第6章 初日
水木にスカウトされ仕込まれ、一条ハジメから名前をもらい、麗人から気に入られ、オレはどこか得意げになっていた。しかし、夜の世界はそう甘いものではなかった。
「はじめまして、七条ナツメです」
「うわ〜!イケメン!」
「ありがとうございます。オレもこんなに綺麗な人につけて嬉しいです」
「そんなことないよ〜」
「いえ、素敵です。名前聞いても良い?」
「ん〜、もえって呼んで〜」
オレは佐倉たちから教わったことを活かして初回についていた。初回についた客はかれこれ6人だろうか。未経験にしては悪くない接客と言えると思うが、1度も指名を取ることは出来なかった。
「ねえ、ナツメくん」
「なんですか?もえさん」
「ちがう!もえって呼び捨てにして!」
「ごめんなさ…ごめん、なに?もえ」
「ナツメくんって確かにイケメンだけどあんまホスト顔じゃないよね」
「そうなの?」
「もえ、結構色んなホスクラ行くけどナツメくんみたいな子あんまり見たことないかも〜」
「え?じゃあ、もえラッキーじゃん!オレみたいな原石見つけちゃったってこと?」
「ナツメくん、急に変わりすぎ笑」
「もえ、オレを選んでよ」
「え〜、どうしよかな〜」
「なんで?オレじゃダメなの?」
「カッコいいこと言うね、意外とガツガツくるのウケる笑」
「七条さん、お願いしまーす」
初回でつけるオレの時間の終わりを知らせるアナウンスが聞こえてくる。
「もう時間だわ。もえ、オレ待ってるから」
そう告げ、オレは席を離れる。
「おつかれ〜」
「お疲れ様です社長」
初回が終わり、バックヤードに戻ってきたオレに一条ハジメが声をかけてきた。
「どう指名は取れた〜?」
「いえ、まだです」
「まあ、なかなかむずかしいよね〜」
「でも、今回はいけた気がします」
「お、いいね〜!てか、初回少し見てたけどさすが水木さんから仕込まれただけあるね〜」
「オレ、うまく出来てますか?」
「ん〜、100点満点中80点は出せてるよ〜。もちろん、素人にしてはね」
「ありが…」
「いや、だめだよ?確かに80点はあるって言ったけどそれは"ホストの接客は"だよ〜。ホストとしては0点。わかる?」
「え…あの…はい」
「いや、わかってないよね?じゃあ、接客が80点のホストと30点のホストがいるとして、どっちの方が価値があると思う〜?」
「80点のホストですか?」
「ざんね〜ん。答えはどちらにも価値はないでした〜。」
「えっ?」
「何点取っても意味ないんだよ〜、たとえ100点でもね。接客が上手くても指名取れなければ一生掃除組。いかに姫に刺さるか、いかに付加価値があるかが大切なんだよ〜。100点の接客よりも0点の接客+αの方が勝つ世界、キミが飛び込んできたのはそういうとこ」
思わず言葉を失う。正解が正しくないって何なんだよ。
「あ〜、さっきの子もダメだったみたいだね〜。送りゆうただね〜」
どうやらもえは南ゆうたを送り指名に選んだみたいだ。送り指名は、次からこのホストを指名すると言う合図だ。
「……」
「ナツメくん、どうしたの〜?」
「…悔しい」
「え〜?」
「悔しいです。社長」
自分なりに攻めた接客をしたつもりが結果に繋がらなかった。心から悔しいと思った。
「だったら指名取りなよ〜」
そう言うと一条ハジメは不敵に笑う。
「もう今日は終わりだね〜、あれシャンコ、ラストかな、オールコールだから行っておいで〜」
「はい…」
LLでは、客が総額100万以上使うとシャンパンコールを全てのキャストが総出で行うらしい。どうやら最後は麗人の卓みたいだ。
「麗人王子の素敵な素敵な姫様から総額なんと200万overのシャンパンをいただきましたー!」
「「「ありがとうございまーす」」」
「お前ら集まってこいやー!」
シャンパンコールの音頭をとるホストから集合の合図がかかる。
「ウリャ!!ソリャ!!」
「「「ウリャ!!ソリャ!!ワッショイワッショイ!!」」」
声がけと共に全キャストが麗人の卓へと向かう。凄い迫力だ。その迫力に少し気圧されながら何とか食らいつこうとオレも麗人の卓へと向かう。
「さあ!!さあ!!さあ!!」
「「「さあ!!さあ!!さあ!!」
「ウリャ!!ソリャ!!」
「「「ウリャ!!ソリャ!!」」」
ホスト達の息のあった声にフロアが支配される。
「君何やってんの?」
「え?」
コールの途中でオレの元に1人のホストが近づいてくる。
「なんでこんなとこでコールしてんの?」
「え…?」
オレはタイミングを逃し卓から少し離れたところにいた。
「オールコールは売り上げを上げたホストと姫の前にみんな跪いてコールすんだよ」
オレは促されるままに卓に近づき跪く。正直、不快でしかなかった。見下していたホスト達の前に今跪き、頭を垂れる。屈辱でしかない。
「ここで、麗人王子の素敵な素敵な姫様から一言いただきます!お前ら心して聞けやー!」
シャンパンコールでは、コールの途中に客とホストがマイクを通して一言話すという文化がある。ここでは、店内に静寂が訪れる。
「麗人くんは〜、唯一無二の存在で〜、それをもっと知ってほしくて〜、私も少しは力になれているって思うと〜、とても幸せです!いつも支えてくれてありがとうございます〜!麗人くん、大好きです!!!ヨイショ!」
「「「ふぉー!!!」」」
「さすが姫様、言うことが違う!!」
「「「ぜいぜいぜい」」」
「じゃあ、今度は我らが麗人代表から一言ちょうだい!スリー!ツー!ワン!」
「まずは、ななありがとね。なながそばに居てこんなボクを押し上げてくれるからこんな景色を見られてる。ななはボクに支えられてるって言ってたけどボクの方がななには支えられているよ。本当に感謝しかないです。ヨイショ!」
「さすが我らが代表!言うことがー?」
「「「違う!!!」」」
「格がー?」
「「「違う!!!」」」
「麗人代表はまさにー?」
「「「王様!!!」」」
「少し良い?」
麗人が、コールの音頭をとるホストを止める。突然のことに、ホスト達は困惑する。
「もう一言、言いたいことがあって」
そう言いながら麗人はこちらに目を向ける。
「これを伝えたいのは姫にじゃなくて、七条ナツメ!」
「…はい!」
「今日、社長から条のつく子が入ったって聞いて寂しい気持ちがあったけど、同時に嬉しかったんだ。でも、今ボクの前に跪いてる。やっぱり条の字は、"オレ"にしか合ってないなって。格が違うなって、せいぜい地面這いつくばってろ。悔しいなら条の字に見合うだけの男になって見せろ!!!ヨイショ!」
さっきとは打って変わって熱い一面を見せた麗人にオレは驚くと同時に物凄い悔しさを感じる。
「麗人代表から熱い!熱い一言をいただきました!それでは!ここで!その激アツな男!この熱の中心の新人、七条ナツメから!一言!一言!一言いきましょう!スリー!ツー!ワン!」
音頭をとるホストからマイクを渡される。
「えっと…、麗人さんから熱い言葉をいただきました七条ナツメです。今日入店してイメージしてたものとは全然違う世界で…覚悟してたんですけどどこか勘違いしてた自分がいて…。」
店内の静けさがオレの情けない言葉を刺す。
「いや、違いました。代表!今は王様かもしれないけどその玉座引き摺り下ろしてやるから!今に見とけや!!!ヨイショ!」
静かな店内がさらに静まり返る。しかし、麗人は満足そうな顔をしていた。
「おーっと、なんとなんと!新人からの異例の宣戦布告だー!」
ピリピリとした空気を切り替えるために、再びコールの音頭を取っていたホストが声を出す。
「新人にこんなことを言わせるなんてさすがは俺らの代表!言うことがー?」
「「「違う!!!」」」
「熱い闘志がー?」
「「「燃える!!!」」」
「俺ら無敵のー?」
「「「Legend Line」」」
静かだった店内のテンションはコールと共に最高潮まで上がる。そのテンションを維持したまま麗人はラスソンを歌い出す。
ラスソン、ラストソングはその日の売り上げが一番高いホストが終業時間間際にその日の締めとして歌を歌うことができるものだ。憧れや悔しさを滲ませながら他のホスト達はその歌を聴く。
麗人のラスソンと共にオレのホスト初日は終わった。
「麗人さん、お疲れ様です」
「ナツメくん、お疲れ」
営業終了と共にオレは急いで麗人の卓へと向かう。
「今日は、すみません。コールの時、マイク渡されてオレ少しパニックになって…」
「嬉しかったよ」
「え?」
「なな、ボクの姫には事前に伝えてあったから諸々は大丈夫だよ。ボクなりの鼓舞にキミが応えてくれてボクは嬉しかったよ。ビックリしたでしょ?」
「はい、正直ビックリしました」
「ふふ。途中で切り替えて言葉を変えたよね?キミはやっぱり賢いね」
「ありがとうございます」
「ボクからもありがとね。今日はお疲れ様」
そう言うと、麗人は席を立ち、帰り支度をする。
「あ、そうだ。ナツメくん、この玉座は譲らないから」
麗人は何かを覚悟したような顔をしてからこちらに手を振り去っていった。