勉強になった。


「父さん、この後少しいいかな?」

「ああ、構わないけどどうしたんだ?」

「父さんに紹介したい人がいて…」

「おお、そうかそうか。それじゃあ、今日はここで切り上げようか」


仕事の時間は終わり、オレは電話をかける。


「優斗、お前ももう色々と…そんな時期だよなぁ」


父は誰を呼んだかオレが何を話すか察したようでしみじみとした思いを言葉にする。


「あ、来たみたい。出迎えてくるよ」

「ああ、私は奥で待っているよ。母さんもきっと顔を見たいだろう」


そういうと父は病院からつながる自宅奥にある一室へと向かう。


「美桜、あがって」

「優斗、急だったけどお父さん大丈夫だった?」

「大丈夫だよ。父さん、だいたいわかってるようだし」

「これ、良かったらご家族で食べて?」

「そんな、気を使わなくてよかったのに」

「そんなわけにはいかないでしょ」

「うん、ありがとう。せっかくなら父さんに渡してあげて?」

「わかった。少し緊張するなー」

「大丈夫だよ、美桜なら父さんも安心するだろうし」


オレは美桜を連れて父のいる部屋へと向かう。


「お邪魔します。私、優斗さんとお付き合いさせていただいてる雛森美桜と申します。これ良ければご家族で食べてください」

「ご丁寧にありがとね、美桜さん。良ければそちらにおかけください」


父が促すとオレの隣に美桜は座る。


「父さん、改めて紹介するけどこちらがお付き合いしている雛森美桜さん。大学で知り合って今は看護師をしてる」

「お父さん、私からも改めてご挨拶させてください。優斗さんとお付き合いさせていただいてる雛森美桜です。大学では優斗さんが医学部で私は看護学部にいて在学中、実習で一緒になり、付き合うようになりました。今は市民病院の方で看護師をしています」

「礼儀正しい子だね。優斗にはもったいないくらいだ。優斗がなにか迷惑かけていないかい?」

「いえいえ、とんでもないです。私の方が優斗さんにはいつも迷惑かけてばかりで…」

「そんなことないよ。父さん、美桜にはいつもお世話になってるよ」

「そうか。美桜さん、いつも優斗をありがとう。」


父は嬉しそうに美桜を見る。オレは美桜に視線を送って姿勢を正す。


「父さん、オレも研修医として働き出して落ち着いてきたからそろそろ美桜と結婚しようと思っているんだ。だから一度会ってもらおうと思ったんだ」

「美桜さんの親御さんには、挨拶したのかい?」

「いや、まだだよ。それに今日は結婚の許しをっていう訳じゃなくて。ただ顔を見せにきただけだよ」

「そうなのかい?美桜さん」

「はい。また改めて挨拶をさせていただきたいと思います。ただ…私も優斗さんと結婚したいと考えてます」

「おお、そうかそうか。美桜さん、母さんにもよく顔を見せてあげておくれ」


父は、そう言うと仏壇の方へと顔を向ける。


「優斗はね、小さい頃に病気で母親を亡くしてね。私は優斗にずっと寂しい思いをさせてきたんだ。そんな優斗の心の隙間を埋めてくれたのが美桜さんみたいな子で私も母さんも喜んでいるよ」

「ありがとうございます。お線香をあげてもいいですか?」

「ぜひ。そうしてくれると母さんも喜ぶよ」


美桜が仏壇へと向かい、手を合わせる。


ピンポーン


突然、インターホンが鳴る。


「オレが出るよ」


1番近くにいたオレが玄関へと向かう。こんな時間に誰だろうか。


「あれ?鈴木さん、どうされたんですか?」

「先生、先生に用があってね」

「あ、父は奥にいます。今、呼んできますので少し待っててください」


鈴木さんは、ひどい精神疾患を患っていたが父の努力もあり、体調は安定して1年前に復職していた。しかし、1年ぶりに見た鈴木さんは酷く顔色が悪かった。


「父さん、鈴木さんが来たよ。少し深刻かもしれない」

「すぐ行くよ」


父は急いで鈴木さんが待つ待合室まで向かった。きっと鈴木さんのカルテが必要だろうからオレは用意する。


「優斗、お客さん?患者さん?」

「美桜は気にしなくて良いよ。あ、やっぱこれを父さんに持って行ってくれる?オレは、お茶の用意してくるから」

「これを持っていけば良いんだね?わかった」

「ありがとう美桜」


オレが一人前になったらこんな感じで美桜と生活するんだろうか。そんな想像をしながらお茶の用意をするために奥へと向かう。


「鈴木さん、どうされました?」

「私は先生のおかげで復職して普通の生活に戻れました。でも、長く続きませんでした。また眠れなくなりました。そしたらどんどん聞こえてくるんです。私を責める声が、社会に必要じゃないって、消えろって」

「鈴木さん、少し落ち着いてください」

「そんなことしてたら仕事どころじゃないですよ。また無理だったって。また社会不適合者の烙印を押されて。情けないですよ。許せないですよ。私の病気は治ってなかったんじゃないか」

「お父さん、優斗さんからこれ」

「美桜さん、ありがとう」

「先生のせいですよ‼︎‼︎」


鈴木は立ち上がって大声を出す。


「先生がちゃんと治さないから‼︎」

「鈴木さん、落ち着いてください。完治はしないんです、症状がおさまる寛解しかないんです」

「ちゃんと治せよ‼︎先生、いや、お前‼︎お前のせいだ‼︎お前がヤブだから‼︎お前のせいで‼︎」

「美桜さん、離れて」

「お前が悪い‼︎お前のせいで狂った‼︎なのに、お前は若い女を連れ込んで‼︎」


ドスッ


「きゃあああああ」


鈴木はナイフを取り出し父を刺した。


「お前もだ‼︎お前も死ね‼︎」


鈴木は続けて美桜も刺した。


「あんなに通って頑張ったのになんで‼︎」


鈴木は持っていたペットボトルの液体を身体にかける。どうやらガソリンのようだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


鈴木はそのまま火をつける。ガソリンに引火すると激しく燃え上がる。


オレは、騒ぎを聞きつけ病院の方へと向かう。


「美桜!父さん!」


病院の方は激しく燃えており、とてもじゃないが近づくことが出来ない。オレは燃える病院の中に飛び込み2人を探す。


「美桜!美桜っー!美桜っー!」


燃えて崩れた柱がオレへと向かう。目を覚ますとオレは市民病院にいた。右半身に大きな火傷を負い、1週間ほど生死の狭間にいたみたいだ。自宅側にいたオレはすぐに発見され救助されたみたいだ。


「あれ?先生、美桜は?ここで働いてた雛森美桜は?」


医師からの返答はない。


「坂上優斗さんですね?少しよろしいですか…?」


答えない医師とオレの沈黙を破ったのは警察官だった。


「あの日なにがあったか教えてもらえますか?」

「……」

「お気持ちはお察しいたします」

「…あの日、美桜を父さんに紹介してて…そしたら、鈴木さんが来て…」


オレは言葉に詰まりつつもあの日の記憶を辿る。


「オレは…お茶をお出ししようと準備してたら…突然、美桜の悲鳴が聞こえてきて…気付いたら病院の方が燃えてて…」

「ありがとうございます坂上さん。大変申し上げにくいのですが、お父様と美桜さんは…」


警官から父と美桜は刺され逃げられず火事で、鈴木は全身が燃え死んだと告げられた。


「わああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


オレのせいだ。あの日、オレが美桜を呼んだから。鈴木を招き入れたから。美桜にカルテを持っていくように頼んだから。オレのせいだ。オレのせいだ。


父は人を助けて恨まれ殺された。美桜は、オレが呼んだから殺された。許せない。許せない。殺す。死にたい。許せない。許せない。


オレも父のように人を助ける医者になりたかった。美桜のように優しく寄り添える人間になりたかった。生きがいを失った。失ったものが多すぎた。


オレは退院後、ふらふらと生きていた。喪失感を紛らわすため、飲み歩き、適当に女を抱いた。だけど何も返ってこなかった。


堕落した日々を過ごしていたオレの足は新宿へと向かっていたのだった。

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